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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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不穏な道中

 急遽トレジャーの町へと向かうオスニエル率いる隊商に参加することになったユウとトリスタンは、アイザックの荷馬車に乗ってレラ支店を出発した。今回は原っぱで荷馬車の集団に参加させてもらうのではないので、支店からの出発はいつもより遅い。しかし、だからといってのんびりできるわけではなかった。


 まず、ユウとトリスタンはアイザックとの契約を終了し、現在はトレジャーの町経由でアドヴェントの町に帰るという形になっている。そのため、立場はアイザックの同行者だ。もちろん実質的には依頼を継続中なのだが、それはできるだけ周囲に悟られてはいけない。


 その原因となった本店お抱えの傭兵2人は隊商の先頭の荷馬車を警護することになっている。アイザックから最も離れた荷馬車だ。警護という意味を精一杯拡大解釈し、アイザックを守る隊商の警護に参加していることで間接的に当人を守っているということになっていた。


 こうして可能な限り本店が寄越した傭兵と離れたわけだが、この傭兵2人の姿がわからないままだとそれはそれで不安である。何かの拍子に近づかれたら気付けないからだ。


 そこでこっそりと遠くからその傭兵たちを見ることになった。


 1人は鋭い目つきに傭兵にしては細い体のパスカルという男で、もう1人は丸坊主でにやついた顔の巨漢ランドルフだ。陰性と陽性という両極端な2人だが、どちらも近づきたいとは思えない雰囲気なのは共通していた。


 自分たちの荷馬車に戻って来たユウはトリスタンに漏らす。


「面倒なことになったね」


「まったくだな。最後の道中でこんな厄介なことになるなんて」


 面白くなさそうなのはトリスタンも同じようだった。若干渋い表情をしている。色々と不満はある2人だったが、雇い主にとって避けられない事情とあれば我慢するしかない。


 停車場に集められた荷馬車の関係者に対して商隊長オスニエルから出発の号令がかかった。出発準備を手伝っていた使用人は荷馬車から離れ、隊商の人足は荷台に乗り込む。先頭の荷馬車から順次支店の敷地を出ていった。


 ユウとトリスタンも荷台に乗り込んで出発に備える。アイザックの荷馬車は最後尾なので多少時間の余裕はあった。その間も2人は雑談を続ける。


「それにしても、今回の旅だと護衛の役目はご免になるなんてね。楽で良いんだけれど」


「契約が切れたんだから仕方ないだろう。形式上は護衛じゃなくて荷馬車に乗っている他人だからな」


「夜の見張り番でこの荷馬車の近くにいられるのは助かるよね」


「商隊長が配慮してくれたのか、それとも厄介者をひとつにまとめたかったのか、どっちだろうな」


 微妙な表情を浮かべたトリスタンがしゃべっている途中で荷馬車が動き始めた。いよいよ隊商全体が動き始めたらしいことがわかる。


 荷台の後方から外の景色を眺めているとレラ支店の敷地を出た。大通り沿いに町の中の風景がゆっくりと後ろへ流れてゆく。往来する人々が朝日を受けて歩いているのが見えた。


 やがて荷馬車は北門から外に出ると境界の街道に移る。街道の両側は宿屋が連なっており、あちこちで人が出入りしていた。その建物が途切れると郊外の原っぱが周囲に広がる。まだ出発していない荷馬車の集団が点在していた。


 これから先、街道は名前の由来になった境界の川に沿って続く。トレジャーの町までずっと西側に川が流れているのだ。このおかげで、湯を沸かせるのならば水に困ることはない。魚を釣れるのならば食事に彩りも添えられるだろう。


 一見するといつもと同じ旅路だ。形式的には故郷への帰路の途中であり、実質的には要人護衛の途中である。


 こうして、隊商の旅は穏やかに始まった。特に何と言うことはない、いつも通りの移動である。晩秋が深まっていく中、寒さで身を固くするのも普段通りだ。


 初日は何事もなく街道を進めた。日が傾くと街道を逸れて野営の準備を始める。川がすぐ近くなので水を汲みやすく、森も遠くないので薪を拾いやすい。


 野営地の一角でユウたちも食事の準備を始めた。同時に篝火(かがりび)も設置する。これからの数日間は新月に向かう日々なので視界を確保するためだ。


 荷馬車の近くにアイザックが鍋を使う用意をしている間に、ユウは薪を拾うために森へ、トリスタンは水を汲むために川へと向かった。攻めるに襲いやすく、守るに逃げにくい地形だが、野営する分には環境の良い場所である。


