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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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次に向けた準備

 随分と長くひとつの町にいるとユウはぼんやりと思った。振り返って見ればレラの町にやって来てもう1ヵ月にもなる。何もなければ1週間程度で次の町へ向かうと当初は聞いていたが、蓋を開けてみれば大荒れの内容だ。


 もちろん問題が発生したのだからその対処と後始末はやるべきである。ただ、それが当初の何倍もの時間がかかるとなるとため息をつきたくなるだけだ。今回の契約の内容では報酬の額は基本的に一定だからである。


 この依頼を勧めたアドヴェントの冒険者ギルドの受付係をユウは思い出した。確か今後のために引き受けるよう言われた記憶がある。これがそうなのかと首を傾げたが、恐らくそうなのだろうと理解する。護衛の依頼の契約の仕方もレラ支店で起きたことと同じように学ぶべきというわけだ。


 ただ、他にも気になることがある。あの受付係はこの手の仕事に慣れるにはちょうど良いと言っていた。これが最低限なのかそれとも平均的なのかはわからないが、何にせよ今後これ以上のことが身に降りかかってくる可能性があるわけだ。肯定したくはないが、否定できる要素もなかった。


 色々と考えながらユウはため息をつく。


「余計なことを考えない方が良かったのかなぁ」


「ユウ、どうしたんだ?」


「何でもないよ。それより、荷馬車から運び出す木箱はあとどのくらい残っているの?」


「まだいくつか残っているぞ。さっさと運び出そうぜ」


 荷台の上に乗ったトリスタンがユウを見下ろしながら伝えた。


 現在、2人はアイザックの荷馬車から商品を降ろしている。次の港町であるウェスポーに行くための準備だ。すっかり忘れていたアイザックから頼まれたのだ。


 本来ならばレラ支店の使用人に任せれば良いのだが、不正事件以降は人手不足でこちらまで手が回らない状態が続いている。そのため、本来ならば護衛の仕事とは違うものの、仕方なく商品を荷馬車から出しているのだ。さすがに人足並みの報酬はもらっているが。


 こんなことをしている理由はレラの町を出発する目処がようやくついたからだ。予定では1週間後だという。


 ようやくレラ支店の立て直しが一段落ついた今朝、アイザックは重要な発表を配下の者たちに告げた。番頭のロイドをレラ支店の支店長に任命し、アイザックは1週間後に臨時支店長の座を退くのである。人員の不足はまだ解消していないが、とりあえず山は乗り越えたので後は任せるといった次第だ。


 今後のアイザックの重要な業務はロイドに対する引き継ぎになる。そして、基本的にはいつも一緒に行動することになるわけだが、ロイド側にも護衛が何名かいるのでアイザックの護衛業にいくらか余裕ができたのだ。そこで、荷馬車の荷物の件を思い出したアイザックがユウとトリスタンに頼んできたのである。


 商品の運び出し作業がようやく終わった。重い木箱もあったので腕が疲れている。


 荷台からトリスタンが飛び降りた。そうしてユウへと近づく。


「次は荷馬車に木箱を積むんだよね。荷物はどこにあるの?」


「倉庫の中だそうだ。場所と種類は聞いておいたから俺が知っているぞ」


「それじゃ教えてよ」


「おう、任せろ。さっさと終わらせようぜ」


 元気に声を返したトリスタンが先に歩き始めた。ユウはその後に続く。腕をさすりながら早く疲れが取れてほしいと願った。




 出発の日の当日、ユウとトリスタンは客室で食事をしていた。現在はまだ日の出前なので室内は暗いが、蝋燭(ろうそく)で明かりを確保している。


 荷馬車の準備は既に整い、2人もいつでも乗り込める状態だ。後は指示を待つばかりである。その指示を出す雇い主は今、備え付けの机に向かって何やら書いていた。本店に届ける報告書らしい。


 机から顔を上げたアイザックが立ち上がった。手には巻かれて封印された羊皮紙がある。


「アイザックさん、ウェスポーの町へ向かうフランシス商会の隊商はなかったんですね」


「残念ながらね。あればそこに加えてもらおうと思ったんですけれども、昨日この町を出てしまいましたからね」


「でも、他の商会の隊商には入り込みたくない。今回の件を聞かれないためでしたっけ」


「そうです。不正に関与した商会の隊商は居心地悪いですし、無関係の商会に入れてもらって聞かれても言いづらいですからね。なので、いち商売人として町の外で荷馬車の集団に混じった方がましです」


