束の間の同行
ウェスポーの町での仕事を終えたアイザックと共にユウとトリスタンは町の外に出た。そこで荷馬車の集団に参加するためとある集団に加わったところ、ユウは約6年ぶりに商売人ジェズと傭兵ノーマンの2人と再会した。
現在、ユウたちが所属する集団は白銀の街道をレラの町に向かって進んでいる。時期は晩秋になりつつある頃なので風が冷たい。しかし、それでもユウは出世している知り合いを知って嬉しかった。
町を出発して初日の夕方、荷馬車の集団は野営のために街道から外れる。人足たちが馬の世話や食事の準備を始めるのと並んで、護衛の一部が野営地の警備のため周囲に立った。
最初の夜の見張り番に就く予定のユウは警備の番から外れている。そのため、夕食前にトリスタンを伴ってノーマンに会った。
専属護衛隊長であるノーマンは部下に指示を出した後、2人を迎え入れる。
「朝ぶりだな、ユウ。そっちのヤツは?」
「トリスタンで、今の僕のパーティメンバーなんだ」
「初めまして。冒険者のトリスタンだ。あんたのことはユウから聞いたよ。隊長に出世したんだってな。すごいじゃないか」
「こんなに早くなれるとは思ってなかったから、たぶん一番驚いてるのはオレだな」
笑いながらトリスタンとノーマンが握手をした。最初の感触としては良いと端から見ているユウは思う。
「オレがユウと出会ったときは1人だったが、2人はどこで知り合ったんだ?」
「南方辺境にある遺跡の中で転移することになって、その先でなんだ。だから結構古いんだよ。もう4年くらいになるかな」
「そうか、もうそんなになるのか。結構長いな」
「おいおい、面白そうな話じゃないか」
興味を持ったノーマンに対してユウは大陸を1周の話を聞かせた。これまで何度も話をしているので最近は滑らかに話せるようになってきている。ノーマンの場合、バイファーの町で別れてからなので、実質南方辺境からだ。
驚きつつも話を聞いていたノーマンは最後まで話を聞いてため息をつく。
「すごいな。普通なら与太話といって笑い飛ばすんだが、証人が1人いるからなぁ」
「気に入ってくれる人と呆れる人、後はノーマンみたいな何とも言えない態度の人と反応は大体3つに別れるんだよね」
「そりゃそうだろう。規模がでかすぎて反応できないんだよ。オレの守備範囲はせいぜい街道2つか3つ分だぜ?」
「ジェズに頼んでもっといろんな所を回ったら良いじゃない」
「簡単に言ってくれるな。商売できる場所はそう簡単に移せないらしいんだぞ」
「ノーマンの言う通りだ。まぁ、儲け話を持ってきてくれたらその限りじゃないがな」
3人で話をしている中にジェズが割り込んできた。ユウが嬉しそうに顔を向ける。
「ジェズ、仕事が一段落したんだ」
「まだ何も起きていないからな。順調ならこんなもんだ。そちの仲間はトリスタンと言うんだっけか?」
「初めまして、ユウから成功した商売人だって聞いていますよ」
「はっはっは、なかなかうまいじゃないか! しかし、オレはまだまだこんなもんじゃないぞ。更にでっかくなってやるからな!」
初対面のトリスタンに褒められたジェズが笑った。ユウがノーマンへと顔を向けると小さく首を横に振られる。
「でも、どうやって荷馬車を2台まで増やしたんですか? 1回荷馬車を買い替えたんですよね?」
「よくぞ聞いてくれた! 当時トレジャー辺境伯が同じチャレン王国の貴族たちと戦争していたのは覚えているか? あれで一儲けしたんだ」
「戦争でですか? そんなうまく儲けられるものなんですかね?」
「何事もやりようさ。とは言っても、オレだって最初は儲けられるだなんて思っちゃいなかったけどな。でも、戦争で物不足になったトレジャーの町にいろんな品物を運んで一財産築いたんだよ」
「へぇ、さすが商売人ですね。儲け話には鼻が利くんですか」
「そういうこった! と言いたいところだが、実はオレだけの力じゃねぇんだよ」
「あれ? そうなんですか?」
「ユウはバイファーの町で別れただろう。あのとき、最後にベリザリオっていう傭兵をこっちに連れてきたのを覚えてるか?」
「はい、覚えています」
「あいつと別れてからもオレはトレジャーの町に何度も品物を運んだんだが、そのときにベリザリオと再会してな、あいつと組んで儲けたんだよ」