 日没に近づくにつれて冷え込んできた。そのため、誰もが自然と火のある場所へと寄っていく。野営地を警戒する護衛は篝火(かがりび)の側に、食事をする他の者は焚き火の周りにだ。


 ユウたちも自分たちの鍋を囲んでいた。食事を始めると3人で談笑する。オスニエルの隊商関係者からは少し離れていた。尚、隊商との交流は最低限である。これはアイザックとオスニエルの関係が微妙なのもあるが、例の2人への対策でもあった。


 粥のようなスープをすすってからトリスタンが口を開く。


「何て言うか、感覚では俺たちだけで旅をしているのとあんまり変わらないな」


「仕方ありませんよ。隊商にはこちらが無茶を言ったわけですから、向こうからしたら面白くないでしょう。あの傭兵2人を遠ざけてくれているだけでも充分ですね」


「でもこれで命令書に従っていることになるんですかね?」


「夜の見張り番として護衛をこちらに1人回してもらえますから言い訳はできますよ。隊商側がちゃんと守っている体裁は整えてくれていますからね」


 しゃべりながらアイザックが篝火(かがりび)のある方へちらりと目を向けた。すぐそばに隊商側の護衛が1人立っている。


「こちらに寄越してもらえる護衛から例の2人は除外することになっていますから、とりあえずこれで最低限の安全は確保できていると思います」


「アイザックさんを襲うために夜中にこっそり近づいて来そうだなぁ」


「トリスタンは心配性ですね。その方が頼もしいですが」


「まぁ、考えすぎても仕方ないか」


「そういうことです。護衛を1人回してもらえるおかげで、ユウかトリスタンのどちらか1人は常に私のそばにいてくれるのですから、それで良しとしましょう」


 アイザックが話を切り上げると、トリスタンも渋々うなずいて黙った。


 食事が終わると就寝時間になる。アイザックは荷馬車の中で眠り、ユウとトリスタンの片方は篝火(かがりび)の隣で隊商から派遣された護衛と周囲を警戒した。しかし、今回に限っては外側ばかりではなく内側も見張らなければならない。むしろ今は内側こそが危険だった。


 初日の夜は何事もなく過ぎた。朝になって隊商の面々が動き始めると、ユウとトリスタンは緊張を解く。自分たちも篝火(かがりび)を片付け、手早く朝食を済ませた。


 日の出直後、商隊長からの号令で荷馬車が先頭から動き出す。最初は車体を揺らしながら原っぱを抜け、そのまま街道へと入り、一路北側へと向かって行った。


 まだ動かない荷馬車の中でトリスタンがユウに話しかける。


「まずは一晩何ともなかったな」


「それは盗賊のこと? それともあの2人のこと?」


「どっちもだよ。さすがに初日から襲われることはないと思っていたが」


「まぁね。トリスタンは仕掛けてくるならいつくらいだと思う?」


「盗賊だったら3日目辺りから8日目辺りまでが危ないってアイザックさんから聞いたぞ。例の2人は、はっきりとはわからん。ただ、やるなら同じくらいの時期じゃないか?」


「警戒しているときに襲ってくるかな」


「裏の裏をかいて、なんて考えるときりがないが、混乱しているときなら狙いやすいだろう」


「ということは、盗賊が襲ってきたときが一番危ないんだ」


「普段は隊商側があの2人を動けないようにしてくれているが、監視の目を盗めるときと言ったらそのときくらいしか思い付かないな」


「確かにそうだね」


 前にアイザックが警護していた傭兵に襲われた話をユウは思い返していた。あのときはたまたま夜中に目覚めたので襲われる直前に気付けて逃げたらしい。今回はそのときと状況は違うが、例の2人がアイザックの殺害を狙っているのならば夜に仕掛けるだろうと推測している。トリスタンの言うように盗賊に襲われて混乱していたら尚更だ。


 ユウが色々と考えていると荷馬車が動き始めた。それと同時にひどい揺れに襲われる。トリスタンも口を閉じてじっと揺れに耐えていた。


 荷馬車が街道に移ると揺れがましになる。そこでユウとトリスタンは再び口を開いた。とりあえず舌を噛む心配はほとんどしなくても良い。


 東側の空へと昇ってくる太陽から日差しが差し込んできた。街道が明るく照らされる。夏ならうんざりとするが、冬に近い今は逆に歓迎するべき光景だ。寒さに震えなくて済む。


 この後も穏やかな旅が続くよう願いながらユウは外の景色を眺めていた。

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