フランシス商会内での争い
故郷で受けた依頼がようやく本当の意味で終わったと思ったユウだったが、その直後に護衛の依頼を提示された。事実上の延長である。
トリスタン共々困惑したユウはアイザックの事情を聞いて理由を理解できた。アイザックが功績を挙げている裏で正妻ゲイルの子ハミルトンが失敗を重ねていたらしい。これで商会内がアイザックに傾いてきたせいで身の危険を感じたからだ。
突然の申し出ということもあり、2人は困惑した。もうすっかりアドヴェントの町へ帰る気分だったからである。ただ、今まで守ってきたアイザックがこの後暗殺されたらと思うと、それはそれで寝覚めが悪い。
そんな迷っている2人は提示された条件を聞いて更に迷う。今までよりもかなり良い条件だったからだ。トリスタンなどは引き受けても良さそうな態度になりつつあった。ユウも悪い気はしない。ただ、もう一声ほしかった。そこで、1つ条件を付けたところ承知されたので最終的には引き受けることにする。
「引き受けてもらえて嬉しいですよ。これで安心して過ごせるというものです」
「そうなんでしょうけれど、今の状態で仮にアイザックさんを暗殺したら、みんなゲイルさんとハミルトンさんがやったって思いませんか?」
「思うでしょうね。ですから、普通は自然死を装うようにするんです」
「でも、今までの暗殺はそうじゃなかったわけですか。杜撰に思えますけれど」
「直接繋がるような証拠がなければ白を切り通すつもりですよ、向こうは。最低限そこだけ押さえておけば、疑問に思う者はいても追及はできないですから」
「う~ん、そんなものなのかなぁ」
「そんなもんなんだよ、ユウ」
隣に座るトリスタンがユウに声をかけた。この辺りの話はユウよりもよく知っているだけにすんなりと納得している。
相棒もアイザックを支持しているとあってユウはとりあえず黙った。代わりにアイザックがこれからのことを話す。
「護衛は早速明日からしてもらいます。2人で交代しながらの予定ですからこの点は前と同じですね。宿泊場所は本店にある私の部屋にしましょう」
「え、別室じゃないんですか?」
「はい。夜も警護していただきたいので、私の部屋を使ってください。もし別室を割り当てると、夜間勤務も考えないといけませんから」
「なるほど、わかりました。あ、それでしたら机を貸してもらえますか?」
「構いませんが、何か書くのですか?」
「ええ、ちょっとしたものを」
少し言いづらそうにしながらユウは目的をぼかした。別にやましいことをするわけではないが、自伝のような自分の記録を書いていることをトリスタン以外に言うのは少し気恥ずかしかったのだ。深く追及されないまま許可を得たのは幸いだろう。
ともかく、細部を詰めた後に契約が成立した。最後にこの時点でユウはアイザックに冒険者ギルドへ依頼を出してほしいと頼む。これが冒険者の実績になるからだ。そういうことならばとアイザックは翌日指名依頼を提出してくれた。これでまたひとつ護衛の実績が増えたわけだ。
依頼提出とは前後するものの、こうしてユウとトリスタンの新しい護衛の仕事が始まった。
新たな警護の契約を結んだユウとトリスタンは翌日から仕事を始めた。とはいっても、やることは今までと変わりない。アイザックの護衛を1人半日勤めるのだ。
そうして毎日雇い主と共に行動するわけだが、やっていることはこれまた今までとあまり変わらなかった。人と相談や交渉をし、書類の作成と確認をし、現地で視察や指示を出すのだ。確かに実際に利益を出す業務と査察では性質は異なるが、素人目から見たらその差異はあまりわからないものである。
ただ、仕事の進み具合は相手によって大きく異なった。明確に敵対している人物、例えば、正妻ゲイルの派閥だったりアイザック自身を嫌っていたりする場合はなかなか思うように進まないし、成果も出ない。しかしそうでなければ、アイザックが関わった場合は非常に順調に進み、成果もきちんと出た。
やはりアイザックは優秀な商売人なのだ。人が期待するような成果をきちんと出せる人なのである。かつて停車場で愚痴を吐いていた使用人たちが言うように、会長になれば商会をより大きくさせることができるように思えた。
