表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
832/839

手元にある金貨

 本店からの仕事を片付けたアイザックはその後の1週間の大半を支店の外で過ごした。当人の希望でウェスポーの町を巡ることになったからだ。


 ノエル支店長から手配された使用人に案内してもらい、アイザックは各地方から運ばれた品物が集まる市場へと足を向けた。ここには西方辺境、南方辺境、そして大陸西部中央の品々が売買されている。肉や魚の干物、青い果物、香辛料、壺、小物、調度品、香水などがあちこちに並んでいた。


 その様子を見たユウは感嘆の声を漏らす。


「何でも揃っているように見えますね。前に来たときは全然気付かなかったなぁ」


「ここは町の中だからまだ仕方ないんじゃないかな? 前は町の外を回っただけですよね」


「そうですけれど、船で運ばれてくる品物にまで気が回らなかったから、こういうのを想像できなかったんです。これはすごい」


「ここはある程度の量をまとめ買いをするところですから、一般の人には馴染みのない場所でしょう。慣れないと見ているだけで圧倒される気持ちはわかりますが」


 先を歩く案内人の説明を聞きながらユウとアイザックは市場を見て回った。ユウなどは客室で待機しているトリスタンがこの風景を見ても必ず驚くと確信する。


「アイザックさんは今日ここで何か買うんですか?」


「いえ、この市場は見学するだけです。何か買うのでしたら、商館で交渉してからになります。ただ、実際に品物を目にしておけば交渉のときに役立つでしょうから、先にこちらを見に来たんですよ」


「買った品物は荷馬車で持って帰るんですよね」


「いえ、こちらのウェスポー支店に頼んで隊商に運んでもらいます。今の私たちが乗っている荷馬車には小売り用の品々を細々と載せているだけですから。ただ、先日レラ支店で積み替えた商品はウェスポーの町で売りさばくつもりですけれどね」


「ここじゃないなら、どこで売るんですか?」


「商館には小さい商店の店主も来ていますから、その方々相手に売るんですよ。こっちは私の商売の勘を養うための修行みたいなものです」


 一口に取り引きと言っても色々あるのだとユウは理解した。つまり、あの荷馬車に乗っているのはかつて勤めていたような小売り店用の品物というわけだ。そして、それとは別にアイザックは大口の取り引きもしてみたいと考えているようである。


 それにしても、随分とのんびりした商売だなとユウは感じた。今まで見て来た行商人や商売人はみんな儲けるためにがつがつしていたので対照的に見える。だからといって甘くないのは前の町で知っているので、商人や商売人にも色々な人がいるのだと実感した。


 朝の間に市場を見て回ったアイザックと一緒にユウは一旦ウェスポー支店へと戻る。昼からはトリスタンと交代で客室にて待機だ。その間に自伝を書き進めておく。


 夕方になると商館に赴いたアイザックがウェスポー支店へと戻って来た。そうして客室で3人一緒に夕食を食べる。


 ユウとトリスタンは今日1日見聞きしたものを教え合っていた。交代で警護しているため1日の半分は実際に自分の目では見ていないからだ。


 感心したようにトリスタンがアイザックの交渉を褒める。


「元々商売人に口で勝てるとは思っていなかったが、あれは大したものだな。俺が相手だったら簡単に言いくるめられていそうだ」


「冒険者に勝てないようじゃ儲けられないだろうからね。当然だと思うよ。僕たちが殴り合いで商売人に負けちゃうみたいなものだから」


「確かにな。途中で何を言っているのかわからなくなったのには驚いたが」


「たぶん、専門の言葉を使ったんだろうね」


「でも、通貨でも驚いたことがあるんだ。リーアランドっていう南方辺境で使われている貨幣の中で、銀貨はこっちと価値が違うんだな。トレジャー銀貨と比べて半分しかないらしいぞ」


「え? ああ、うん、そうだね」


 熱心にしゃべるトリスタンの言葉を聞きながらユウは別のことを考えた。そういえば、まだリーアランドの通貨を持っていることを思い出したのだ。かつて遺跡で南方辺境から別の地域に転移したせいで両替できなかった金貨と銀貨である。少し前まではトレジャーの貨幣も旅の間ずっと持っていたが、故郷に戻った今は現役の通貨として使っていた。そのため、使えない通貨として革袋に残っているのはリーアランドの通貨のみだ。


