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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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相変わらずの街道

 ウェスポーの町へ向かう荷馬車の集団が動き始めた。白銀の街道を南東に向かって進む5日間の旅だ。


 集団の最後尾はアイザックの荷馬車である。その荷台の後方でユウとアイザックが後ろへと流れる景色を眺めていた。遠くに徒歩の集団がついてくるのが見える。今回はどうだろうか。


 ぼんやりとそれを眺めていたユウは横からアイザックに話しかけられる。


「ユウは徒歩の集団に混じって歩いたことはありますか?」


「ありますよ。町から町に移動する際、仕事がなかったら歩くしかないですからね」


「とても危険だと聞いたことがあるんですが、どの程度ですか?」


「荷馬車の集団や隊商よりかは危険ですね。何しろ自衛する能力をほとんど持っていませんから、襲われたらやられっぱなしですよ」


「それは恐ろしいですね。ユウはどうやって対処したんですか?」


「盗賊に襲われそうな夜は徒歩の集団から離れて寝ました」


「どういうことです?」


「大抵の盗賊は、自分たちが襲う獲物を探すためにまず物見を出してくるんです。それが地平線上のどこかに現われたら大体2日以内に襲われる予兆ですね。だから、その間は夜になると徒歩の集団から遠く離れるんです。そうしたら、荷馬車の集団か徒歩の集団かどちらを襲うにしろ、僕は狙われないというわけです」


「そんな方法があるんですか」


「戦っても数で押されたらやられてしまいますからね。だったら最初から戦わなければいいんです」


「なるほど、確かに」


「ただし、狼や野犬のような獣に襲われる可能性はありますよ。それと天秤をかけて判断するんです」


 説明を受けたアイザックは深くうなずいていた。今まで徒歩での移動はしたことがなかったので興味があったらしい。行商人から始める必要がない人物なので、今後もそういう危険とは縁がないだろうとユウは推測する。


 穏やかに始まったウェスポーの町への旅だが、白銀の街道は他の街道に比べて安全というわけではない。当然、獣の脅威はあり、盗賊の危険もある。


 レラの町を出発して2日目の夕方、夕食のときのことだ。ユウたち警護の者も順番に食事をしていると、ある傭兵から盗賊の物見らしき影を見たとの報告を耳にした。ユウとトリスタンは見かけなかったが、他の何人かの傭兵が同じ場所で同じ影を見かけたらしい。


 さすがに複数人が目にしたのであれば見間違いの可能性は低かった。近日中に襲われるつもりでこれからの旅路は臨まなければならない。


 翌日の夜、警護の者たちはいつも通り夜の見張り番をこなした。しかし、普段よりも緊張したり気合いが入っていたりする。襲われるのならば今日か明日の夜だからだ。少なくともこの辺りはそうである。


 非番で眠っていたユウとトリスタンは自分たちの番になって起こされた。地面に下りて異常なしという報告を聞くと配置場所に立つ。この辺りの野営では夜に篝火(かがりび)を点けない。襲撃してくる盗賊の目印になるのを防ぐためだ。しかし、月明かりがあると話は変わってくる。ある程度見渡せてしまうからだ。この旅路では曇っていない限り、月明かりである程度見通せる。雲が途切れたときは緊張した。


 できれば襲われたくないと考えていたユウだったが、その願いは伝わらなかったようである。突然、火矢が飛んできたかと思うと先頭の荷馬車に突き刺さった。


「盗賊だ!」


 誰かが叫ぶと、他の場所の見張り番は一斉に周囲を警戒し、眠っていた残りは跳ね起きて外に出てきた。その間に襲撃者が喊声を上げて走り寄ってくる。統一感のない野卑な姿の者たちが武器を手にしていることが見えた。


 近くで立っていたトリスタンにユウが声をかけられる。


「ユウ、先頭の方が襲われているらしいな」


「たぶんあれは陽動だと思う。本命はこっちじゃないかな」


「嘘だろう。畜生、本当に来やがった!」


 かつてこの辺りで盗賊と戦ったことのあるユウの言葉は正しかった。先頭が襲われてしばらくしてから後方からも盗賊が襲ってくる。


 何人もの汚れた風貌の者たちが必死の形相で近づいて来た。実力という意味では盗賊1人1人はユウたちよりも弱い。しかし、なかなかの数がいる。まずは生き残ることからだ。


 盗賊の先頭を走る男は奇声を上げて槍を突き出してきた。ユウはその穂先を槌矛(メイス)で逸らすと男の体に肩からぶつかる。止まれなかった男は目を剥いて息を吐き出した。そうして動きを止めた男の頭に槌矛(メイス)を叩き込む。


