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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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懐かしい港町

 日が沈む手前の頃になると、ウェスポーの町に差していた陰の色も一層暗くなる。空はもちろんのこと、海も周囲の暗闇に溶け込んでほとんど見えない。それは、港に停泊する船も同じだった。


 そんな港町に荷馬車の集団が到着した。先頭の荷馬車は半焼し、最後尾の荷馬車には幌がない。盗賊に襲撃されたことが一目瞭然の一行である。


 ウェスポーの町の北門に続く白銀の街道の脇には、町に近いほど荷馬車が多く停まっていた。ある程度進むと荷馬車の集団から1台また1台と荷馬車が分かれてゆく。そんな中、ユウとトリスタンが乗るアイザックの荷馬車は相変わらず街道を進んだ。


 街道の東側に並ぶ宿を眺めながらユウはつぶやく。


「ここも変わっていないなぁ」


「来たことがあるんだったか」


「初めて海を見た所がここなんだよ。港の方に行って海水を舐めたんだっけ」


「俺にとってのトレハーの町みたいなもんか」


「そんな感じ。ああそれと、トレジャー硬貨以外のお金を見たのもここが初めてだった」


「へぇ、結構思い出深い町なんだな」


「なかなかね。あ、そういえばここで喧嘩に巻き込まれたことがあったんだ」


「そういえばそんなことを話していたな。そのおかげで次の護衛が見つかったんだよな。結構面白い話だったぞ、あれは」


 流れていく景色を見ながらユウはトリスタンに昔の話をした。かつて1度話したことがあったが、実際にその町へやって来たとなるとまた新鮮な受け止め方ができるというものだ。今回はこれ以上東へと進むことはないが、今までの経路は旅の始めとまったく同じである。色々と趣深かった。


 荷馬車は北門の検問所に到達すると停車する。そこで御者台に座るアイザックが番兵とやり取りをしていた。互いに慣れた様子で受け答えし、最後に入場料を支払うと番兵から通行許可が下りる。その直後、荷馬車が動き始めた。


 町の中はレラの町以上に賑わっている。潮風の香りがするので内陸とはまた違った雰囲気があるが、人種の違いもその彩りを強めていた。海路で南方辺境の人々もやって来るからだ。ユウにとってはつばあり帽子を被った南方辺境の人々の姿が懐かしい。


 中央広場から商館に移って更に少し奥へ行った所で荷馬車は停まった。ウェスポーの町の中は初めての2人だがどこに着いたのかはわかる。フランシス商会ウェスポー支店だ。


 荷台から降りた2人は荷馬車の前に向かう。トリスタンと交代でアイザックが御者台から降りた。そうして建物の中に入っていく。ユウも続いた。


 建物の中の雰囲気はレラ支店とウェスポーの町のものを足して半分にしたかの様だ。やはり店舗ごとに違うものだとユウは珍しげに室内に目を向けた。


 アイザックが使用人を捕まえて用件を伝えると別の使用人と一緒に一旦建物の外に出る。そうして荷馬車の移動を頼んだ。


 再び建物の中に入って立ち止まったアイザックがつぶやく。


「こんどは何もなければいいんですけれどね」


「大丈夫でしょう。立て続けに2つの支店で大きな不正があったら、フランシス商会自体が危ないですよ」


「その通りなんですけれど、あまりはっきりと言わないでください。私の実家なんですよ」


「アドヴェントの町は大丈夫だったんですよね、確か」


「あそこは問題ありませんでした。幸先がいいと喜んだものですが、次でねぇ」


「そういえば、アドヴェントの町に来る前に大変な目に遭ったんじゃなかったでしたっけ? ですから、むしろ幸先が悪いような」


「今日はやけに言うじゃありませんか」


「不安なんですよ。これ以上何も起きてほしくないんです」


「それは私も同感ですね。やっぱりこういう仕事をしているより、商売をしている方が楽しいですよ。さっさと終わらせたいものです」


 暇潰しの話をしているユウとアイザックの背後からトリスタンがやって来た。そうして更に待つことしばし、ようやく先程用件を伝えた使用人が戻ってくる。応接室へと案内するということだった。


