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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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懐かしいあいつ

 荷馬車を操ってウェスポーの町の中から出たユウは原っぱに移って停車させた。同時にアイザックが御者台から降りて近くに荷馬車の集団へと向かう。


 その後ろ姿を見送っていたユウは歩いて寄ってきたトリスタンに声をかけられる。


「今回はあの集団か。アイザックさんは、荷馬車の向こう側にいるんだな。見えにくい」


「数が増えるほど心強くなるから断られることはないらしいし、待っていれば良いんじゃないかな」


「ユウは荷馬車の操作はもう慣れたみたいだな」


「そうだね。ゆっくりと動かす分には怖くないよ。後は馬に乗れたらなぁ」


「アドヴェントの町に戻ったら練習するか」


「乗せてもらえる馬なんてどこにあるの?」


「冒険者ギルドに頼めばあるんじゃないか? 有料で」


 相棒の回答にユウは確かにとうなずいた。というよりも、冒険者ギルド以外で馬に乗る練習をさせてくれるところが想像できない。駄馬であっても馬は貴重なのだ。


 故郷に帰ってからの目標ができたユウが再び荷馬車の集団へと目を向けた。日の出が近い薄暗い風景の中にのんびりと出発を待つ人々と荷馬車が溶け込んでいる。関係のない人からすると動き出すまでは景色の一部のように特徴がない。


 そんな相手をぼんやりと眺めていたユウだったが、ふと見覚えのある人物を見かけた。日焼けした顔に引き締まった体の傭兵だ。しばらく誰だかわからず見つめていたが、やがて声を出す。


「もしかして、ノーマン?」


「ノーマン? 誰だそれは」


「トリスタン、ちょっと荷馬車の面倒を見ていて。僕、知り合いか確認してくるから」


 隣からの返事を待たずに御者台を降りたユウはそのまま小走りに進んだ。とある荷馬車の前で別の傭兵と話し終えたその青年が1人になったときに声をかける。


「ノーマン!」


「え? あ、お前、ユウか!? なんでここにいるんだ!」


「仕事で護衛を引き受けているからだよ。久しぶりだね。6年近く前くらいかな」


「もうそんなに経つのか。随分と前の話に思えるなぁ。ここにいるってことは、もう旅から戻って来たってことなのか?」


「そうだよ、5年以上かけて大陸を1周してきたんだ。ぐるっと1周ね」


「本当にそんなことをしたのか。嘘みたいな話だな」


「事実だよ。無茶苦茶大変だったんだから」


 人違いではなかったことを喜んだユウは嬉しそうにノーマンへと話しかけた。ノーマンも懐かしそうにユウへと接する。


「ノーマンは今の荷馬車の護衛をしているのかな?」


「してるぞ。しかも驚け、専属護衛の隊長様だぞ!」


「え!? 専属護衛でしかも隊長? 出世したじゃないの」


「そうなんだ。いつまでもただの護衛じゃいられなかったからな。嬉しいよ」


「ということは、隊商の護衛をしているんだ。でもあれ? ここって荷馬車持ちの商売人の集まりだよね。どうしてここにいるのかな?」


「荷馬車2台の最小の隊商ってわけだよ」


 肩をすくめて答えたノーマンにユウは曖昧な笑みを浮かべた。確かに複数の荷馬車を持っているのだから隊商と言える。ただし、意見は分かれるだろう。


 ともかく、かつて一緒に荷馬車を護衛した傭兵とは再会できた。こうなると、ユウはかつての商売人がどうなったのか気になる。


「ノーマン、あのときは確かジェズっていう商売人の荷馬車を護衛していたよね。あれからジェズってどうなったのか知っているかな?」


「もちろん知ってるさ。何しろ今の雇い主だからな。今もあっちで同業者と話をしてるさ」


「え、まだ雇われていたんだ!」


「ひどい言い方じゃないか。オレを専属護衛の隊長にしてくれた恩人だぜ?」


「でも、一旗上げたいって言っていなかったっけ?」


「どこかの傭兵団に入りたいと言っていた気がするな。でも、お前も気付いたとおり、今のオレは荷馬車2台を守る護衛の隊長だ。これだって傭兵団っていえるだろ?」


「入るんじゃなくて、自分で作った形になったんだ。それはそれですごいね」


「そうだろう、はっはっは!」


 このような形で知り合いと再会するとは思っていなかったユウはノーマンを尊敬した。結果的には自分の夢を叶えているのだから大したものである。


「それにしてもだ。今思うとお前がベリザリオを連れてきたのが大きいな」


「ベリザリオ、ああ、あの一旗上げたいって言っていた」


「そうだ。実はな、あいつとトレジャーの町で別れる直前に、一緒に戦争しに行くかと誘われたんだ」


「何ていうか、すごい誘いだね。ベリザリオらしいっていうか」


「確かに。ともかく、あいつ戦争で一旗上げようって誘われたんだ。でも、オレは断った。どうしても行く気になれなかったんだ。当時のトレジャー辺境伯側が劣勢だったというのを差し引いてもな」


