真夜中の襲撃
トレジャーの町を目指すオスニエルの隊商の旅は順調だった。荷馬車が立ち往生するということもなく街道を北へと向かって進んでゆく。
隊商の最後尾に続くアイザックの荷馬車も同様だった。日中は日差しを楽しむ余裕もあるくらいだ。
しかし、夜になると一転して緊張の度合いが増す。夜陰に乗じてアイザックが襲われる可能性があるからだ。現在のところは本店が寄越した傭兵2人に注目しているが、深い森の近くを通る街道では更に別の襲撃者も気にする必要があった。
じりじりと神経をすり減らす街道の旅が1日また1日と続いてゆく。何事もないのが一番なのは承知しているが、いっそはっきりとしてほしいという思いも同時に強い。
このように息が詰まるような日々を送っていたユウとトリスタンはこの日も夜の見張り番を交代で担当していた。もう1人の当番である隊商側の護衛とはほとんど口を利かないので、静かな時間が流れていく。
トリスタンから当番を交代したユウは篝火から少し離れた場所に立った。冬に近い最近の夜だと寒いが、襲撃者の第一撃を避けるためには必要なことだ。
篝火の隣に立つ護衛がそんなユウの姿を見て声をかける。
「お前、そこじゃ寒いだろう。もっとこっちに近寄ったらどうなんだ」
「温まりたいのはやまやまなんだけど、盗賊の襲撃を考えるとこっちの方が安全だからね。できるだけ目立たないようにしたいんだ」
「真面目だねぇ。町を出て6日が過ぎたから襲ってくるならそろそろなんだろうが、その前に凍え死んじまうぜ」
「気にしてもらえるのは嬉しいけれど、そっちはもう少し離れた方が良いと思う」
「はっ、そうかい」
軽く肩をすくめた護衛は再び森の方へと顔を向けた。以後、そのまま会話はなくなる。
そろそろ手足が冷えてきた頃、別の場所で盗賊の襲撃という声が上がった。ユウの意識が瞬時に切り替わる。襲われたのは野営地の北側らしい。
荷馬車から休んでいた護衛が次々と飛び出し、襲撃された北側へと向かっていった。戦闘音が一気に激しくなる。
一方、ユウのいる南側は静かだ。しかし、少なくとも見張り番はその場を離れるわけにはいかない。こちらも襲われる可能性があるからだ。
荷馬車で眠っているトリスタンは外に出てこない。同じく荷台にいるアイザックを守るためだ。ただの同行者扱いである冒険者だからこそ許された行動である。
「へへ、どうやらこっちに用はないようだな、盗賊どもは」
「だと良いんですけれどね」
「そういや、お前の相棒は外に出てこねぇな。盗賊相手に腰が引けたのか?」
「同行している商売人を守っているんですよ。あの人に今死なれたら困りますからね」
「荷馬車を守らなきゃ意味ねぇだろうに。まぁ、ちょうどいい言い訳ってこ、ぐっ!?」
話をしていた警護の男の太ももに矢が刺さった。自分が攻撃されたことが信じられないという様子の傭兵が目を見開いて矢が飛んできた方へと顔を向ける。その瞬間、森から喊声が聞こえてきた。
幸い矢が外れたユウは更に篝火から離れて敵襲と叫ぶ。こちらに来援が何人寄越されるのかわからないが、襲撃があったことは知らせなければならない。
動きが鈍った護衛の男に盗賊2人が襲いかかった以外はそのまま野営地へと走ってくる。近くで見張り番をしている警護の傭兵を当てにしても守るには人数が足りない。
アイザックの荷馬車近くまで後退したユウはその場で盗賊たちを迎撃した。優先するべきは殺すことよりも動けなくすることだ。一撃で倒せれば最良だが、念入りにとどめを刺している余裕はない。
最初に突っ込んで来た盗賊の槍の穂先を槌矛で受け流し、そのまま大きく踏み込んで頭に一撃を加える。手応えを感じたユウは次に襲いかかってきた男の右手を叩いて武器を手放させた。
直近の危機を遠ざけたユウは振り向いて自分たちの荷馬車の周辺を窺う。1人が後方から荷台に上がろうとしていた。急いで走り寄り、引きずり倒してその頭に槌矛を叩き込む。
「おおおお!」
背後からの声を耳で捉えたユウはその場を飛び退いた。同時に振り向くと棍棒を振り回す男が近寄ってくるのを目にする。まるで男の方が襲われているみたいだ。一瞬奇妙なものを見るような視線を向けたものの、すぐに目つきを変えて対処する。
この後もユウは寄ってくる盗賊を撃退し続けた。一緒に警護していた傭兵は既に倒れていたので状況はなかなか厳しい。