 素直に使用人の後をついていった3人は応接室に入る。既に日が暮れていることもあって蝋燭(ろうそく)(とも)されていた。


 前の支店のときと同じく、アイザックが椅子に座り、ユウとトリスタンがその背後で立つ。後は相手ができるだけ早く来てくれるのを待つばかりだ。


 その願いはあっさりと通じた。ほどなくして1人の中年男が入って来る。


「お待たせしました、アイザック殿」


「初めまして、ノエル殿」


「どうぞお掛けになってください。レラ支店では大変だったそうですね。辣腕を振るわれたとか。徹底的に綱紀粛正を図られたと聞き及んでおりますよ」


「いえいえ、とても私1人の力では成し遂げられませんでしたよ。心ある方々のご協力あってのことです」


「それが、ロイド新支店長だと」


「あの方もそのうちのお1人です。いやはや、あちらでは人に恵まれました」


 いかにも恐縮しているという様子でアイザックがウェスポー支店の支店長に返答していた。実際に目の当たりにしてきたユウからすると大体その通りなのだが、こういう場では額面通りに受け取らないということを知っている。変に曲解されなければ良いのだがと不安に思いながら雇い主たちの様子を眺めた。


 しかし、今回は和やかに話が進んでいるように見える。前回のように嫌な感じがしないのだ。腹の内を隠すのがうまい商人や商売人が冒険者程度に見破られるような隠し方をするとも思えないが、ユウには何となくうまくいっている気がする。


「こちらが本店の命令書です。ご確認ください」


「確認いたしましょう。フランシス会長ではなく、ゲイル様の署名ですか。会長のご容態はまだ優れないままと」


「私が本店を出発したのは8月の終わりでしたが、その頃はまだということでした。あれから特に連絡がなければ恐らくはそのままのご容態でしょう」


「そうですか。残念です。以前お目にかかったときは随分と前でしたが、本当にコマル神の寵児のようなご様子でしたから悲しいです。ともかく、査察をされるとおっしゃるのでしたらご自由にどうぞ。こちらも協力を惜しみません」


「ありがとうございます。そう言っていただけるとこちらも嬉しいです。仕事の性質上、どうしても嫌われてしまいますから」


「それはお辛いでしょうな。精力的に働くほど嫌がられるなど」


 査察の話に入ったが、ノエルの様子に変化はなかった。アイザックの査察を当然のものとして受け入れているようである。前のときのような微妙な変化も感じられない。これならあるいはすんなりと終わるのではとユウは期待する。


 本命の話題が一段落すると応接室内の雰囲気は一段と穏やかになった。そうして雑談が少し続いた後、ノエルがユウとトリスタンへと目を向ける。


「アイザック殿の背後に立っているその2人は護衛の者ですよね。何となく傭兵ではないような雰囲気を感じますが」


「その通りです。護衛のはずの傭兵に以前襲われたので、アドヴェントの町で冒険者を雇い直したんですよ」


「なんと、護衛に襲われたのですか。良くご無事で」


「間一髪でしたよ。本店で手配した傭兵でしたが、質の悪い者に当たったらしく」


「それは考えられませんな。本店の警護の担当者がそのような手抜かりをするとは」


「あれからまだ本店に戻っていませんから何とも言えませんが、本当に参りましたよ。新しく手配してもらおうにも信頼できないんですからね。そこで、次は冒険者を雇ったのです」


「なるほど、確認できるまでは使えないと。当然の判断ですな。しかし、こう言っては失礼ですが、腕の方は?」


「冒険者でも対人戦の豊富な者を雇いましたから信用できますよ。それはレラ支店で2人が証明してくれました。下手な傭兵よりもずっと強いくらいです」


「それは素晴らしい。そのような目利きができるのは羨ましい限りです」


「何をおっしゃいます。ノエル殿は支店長を任されているのですから、私以上でしょう」


「ははは、そうだといいんですけれどね」


 ちらちらと見られながら話題にされるのは何とも居心地の悪いものであった。しかし、ユウはここでも無表情でやり過ごす。


 この後、更に別の話題や雑談を経た後、アイザックとノエルの面会は終わった。細かい話は明日ということで3人は客室へと案内された。


 肩の力を抜いたトリスタンが口開く。


「今回の支店長はまともそうだな」


「そうだね。これで不正が見つからなかったら最高なんだけれども」


「許容範囲であることを願うばかりですね」


 全員が寛ぎ始めたところで扉を軽く叩く音が聞こえた。ユウが応対すると夕食を運んできたと使用人が告げる。運ばれてきた食事を見ると湯気が出るほど温かい。客人に対する真っ当な食事だ。


 この支店では毎日まともな食事が食べられるとトリスタンは特に喜んだ。

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