話を聞いていたユウは首を傾げた。傭兵と組んでどうやって商売人が儲けるのか理解できなかったのだ。
そんなユウを見てジェズがうなずく。
「そうだよな。どうやって儲けるのかわかんねぇよな。でも、知っちまえば難しくはねぇんだ。オレはあいつの指定する物資を運び、あいつは戦場で手に入れた戦利品をオレに回すのさ。これなら戦場で何が必要なのか戦ってる当人に聞けば一発でわかるから外れはねぇし、中間業者なしで戦利品を手に入れられるから利幅も大きいんだ」
「そんなことをしていたんですか」
「ああ。あいつ、結構目端が利くみたいだったよ。商売人としてもいい線いくんじゃないかってくらいにな。おまけに戦争にやたらめったら強いんだ。行くところ連戦連勝だからな。ついにはトレジャー辺境伯様にお目通りが叶ったんだから大したもんだよ」
「故郷に帰る途中で南方辺境からやって来た傭兵のおかげで勝ったって聞いたことがありますけど、あれってベリザリオのことだったんですか?」
「そうなんだよ! 最初は扱いづらいガキ傭兵だと思ってたがとんでもない。まさかあんな大物だったとはなぁ」
話ながら当時を思い出しているらしいジェズが感慨深げにため息をついた。隣でノーマンがうなずいている。
喧嘩に巻き込んできたという印象が強いユウとしてはなんだか不思議な話だが、納得できることでもあった。強いのは確かだったからだ。
同じく話を聞いていたトリスタンがジェズに話しかける。
「それで、そのベリザリオっていうのは今どこにいるんだ?」
「あいつなら戦争が終わった後、中央に行ったよ。あっちの方がもっと派手に戦争をしてるからな。都会の連中の鼻を明かしてやるんだって息巻いていたぜ」
「ということは、あっちで元気に戦争してるわけか」
「生きてりゃな。まぁ簡単には死なねぇだろうが」
「なるほどな。ところで、ジェスはそのベリザリオと組んで儲けたんだよな」
「そうだぞ。今じゃ荷馬車2台を持つ商売人だ」
「なんでそのままベリザリオと一緒に行かなかったんだ? 儲かるんだろう?」
「あーそれはなぁ。戦争で儲けられるのは一時的だとオレは思ってるからなんだよ。あいつといたら確かに儲かるが、傭兵だから戦場から戦場に移ることになるだろう? ある程度儲けたらどこかに腰を落ち着ける必要があるんだが、傭兵団について行っているとそれがやりにくいんだ」
「充分儲けた時点で腰を落ち着けたらどうなんだ?」
「戦争でぼろぼろになった町でか? 傭兵にくっついて商売してるヤツなんて、そんな所じゃ嫌われ者だから復興するにつれてつまはじきにされるぞ。他のまともな町だと知り合いもいないから、一から始めるのはかなり苦労するだろうし。だから、オレはこっちに残ったんだ。この辺りならトレジャー辺境伯領と白銀の街道沿いにオレの基盤があるからな」
思った以上に色々と考えているジェズに対してユウとトリスタンは感心した。単純に儲けることだけを考えていたわけではなかったわけだ。ユウなどは初めて出会ったときとの落差に目眩がしそうである。
やがて、人足から夕食ができたことを伝えられたので3人は鍋へと近づいた。そこでアイザックと合流する。
「皆さんお揃いで」
「やあアイザック殿、いい護衛を雇っていますな」
「ええ、おかげさまでね。話によると、ユウを過去に雇っていたとか」
「レラの町からバイファーの町まで、白銀の街道を移動していた間にね」
そこから商売人同士の話が始まった。食事を交えながら和やかな交流が行われる。
一方、再び護衛だけで話すことになったユウたち3人は冒険者と傭兵のよくある話で盛り上がった。
こうして、それぞれ楽しく夕食を済ませる。その後は明日に備えて休める者は眠り、夜の見張り番に就く者は野営地の周囲に立った。
以後、2日目からは初日と同じように街道を進んでゆく。途中で雨に見舞われるなどのちょっとした不運があったものの、盗賊に襲われなかったという幸運によって上書きされた。街道を進む者たちにとって何よりの幸せである。
その間もユウは朝食と夕食の時期になるとジェズとノーマンの2人と話をした。お互いに話すことは多いので話題は尽きない。
何事もなく穏やかなまま5日間が過ぎると、荷馬車の集団は地平線上にレラの町の姿を認められるところまでやってくる。
今回は、珍しく最後まで何もなかった街道の旅になった。