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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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支店の実情

 フランシス商会ウェスポー支店に到着した翌日、アイザックは朝の間にノエルと詳細な話を詰めた後、昼から動き始めた。まずは現状の確認ということでウェスポー支店にある主な書類や帳簿を閲覧する。更に翌日、細かい資料を見てより細部を把握した。


 護衛であるユウとトリスタンはレラ支店のときと同じく交互にアイザックの警護に当たる。朝と昼の二部交代制だ。警護から外れている間はずっと客室で待機するというのも変わらない。しかし、客室内でなら何をしても構わなかった。


 そうして5日が過ぎた。この日も書類作業を終えて全員が客室に集まる。3度の食事はウェスポー支店の使用人が毎食届けてくれた。今晩もそれを3人で食べている。


「この支店のスープは旨いですね。魚介類がたくさん入っているのがいい」


「さすがに港町だけあって海の幸が豊富だからでしょう」


「やっぱり仕事をするならこういう真っ当な支店でやりたいですよね」


「確かに。ただ、私の仕事の性質上、冷や飯を食わせてくるところの方がむしろ本命なんですよね。何もないのが一番なんですが」


「確かに。んーでも、やっぱり俺はこっちの支店の方がいいなぁ」


 温かい食事を食べながらトリスタンが自分の思いを漏らした。それを聞いたアイザックが苦笑いする。しかし、徐々に寒くなってゆく今の時期には否定できない主張だ。


 横でその話を聞いていたユウは口の中の物を飲み込むとしゃべる。


「今回はみんな協力的だから楽ですよね」


「隠し事がなければ大抵はこんなものですよ」


「不正の証拠は見つかったんですか?」


「特にこれといったものは見当たりませんね。恐らく書き間違いではと思われるところはありましたが、今のところはそれだけです」


「良かった。それだったらこのまま何事もなく終わりそうなんですね」


「書類上はですね。明日は倉庫内の確認をしますから、そこで問題がなければ大丈夫でしょう。これに関しては2人とも手伝ってください。その方が早く終わるので」


「わかりました」


 これくらいならばという気持ちでユウはうなずいた。作業が早く終わって休めるのであれば否やはない。


 翌日、ユウとトリスタンはアイザックに連れられてウェスポー支店の倉庫へと足を運んだ。ノエル支店長から使用人を3人借りて倉庫内にある商品の数を確認しようとする。


「ユウ、トリスタン、この書類を渡しますので、数がどの程度違うのか確認してください」


「わかりました。僕はこっち側ですね」


「俺はあっち側ですか。今回も結構あるな」


「え? この護衛の方も数を数えるんですか? それに、文字が読める?」


「そうですよ。あなたはユウと、そちらの方はトリスタンと一緒に数えてください」


「どうして読み書きできる人が冒険者なんてやってるんですか?」


「事情を聞いたことがないので知りませんね。さぁ、作業を始めましょう」


 指示を聞いていた使用人たちが驚きで目を見開いた。その様子を面白うそうに見ながらアイザックが役目を割り振ってゆく。


 尚も半信半疑の使用人たちだったが、倉庫内の商品の数を数え始めてアイザックの説明が正しかったことに驚きを隠せなかった。ユウとトリスタンは使用人たちと同じように平然と商品の数を数えていたからである。


 丸1日かけて倉庫で作業をした翌日、アイザックは次いで支店内の関係者に聞き取り調査に手を付けた。この支店の取引内容や商習慣を知るためだ。


 こうして9日間が過ぎた。最後の聞き取りを終えた夜、いつも通り客室で全員揃って食事をする。もちろん食べる物はすべて温かい。


 夕食中、トリスタンがアイザックに問いかける。


「アイザックさん、俺が見聞きした範囲だとこの支店に問題なさそうに思えるんですが、実際はどうなんですか?」


「そうですね。私が確認した範囲でも目に余るようなことはありません」


「ということは、後は報告して終わりということですね」


「はい。明日ノエル支店長に報告しようと思います」


「今回は早く終わりましたね。後はトレジャーの町に行くだけか」


「明日の報告を終えた後、まだやることはあるので更に何日か滞在はしますよ」


「え、何があるんです?」


「商館に行くんです。気になっている商品があるんで取り引きできるか確認したいのと、この町の有力者と話し合いをしたいというのもありますから」


「それも仕事のうちですか」


「前者は個人的な興味ですね。後者は今後のフランシス商会ウェスポー支店のためです」


 意表を突かれたような顔をするトリスタンにアイザックが笑顔を返した。命じられた仕事をこなすのはもちろん大切だが、商会のために別途働くことも重要だと2人に説明する。尚、個人的な興味を満たすというのは自分への報酬というだけでなく、知見を広めるためだ。