 予想通りの強さだったが、ユウは多数をその場で押しとどめることはできなかった。他の盗賊たちは次々とユウの脇をすり抜けて奥へと走ってゆく。これはどうしようもない。


 ただ、ちょうどそこに護衛の来援があった。背後で戦いの音が聞こえ始める。こうなると、とりあえず目先の敵をいかに倒すかだ。


 槌矛(メイス)を握り直したユウは目に付く敵に襲いかかった。




 盗賊の襲撃は激しかったが短かった。大して強い盗賊がいなかったので次々と護衛の傭兵に討ち取られていったからだ。しかし、荷馬車には被害が出てしまう。先頭と最後尾の荷馬車に火矢を射られてしまったからだ。


 その最後尾の荷馬車とはアイザックの荷馬車である。幌の部分が焼け落ちただけというのが救いだろう。先頭の荷馬車が半焼したのにくらべるとはるかにましだ。


 翌朝、戦った者たちの戦果確認が始まった。昨晩戦って生き残った護衛の傭兵たちが自分たちの持ち場の死体を数えていく。倒した人数と戦利品は当人のものになるので誰もが真剣だ。


 ユウとトリスタンも自分たちの戦果を確認していく。昨晩夜の見張り番をした周辺とアイザックの荷馬車の周辺だ。見張り番の辺りはすぐに検分できたが、荷馬車の辺りはややこしいことになっている。来援した護衛の傭兵もその辺りで戦ったからだ。ただし、ユウが倒した分に関してはすぐに確認できた。何しろ武器が槌矛(メイス)と他の者たちに比べて特徴が明らかだからだ。どの傷が致命傷かさえわかれば争う余地はない。


 逆にトリスタンの方は厄介だった。昨晩は短剣(ショートソード)を使って戦ったからである。槍使いとの見分けは簡単につくが、他の刃物系の武器とは区別が付きにくい。そして厄介なことに、トリスタンと同じ盗賊の死体を自分の戦果であると主張する者が現われる。


「こいつはオレが殺したんだ! だからオレの戦果だ!」


「いや、そうじゃないだろう。この切り傷は俺の剣でつけたものだ。ほら、刃先がぴったりだろう」


「はっ、そんなのわかんねぇだろ! 横取りするんじゃねぇよ、冒険者風情が!」


「傭兵か冒険者かなんて関係ないだろう。何を言っているんだ、お前は」


「うるせぇよ、とにかくこれは俺の戦果だ!」


 相手の傭兵はしきりに大声でトリスタンを怒鳴り散らした。何を言っても聞こうとしない。


 それでもトリスタンは毎回律儀に反論した。黙っていると諦めたと見做されるからだ。静かではあるが自説を引っ込める気配はない。


 2人が騒いでいると周囲に人が集まってきた。戦果確認が終わった護衛と商売人だ。大半がいつもの光景という様子で眺めていたが、そのうちの1人の傭兵が前に進み出て殴り合いで解決する方法を提案する。これもまた珍しくない方法だ。


 嫌そうな表情を浮かべたトリスタンだったが、拒否すれば盗賊の死体は諦めることになる。そのため、渋々殴り合うことを承知した。


 突然始まった決闘に傭兵たちは沸く。商売人たちは呆れているが止めようとしない。あまり時間をかけるわけにはいかないので、死体がない近くの場所ですぐに殴り合いが始められた。


 トリスタンは大声を上げていた傭兵を迎え撃つ。自信満々に殴ってくる傭兵の攻撃を躱し、軽い一撃を何度か入れた。それで頭に血が上った相手が更に大振りしたところで威力のある一発を顔に叩き込む。それで大勢が決した。


 周囲の盛り上がりは今ひとつだ。短時間で終わったというのもあるが、どうやら傭兵が冒険者に負けたのが気に入らないらしい。とはいえ、勝負は明確な形で付いた。争っていた盗賊の死体はトリスタンのものと決まる。


「やったじゃないの、トリスタン」


「素直な奴で助かったよ。お前とやるよりはるかにやりやすかった」


「何それ。僕の性格が悪いみたいじゃない」


「お前の方がずっと強いって言ったんだよ。さて、アイザックさんに報告だ。戦利品を買い取ってもらわないとな」


 にやにやと笑うトリスタンにユウは半目を向けた。しかし、まったく効果はなく、そのまま雇い主のところへと向かわれてしまう。


 面白くないユウだったが、気を取り直して相棒に続いた。そうして同じように自分の戦果を報告する。


 こうして、荷馬車の集団はいつもより遅めに出発した。できるだけ遅れを取り戻すべく荷馬車を急がせる。


 その甲斐あってほぼ予定通りにウェスポーの町へと到着した。

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― 新着の感想 ―
ユウとやってる格闘術の訓練が生きましたねー
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