「聞かれても適当に答えて受け流すっていうのは難しいですか」


「毎日そんなことを聞かれるのは面倒じゃないですか。2人だって嫌でしょう?」


「俺らは武勇伝として自慢するだけですよ、アイザックさん」


 横から口を挟んできたトリスタンがにやりと笑った。それを見たアイザックが苦笑いする。冒険者と商売人ではその辺りの感覚が違うのだ。


 2人の食事が終わるといよいよ出発である。アイザックの指示に従い客室を出る。荷物は背負っている分だけなので忘れ物はない。


 停車場に出ると馬と荷馬車の準備は既に整えられていた。レラ支店の使用人がやってくれたのである。そして、その近くには新たな支店長ロイドと使用人マーティーが立っていた。その2人を目にしたアイザックが抱擁を交わす。


 アイザックたち3人が別れの挨拶を交わしているうちに、ユウとトリスタンは自分たちの荷物を荷馬車の荷台に置いた。そうして、ユウはアイザックの元に、トリスタンは御者台に向かう。


 この1ヵ月強で色々とあったこともあり、アイザック、ロイド、マーティーの話は尽きない。3人とも直前まで業務に追われていたのでゆっくりと話す機会がなかったのだ。


 しかし、いつまでも話しているわけにはいかない。わずかずつ明るくなる中、アイザックは最後に手にしている羊皮紙をロイドに手渡す。それからすぐ荷馬車の後方に乗り込んだ。トリスタンへと声をかけると直後に荷馬車が動き出す。


 ロイドとマーティが支店の外の大通りに出て最後まで馬車を見送ってくれたのを見届けたアイザックは小さく息を吐き出した。最近はすっかり秋らしくなり、荷馬車の中も少し肌寒い。


「さて、意識を切り替えましょうか。次はウェスポーの町ですね」


「町の外でうまい具合に荷馬車の集団が見つかれば良いんですけれど」


「見つかりますよ。ウェスポーの町へ向かう荷馬車は毎日出ているんですから」


「僕たちが受け入れてもらえないという可能性は考えないんですか?」


「そこをどうにかするのが私たち商売人の腕の見せどころですよ。駄目だ駄目だと言って諦めていたら、儲けられる場所なんてどこにもなくなってしまいます」


 随分とたくましい考え方にユウは感心した。生活のために稼ぐという感覚は今も強くあるが、貧欲に儲けるという感情はない。もし商店で働き続けていたらこうなっていただろうかとぼんやり考えた。


 大通りを進む荷馬車はレラの町の東門に到達する。既にその辺りは人と荷馬車の往来があった。検問所を通過して町の中に入ってくる流れは鈍いが、外に出る流れは順調だ。そのままあっさりと白銀の街道に移る。


 宿の連なる白銀の街道をアイザックの荷馬車がゆっくりと進んだ。日の出直前の街道には既に賑わっている。建物が途切れると街道の両側には原っぱが現われた。町の郊外だ。街道近くには徒歩の集団がいくつかまとまっており、荷馬車の集団も点在している。


 それまで荷台の後方に座っていたアイザックが前の方へと移動した。しばらくすると荷馬車が原っぱへと移る。揺れがひどくなったことを感じたユウがしばらく我慢していると、次第に進む速度が遅くなり、やがて停まった。


 荷台から地面に下りたユウが荷馬車の前に回る。御者台にトリスタンが座ったままだったが、アイザックの姿は見えない。


「トリスタン、アイザックさんは?」


「あっちの荷馬車の集団に行ったよ。挨拶してくるらしい」


「混ぜてもらえるのかな」


「どうだろう。自信ありそうだったから何とかなるんじゃないか?」


 まるで他人事のようにトリスタンが答えるのを聞いたユウはそこで黙った。確かにアイザックなら何とかするように思えたからだ。この1ヵ月ほどでそれだけの実力を示したことを目の当たりにしただけに信じてみようと思える。


 他に雑談をしながらユウがトリスタンと待っていると、アイザックが戻って来た。その笑顔からして交渉が成功したことが窺える。


「あの集団と一緒に行くことになりました。荷馬車を近づけてください」


「わかりました」


「それとユウ、あちらの護衛と顔合わせをさせたいのでこちらに来てください」


 指示を受けたユウはうなずくと荷馬車とは別にアイザックの後ろについていった。そうして各荷馬車の護衛の代表が集まる場所へと参加する。


 結局心配するまでもなかったと思いつつ、ユウは他の護衛に挨拶をした。

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