 翌日、アイザックはまとめ上げた資料を持ってノエル支店長と支店長室で面会した。そして、これまでの査察の結果を報告する。両者とも落ち着いた様子で会合は続いた。


 説明が終わるとノエル支店長の肩から力が抜ける。


「ありがとうございます。どれも予想の範囲内で安心しました。誤記以外は」


「間違いは誰にでもあることですからお気になさらずに。誤記の箇所はすべて記録してありますから、後ほど確認してから修正してください」


「承知しました。これで査察も終わりですな。お疲れ様です」


「いえいえ、これも仕事ですから」


「アイザック殿はこれからどうされるおつもりですか?」


「まだ数日は滞在させてもらおうと考えています。ウェスポーの町は商人が治めているそうですが、できればその方々と一度お話できたらと。このような機会に直接お目にかかることで、この支店の円滑な商売に貢献したいのです」


「なるほど、そういうことでしたら私の方から1人ご紹介しましょう」


「お願いできますか」


「普段お世話になっている方です。町の運営に対して発言力もありますから、実りある会合になるでしょう」


 報告が終わった後、次の日程が早速決められていった。この辺りは時間を大切にする商人らしいとユウなどは思う。戦闘中の一瞬を重視する冒険者や傭兵とはまた違った時間感覚だ。


 有力商人との会合についての約束を取り付けたアイザックは更に別の話を振る。


「そういえば、この港町は南方辺境の商品も数多く取り扱っているんですよね」


「ええ、海の向こう側から運ばれてくる品物はどれも珍しいものばかりですから、よく売れますよ。都会へ卸すための拠点でもありますからね、ここは」


「せっかくここまで来たので、商売人の方々に会ったり商品を直接見たいんですが」


「なるほど、そちらにもご興味がありますか。では、商館で何人かの方々とお話できるように手配しましょう。商品は、こちらの倉庫でご覧になったはずですよね?」


「はは、実は商品よりも市場の様子を窺いたいんです」


「そういうことでしたか、でしたら使用人を案内役に付けましょう」


 自分の興味があることもしっかり抑えるアイザックにユウは感心した。流れるように話が進んでゆく。


 こうして、査察の報告会は終わった。アイザックを先頭に3人は支店長室を退室する。これで本来の仕事は終わった。


 一旦客室へと戻るとトリスタンが声を上げる。


「これでこの町の仕事も一区切り付きましたね」


「そうですね。本店から与えられた仕事はこれですべてこなしましたから、後は帰るだけです。それはそれで気が重いですから」


「どうしてです。家に帰るようなもんでしょう」


「私は妾の子なんで、本店では肩身が狭いんですよ」


 前に話してもらった身の上話を思い出したトリスタンがしまったという顔をした。それに大してアイザックが小さく首を横に振る。


「構わないですよ。それに、こういう町の外に出る仕事もしていますから、あまり気にならないですし」


「優秀そうなんですから、本店でずっと働いていたら出世できるように見えるんですけれどね」


「私の場合ですと出世したら疎まれてしまいますから、ほどほどにしておかないといけないですよ」


「うわ、面倒だなぁ」


「そうですね。とても面倒です」


「独り立ちしようとはおもわないんですか?」


「言うのは簡単ですが、あれはあれで大変ですよ。行商人から始めるとなると危険がたくさんありますし、店を構えるところから始められたとしても、最初は弱いですから」


「難しいなぁ」


「だからこそ、よく考えて慎重に行動する必要があります。失敗すると取り返しがつかないですからね」


 トリスタンの質問に答えたアイザックは椅子を引いて座った。そのまま机に向かうと羊皮紙にペンを走らせる。本店へと報告書を書くのだ。


 手持ち無沙汰となったユウとトリスタンは部屋の一角にて休む。そうして機嫌の良さそうなアイザックを眺めた。

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