露骨な命令
レラの町の郊外に到着すると、そこから荷馬車の集団は分解していった。無言で離れて行く荷馬車や手を振って別れを惜しむ者など様々である。
町の中に入るアイザックの荷馬車も同様だ。御者台で馬を御しているユウはひとつ手前を進む荷馬車の荷台に目を向ける。そこではノーマンが手を振っていた。そして、そのまま原っぱへと移ってゆく。そちらへと顔を向けると、速度を落とす先頭側の荷馬車の御者台に座るジェズが笑顔を向けてくれていた。
2人に小さく手を振ったユウは正面に向き直る。人通りが多くなるのでこれ以上よそ見はできない。
検問所で止まるとアイザックが代わりに対応してくれた。手続きが済むと許可が下りたので跳ね橋を渡る。そうして町の中へと入った。フランシス商会レラ支店の場所は知っているので町の中でも迷うことはない。建物の前までやって来ると荷馬車を停めた。
荷台から降りたアイザックが建物の中へと入った後、ユウは馬に軽く鞭を入れる。既に勝手を知っているので使用人の誘導がなくても停車場まで荷馬車を持っていけるのだ。
前回この町を旅立ってから1ヵ月ほどが経っているが、以前よりも人手が増えたように見える。しかし、まだ充分とは言えないようで、ユウが停車場に荷馬車を停めてもしばらく誰も近づいてこなかった。まだ増員は不充分らしい。
ようやく使用人がやって来たので後を頼むと、ユウは正面へと回って建物の中に入った。案の定、トリスタンとアイザックは待っていてくれたのですぐに合流できる。
「アイザックさん、荷馬車を停車場に置いてきましたよ」
「ありがとう。それでは行こうか」
誰もが慌ただしく動く室内の中をアイザックが悠然と歩き出した。ユウとトリスタンはそれに続く。
今回も応接室に行くものだと思っていたユウはその部屋を過ぎたところで怪訝な表情を浮かべた。ちらりとトリスタンを見ると小さく首を横に振られる。
どこの向かうのかとユウが不思議に思っていると支店長室にやって来た。そうして中に入ると支店長ロイドと面会する。
「ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」
立ち上がった支店長ロイドから勧められたアイザックは応接の長椅子に座った。ユウとトリスタンはその背後に立つ。ロイドは正面にある椅子に座った。
そこから座った2人は落ち着いた感じの挨拶から始まり、互いの近況を伝え合う。既に知っている仲なので気安い様子だ。
ある程度話をしたところでロイドがいささか真面目な顔つきになる。
「アイザック殿、実はあなたがウェスポーの町へ向かわれた後、本店から書類をひとつ預かっております」
「私宛ですか?」
アイザックの言葉に小さくうなずいたロイドが控えていた使用人に目配せをした。すると、棚から巻かれて封された羊皮紙を持ち出し、恭しく運んでくる。
受け取った羊皮紙の封を切ったアイザックは広げて書かれた内容を目で追った。すぐに表情が険しくなる。
「よろしければ、内容を伺っても?」
「私の護衛を本店お抱えの傭兵に変更するようにという命令です」
「護衛を誰にするのかという命令ですか? それはまたどうして?」
「身の安全を確実に保障するため、だそうです」
「それはまた」
内容を読み取った羊皮紙をロイドに手渡したアイザックは背もたれに背を預けた。小さくため息をつきながら右手で両眉の辺りを揉む。
トレジャーの町から出発したときにアイザックは本店お抱えの傭兵に護衛を任されて襲われた。それを踏まえた上でアドヴェントの町で冒険者を雇ったのだ。それなのに、本店がまだ何らかの対策を施したともわからない中で再び本店の傭兵に差し替えろというのはあまりにひどい。
羊皮紙を受け取ったロイドがその内容を読んで沈痛な表情を浮かべる。
「本店からやって来たあの2人はあなたの護衛のためだったのですか。しかしこれは」
「私からの報告書を読んだ上での対応なのか。ああ、本店の一部の関与ありというのが余程気にくわなかったのかもしれませんね」
「待ってください。その話が正しければ、あの不正にはゲイル様が関与されているということですか!?」
「滅多なことは言わない方がいいですよ。報告書には、あくまでも関与した痕跡のある本店の部署を記しただけですから」