「どうして?」


「傭兵なんてしてて何をって思うかもしれないが、オレには戦争は向いていないって思ったんだ。どうにも成功どころか生き残るところが想像できなかったんだよ」


「そっか。だったら仕方ないよね」


「ああ。だから今までずっとジェズの旦那の荷馬車を護衛してたんだ。するとどうだ、こっちでうまくいったじゃないか。わからないよな」


 力なく笑ったノーマンにユウはうなずいた。結果的にとはいえ、自分の夢が叶ったのだからそれで充分ではないかと思う。尻込みしたことは臆病かもしれないが、生きて夢を実現するためにはそうすることが必要なときもあるのは間違いない。何でも突っ張れば良いわけではないのだ。それでやり遂げてしまう者も中にいるが。


 そうやって久しぶりの知り合いと話をしていると、もう1人の懐かしい人物がやって来た。そうしてノーマンに声をかける。


「ノーマン、もうすぐ出発だ。荷馬車に乗って、え? おい、そいつは」


「そうですよ、旦那。ユウです。こいつ、大陸を1周して帰って来たそうですよ」


「おお~! そうか! お前、よく生きてたなぁ!」


「自分でもそう思いますよ、ジェズ。荷馬車が2台に増えたらしいじゃないですか」


「そうなんだよ! あれからかなり苦労して稼いでここまで大きくしたんだ!」


「最後に別れたときは、確か荷馬車が壊れかかっていましたよね。あれ直せたんですか?」


「いや、結局中古を買い直したよ。あんときゃ本当に最悪だった。もうダメかと思ったくらいだ」


「それがここまで持ち直したんですから大したものじゃないですか」


「そうだろう! 我ながらよくやったと思うぞ!」


 褒めると得意気に語ってくるジェズにユウは苦笑いした。以前とあまり変わっていないように思える。


 そこへ、荷馬車の集団の代表から出発の号令がかかった。それを聞いたユウは慌てて自分の荷馬車へと戻ろうとする。


「2人とも、また後で! 僕の護衛している荷馬車も一緒なんだ!」


「おう、また晩飯のときにでも話をしようぜ!」


「じゃぁな!」


 挨拶を交わしたユウは走って荷馬車へと戻った。すると、トリスタンとアイザックが珍しそうな顔をしているのを見ながら御者台に乗る。


「すみません、準備できました!」


「それはいいですが、知り合いなんですか?」


「ええ、初めて自分1人で荷馬車の護衛の仕事を引き受けたときの商売人と同僚の傭兵なんです。商売人がジェズ、傭兵は今は専属護衛隊長に出世したノーマンって言うんですよ」


「ああ、さっき少し話をしました。なかなか活動的な方でしたね」


「専属護衛隊長に出世かぁ。そりゃすごいよなぁ」


「後で紹介するよ、トリスタン」


「それは楽しみだな」


 集団に所属する荷馬車が次々と動き始める中、トリスタンとアイザックが荷馬車の後方へと移っていった。


 集団の荷馬車がすべて動き始めた後、荷台からアイザックに声をかけられる。それを合図にユウは馬に鞭を入れた。すると、馬に引っぱられた荷馬車がゆっくりと動き始める。


 秋も深まってきた近頃は風を受けると肌寒く感じるようになってきた。荷馬車が動くことで発生する追い風を全身に浴びるユウは身を強ばらせる。こういうとき、身を隠す場所がほしい。


 原っぱの上を進んでいる間は揺れがひどく、街道に移ることでそれはましになった。少し遅れ気味なので更に鞭で馬を叩いて速度を上げる。遅れを取り戻すと速度を緩めた。


 当初は街道の東側に軒を連ねていた宿が途切れると一面原っぱとなる。空は一面曇っているので何となく荒涼した印象を受けた。まだ町の郊外から離れたばかりだというのに気が早いとユウは苦笑する。


 北上するユウたちの所属する荷馬車の集団に対してすれ違う人や荷馬車はまだいない。今までの経験上から、昼辺りにならないと見かけることはないだろう。何か問題が発生して中途半端な場所で野営している者がいなければの話だが。


 これから白銀の街道を5日間移動してレラの町に向かう。何事もないように祈りながらユウは馬の手綱をしっかりと握り続けた。

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― 新着の感想 ―
昔の知り合いが成功してるとなんだか嬉しいですわねえ! 幸先良い!
ノーマンにジョズとは懐かしい 最初は色々ありましたけど最後の方は仲良くなってたので2人が成功してるのは嬉しいですね
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