 それがウェスポーの町では使えるのである。いつかその場所に行ったら両替しようと考えていたが、正に今がそのときなのだ。ユウはそれに気付く。商会の支店にいるというこれ以上ない環境なのだから今をおいて手放す機会はない。


 夕食を食べ終わったユウはアイザックに相談してみる。


「アイザックさん、相談したいことがあるんですが」


「何ですか?」


「僕、実はリーアランドの金貨と銀貨を持っているんです。以前両替し損ねたやつなんですけれど、ここで両替できますか? あるいは砂金を買うかどちらかを」


「ウェスポーの町ならどちらもできますよ。手持ちの金貨と銀貨は何枚ですか?」


「金貨は2枚、銀貨は1枚です。でも、銀貨の方は羊皮紙を買うのに使おうと思っているんで必要ないです」


「ということは金貨2枚ですね。今渡してもらえたら、明日中には何とかしますよ。ちなみに、両替と砂金の買い取りのどちらにするんです?」


「砂金を買います」


 返答しながらユウはリーアランド金貨2枚をアイザックに預けた。これで長年引っかかっていたことが解決したわけである。終わってみれば随分とあっさりとしたものだと感じた。


 預かった金貨を懐に収めたアイザックがユウをわずかに意外そうな目つきで見る。


「わかりました。用意しておきましょう。それにしても、思ったよりも大金を持っているんですね。傭兵だと大抵は金銭に困っていることが多いみたいですが」


「今回の仕事ですと報酬は金貨8枚ですよね。大金をやり取りする傭兵は多いんじゃないですか?」


「優秀な傭兵は確かに高額で雇う必要がありますが、大抵はすぐに使ってなくなると聞いていますよ。それが酒や女、あるいは装備なのかは人それぞれですが」


「冒険者も似たようなものですね。僕たちの場合、たまたま旅先で稼げる場所があったんで余裕があるんです」


「確か大陸を1周したんですよね。旅をしながら安定して稼ぐなんて、私たち商売人でも簡単なことじゃないですよ」


「安定はしていないですよ。ただ、何度か大きく稼ぐことができたんです」


「それは興味深い話ですね。旅費以上に稼ぐ方法があるなんて。それに、都会ですと傭兵はともかく冒険者は稼ぎにくいと聞いたことがあります。そんなところでどうやって稼いだんですか?」


「僕たち、都会にはほとんど行っていないんですよ。さっき大陸を1周したと言いましたが、本当に大陸の沿岸部伝いにぐるっと巡ったんです。田舎や辺境だと冒険者の方がたくさん仕事がある場合もありますから、意外と何とかなったのもありますが」


「なるほど、そういうからくりがあったわけですか。うまくやりましたねぇ」


 冒険者なりの稼ぎ方を教えたユウはしきりに感心するアイザックに苦笑いした。それでも結局は商売人の方がたくさん稼いでいることを知っているので、やはり金儲けは商売人の方が長けていると考える。


 この後も商館、市場、港などを巡るアイザックにユウとトリスタンはついていった。一方、出発の日に向けて荷馬車の準備も進めておく。前の町とは違って人手は充分だったので簡単だった。


 そうして出発当日、3人は客室で最後の準備を整える。日の出前の暗い中、朝食を食べ終わると停車場へと向かった。そこにはウェスポー支店の使用人によっていつでも出発できるように用意された荷馬車が停まっている。


 今回はユウが御者台に座った。他の2人が荷台へと乗り込む。アイザックから声をかけられると、ユウは馬に鞭を入れた。


 荷馬車が動き始め、支店から大通りへと移る。朝の大気はすっかり冷たくなっていた。


 大通りを進む荷馬車はウェスポーの町の北門に到達する。検問所を通過して町の中に入ってくる流れは鈍いが、外に出る流れは順調だ。そのままあっさりと北門を抜ける。


 外も往来する人々が多かった。旅人は北を向き、貧民は南を向いて歩いている。


 荷台の後方に座っていたアイザックが御者台に顔を出してきた。それからしばらく街道の西側を見てからユウに指示を出す。


「ユウ、あの荷馬車の集団に向かって行ってください」


 指示された通りにユウは荷馬車を操った。すぐに荷馬車が原っぱへと移る。揺れが一層ひどくなった。ある程度近づいて適当な場所で停車させると、アイザックが飛び降りる。


 交渉は恐らくうまくいくと考えていたユウはやって来たトリスタン共々のんびりと待った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