何とか自分たちの荷馬車の周辺の安全をユウが確保しようとしていると、その荷馬車の中から激しい物音が聞こえてきた。次いで、アイザックが荷台の後方から飛び出てくる。
「アイザックさん!?」
「誰かが襲ってきました! 今はトリスタンが!」
護衛対象に近寄ったユウが話を聞いている最中に、再び荷台の後方から何者かが飛び出てきたのが見えた。アイザックを庇うと槌矛でダガーをはじく。
暗いが篝火の明かりでユウはかろうじてその姿を見てとれた。鋭い目つきに傭兵にしては細い体をした男だ。レラ支店の停車場で見たパスカルである。
最後にトリスタンが荷台から出てきた。地面に降りるとユウに向かって叫ぶ。
「ユウ、そいつが襲ってきた相手だ!」
「トリスタンはアイザックさんを!」
最後まで言い切る前にユウは再び自分の身を守った。パスカルが右手で持つダガーで攻撃してきたからだ。小刻みに攻撃してくるその姿からダガーをかなり扱い慣れていることが窺える。大振りは致命傷になるとすぐに判断した。
相手のパスカルは1度も攻撃を当てることなく引き下がる。かなり警戒している様子だ。暗殺が失敗して目の前の敵に集中することに切り替えたのだとユウは考える。しかし、この場合は逃走するための隙を窺っている可能性も考慮する必要があった。
今度はユウから攻める。槌矛を小さく振って攻撃の回数を増やした。この程度では当たらない。時間はかけられなかった。この上ランドルフが参戦してくると苦しくなるからだ。2人同時に襲って来なかったのは不思議だが、今はその幸運を最大限に活かさないといけない。
膠着状態に陥りつつあったユウとパスカルの対決だが、ユウが先に動いた。相手に向かって突っ込む。パスカルがダガーで迎え撃ってきたのを槌矛で受け流し、そのまま組み付いた。
取っ組み合いになったことで目を見開いたパスカルをユウは地面に引き倒そうとする。もちろんパスカルも抵抗してきたが、槌矛を手放して組み合いに集中することを選んで機先を制した。その判断の速さが勝敗を決する。
更に密着したユウがパスカルの足を引っかけると地面に倒した。パスカルが尚もダガーを手放さなかったのでそれを取り上げようとすると反射的に両手で抵抗される。それを腕一本で抑えたユウは左手でナイフを抜いて右腕、次いで左腕を切りつけた。
ようやく取り押さえることができたユウに対してトリスタンが声をかけてくる。
「ユウ、大丈夫か?」
「怪我はないよ。それより、こいつを締め上げる縄がほしいな」
「ああ、それなら荷馬車にあるが今は」
「私が取ってきましょう」
話を近くで聞いていたアイザックが荷馬車の中へと戻っていった。その間、ユウはパスカルと取り押さえ続け、トリスタンは周囲を警戒する。まだ盗賊の襲撃は終わっていないのだ。
縄を手に荷台から降りたアイザックがユウに近づいて来た。その縄をユウが受け取ると手早くパスカルと縛り上げる。
「とりあえずこれで逃げられないですね」
「ユウ、ありがとうございます。これは重要な証人ですよ」
「素直に口を割ってくれるとは思えませんけれどね」
「本店から派遣された傭兵にまた襲われたという証拠が大切なんですよ。2回も襲われたんですから、帰ったらしっかりと追及してやりますよ」
「おいおい、何やってんだよ、パスカル!」
一段落着いたとユウたちが思ったところに巨漢の傭兵が姿を現した。戦斧を手にしたランドルフである。
再び緊張した3人を尻目にランドルフはにやにやとしながら近づいて来た。アイザックが下がり、ユウが前に出る。
「あんたの持ち場はここじゃないでしょ。どうしているの?」
「そりゃ相棒が姿を消したから探しに来たんだよ。まさか反対側にいるとはねぇ」
「この人はアイザックさんを襲った犯人だから引き渡せないよ」
「そりゃそうだ。裏切り者は処分しねぇとな」
「え?」
一層警戒するユウたちと話をしながら、ランドルフは戦斧を振り上げてパスカルめがけて下ろした。その刃先は首と肩の間に叩き込まれ、大量の血があふれ出す。
まさかの事態にユウたち3人は呆然とした。さすがにこれは想定していない。
致命的な一撃を受けたパスカルはうめき声ひとつ上げずに倒れる。ランドルフがそれをにやにやと笑いながら見つめていた。