「そんな。しかし、そうなりますと、アイザック殿はどうされるのですか? いえ、命令であるからには受けなければなりませんが」
「拒めば本店に戻ったときに命令違反を追及されるでしょうね。いやはや、なかなかうまくできています」
「そんなのんきな」
「こんなことなら、ここに寄らずにそのままトレジャーの町に向かえば良かったですね」
気だるそうに笑ったアイザックが何とも言えない表情を浮かべた。理屈の上ではその通りだが、現実としてはその可能性はない。そもそも自分宛にそのような命令書が届いているなど考えもしなかったからだ。そうなると、途中の町の支店に寄らないという選択肢はない。その辺りも考えられた上で傭兵共々送り込まれたのは明白だった。
険しい表情のロイドが口を開く。
「いっそ、この命令書を見なかったことにすれば?」
「支店に寄った時点で知らなかったは通じないですよ。少し調べたら私が寄った目撃談などいくらでも出てきますし、何より本店お抱えの傭兵が既に来ているのでしょう?」
「参りましたな、これは」
「ところで、このレラ支店から本店へ近々向かう隊商はありますか?」
「オスニエルという者が商隊長を務める隊商が2日後に出発する予定です」
「そちらに多少のご迷惑をかけてもよろしいでしょうか?」
「どのようなことです?」
「ひとつは、私の同行を許してもらうこと。もうひとつは、本店からやって来た護衛の2人を追加人員として隊商に加えていただくことです」
「それは可能ですが、よろしいのですか?」
「この支店に寄った時点でこの命令は避けられないものだったわけですが、それをできるだけましな状態にしたいのです。今言った2つのお願いを聞いていただけるのであれば、広い意味で命令を実行したことになりますから」
「ああ、あの2人が護衛を務める隊商にあなたが参加しているということは、あなたがあの2人を護衛として受け入れたという解釈ですか。なかなか厳しいですが、まぁ。いやしかし、そちらの冒険者2人はどうするのです? 変更と言うことは解約しなければなりませんよ?」
「契約上は解約すればよろしいでしょう。そして、アドヴェントの町に帰るために同行したということにするのです。同行させるなとまでは記載されていませんから」
精一杯の拡大解釈と命令の欠点を利用した考えにユウとトリスタンは顔を引きつらせた。こんなことを日常的にしていれば胃が痛くなる自信がある。
結局、他の方法を思い付けなかったロイドはアイザックの案を受け入れた。急に怪しくなってきた雲行きに肩を落とす。
2日後に出発する隊商に参加することになったことでユウたちは慌ただしくなった。隊商の商隊長に対する説明や本店からやって来た護衛の2人の手配はロイドに任せるとしても、最低1度はオスニエルに会っておく必要がある。そのため、翌日の五の刻に支店の応接室で面会した。
アイザックを先頭に3人が応接室に入ると既にオスニエルは座っており、多少の警戒感を浮かべた表情で迎え入れてくる。
「お待ちしておりました。レラ支店の隊商のひとつを預かるオスニエルです」
「初めまして、アイザックと申します。この度は突然の申し出を受けていただきありがとうございます」
挨拶から始まった2人の面会はごく事務的な内容に終始した。オスニエルは出発前で忙しいということもあるのだろうが、どうにもアイザックに対して距離を置こうとしている。ただ、礼儀はわきまえてくれているので、アイザック側としては充分好感が持てた。
また、最も気になっていた本店お抱えの傭兵については先頭の荷馬車に配置してくれることを約束してもらえる。アイザックの荷馬車は最後尾なので配慮してもらえたわけだ。
残るはユウとトリスタンの扱いだけである。これに関してはロイドとの話し合いの通り、レラの町で契約を強制終了ということになった。依頼者側の都合によるものなので報酬は事前の通りに支払われることが冒険者ギルドに伝えられる。これで、契約上は関係なくなったわけだ。
本来ならばここで報酬が支払われるべきなのだが、ユウの都合によりトレジャーの町まで受け取るのを待つことにする。アイザックはこの理由を利用することにした。
こうして、本店に押しつけられた命令を何とか回避する方法するために急いで対策を施していく。後は実行するのみだが、果たして相手がどう動くかまではわからなかった。