こうして数日が過ぎたが、今のところ暗殺といったあからさまな行動やその兆候は見当たらない。これが毒殺となるとユウやトリスタンの専門外になってしまうが、こちらは専門の料理人を雇うなどして対処している。
1日の終わり、アイザックの部屋に戻った3人は食事を済ませて雑談をしていた。
あくびをしたトリスタンが少し眠たそうに口を開く。
「このまま何もなく過ぎてくれたらいいんだけれどなぁ」
「でも、アイザックさんの口ぶりだと、ゲイルさんもハミルトンさんも何か仕掛けてくるんですよね?」
「恐らくは。このままだと兄さんとの差が開く一方ですから、ゲイル様が傍観したままとは思えません」
「で、実際のところ、アイザックさんが会長になれる可能性っていうのはあるんですか?」
「それはフランシス会長次第ですね。普通でしたら可能性なんてないんですが、こうも実績に差があるとですね」
「俺からすると、あんまり会長になりたがっているようには見えないですが」
「困惑しているというのが正確でしょうね。そもそもずっとこの商会にいられるとは思っていませんから、いずれ出て行くつもりなんですよ」
「え、そうなんですか?」
意外な発言にユウもトリスタンも目を見開いた。そんな2人を見てアイザックが苦笑する。
「妾の子なんて家の中じゃ肩身が狭いですからね。それに、私は中央で商売をしてみたいんですよ。自分の力どこまで通用するのか見てみたいんです」
「一旗上げるっていうやつですか?」
「そんなところです。もちろんこの商会には育ててもらった恩がありますから、それは返そうと思いますよ。それに、出て行くときにいくらかでも資金を持って行けるなら、行った先でそれだけ楽になりますからね」
かつて出会って戦争で成り上がったらしい少年のことを思い出したユウは、アイザックが何となくその少年と重なる部分があるように思えた。それは何かと考える。
その考えがまとまらないまま、話題は別のものへと移った。そのせいでユウの思考も中断する。
結局、とりとめもない話に終始してその日は終わった。
数日後、ユウが警護を担当しているときにアイザックが会長室へと呼ばれた。中に入ると、意地悪そうな顔をしたゲイルが執務机の奥から不機嫌そうな表情を向けてくる。
「アイザック、あなたに次の仕事を与えます」
「どのようなものでしょうか」
「製鉄ギルドから依頼されている鋼材の販路を拡大しなさい」
「あれはハミルトン様の担当だったと記憶していますが」
「そのハミルトンの下について販路を広げるのです」
有無を言わさぬ口調にアイザックは黙った。正妻ゲイルも黙って睨む。
今与えられようとしている仕事はハミルトンが担当しているものだった。チャレン王国内戦後、トレジャー辺境伯領内で勃興しつつある製鉄ギルドから請け負った鋼材の販路を拡大するための事業である。当初、西部中央の都市を拠点とする商会との交渉を開始したのだが、秋頃に1度失敗していた。
ハミルトンの下で鋼材の販路を拡大する仕事というのはこれの担当をするということだ。つまるところ、尻拭いである。
背後で話を聞くユウはなるほどと思った。排除できないのならば、その力を利用しようというわけである。
「どうしました? 返事をしなさい」
「わかりました。詳細は教えていただけるのですよね」
「後で資料を寄越します。それと、ファーウェスト支店のシミオンに話を聞きなさい」
「承知しました。他には?」
「ありません。下がりなさい」
最後まで冷たい言葉にアイザックは一礼すると踵を返して退室した。それに続いたユウが声をかける。
「引き受けて大丈夫なんですか?」
「拒否なんてそもそもできないですからね。うなずくしかないんですよ」
「販路を拡大するあてなんてあります?」
「そこは資料を見てみないと何とも言えませんね。それと、ファーウェスト支店のシミオン殿に話を聞いてみないことにも」
「ファーウェスト支店って、あのファーウェストの町にあるんですよね」
「あの?」
「戦場になった町です」
「ああ、そうです。復興したとは聞いていますが、実際はどうだか。行ってみないと何とも」
そこまで口にしたアイザックは急に黙った。横合いから人が出てきたのだ。アイザックに対して冷たい視線を向けている。敵対的な人物に違いなかった。
何ともやりにくいとユウなどは思う。それでも雇い主に合わせて口を閉じ、黙って歩き続けた。




