不正の追及
雇い主からレラ支店の不正について教えられたユウとトリスタンは翌日からアイザックの外出に付き合うことになった。
最初はトリスタンが警護をしているときで、戻って来てから役所に足を運んだとユウは教えてもらう。しかし、話し合いの場には立ち入ることができなかったらしく、アイザックが誰と何を話したのかまでは知らないとのことだった。
次いでユウが警護をしているときに商館へ赴く。アイザックはいくつかの商会や商店の人々と面会したのを目にした。しかし、ここでも警護役の者は除外され、具体的に何を話したのかまではやはり窺い知れない。ただ、話し終えた相手はいずれも表情を硬くしていたか青ざめていた。
一方、レラ支店内の調査はこのとき何もしていない。アイザックは今や支店内で目立つ存在になってしまっており、何をするにしても誰かしらに注目されていた。これは何かとやりにくい。
そこで、番頭のロイドと使用人のマーティーの2人に支店内の調査を密かに依頼している。更に事実関係を調べ上げて証拠を確固たるものにするためだ。
レラ支店にやってきて2週間、そうやって相手の目をかいくぐって不正の関係者への包囲網を築いていく。
与えられた客室にいつもの3人が集まって夕食を口にしていた。黒パンを飲み込んだトリスタンが水袋の水を飲み干してからユウに顔を向ける。
「何が悲しくて町の中で保存食を食べなきゃいけないんだと思っていたが、それもようやく終わりだな。官憲の方の準備はいつでもいいそうだぞ」
「他の商会や商店はまだかかるらしいですがしばらく待つんですか、アイザックさん?」
「いえ、明日の夜に夕食に招待されていますから、そのときに仕掛けます。これ以上の引き延ばしは、相手に反撃の機会を与えるだけですから」
「でも、ジェイコブ支店長ががっつり関わっているとはなぁ」
「そうだよね。せいぜい間接的くらいだと思っていたけれど、そんなことなかった」
「どうも自分で主導していたようですからね、あの方は。金に目がくらんでしまったのでしょう。残念です」
小さく首を横に振ったアイザックが最後の干し肉のかけらを口にした。それをゆっくりと噛む。
不正の証拠を集めた結果、主犯はジェイコブ支店長ということが判明した。決定的な証拠は番頭のロイドがもたらしてくれた書類の数々だ。外部から外堀を埋めるように証拠を集めていた3人だったが、やはり内部協力者の存在は何よりも大きい。
それと、他の商会や商店の一部商売人と結託して、商品の仕入れ数と仕入れ金額を誤魔化していることも確実となった。これはロイドやマーティーの協力を得て、該当商会や商店で誠実そうな人物を紹介してもらい、こちらの証拠を元に調査してもらっている。できれば足並みを揃えて動きたかったが、それが叶わずアイザックが先行して動くことになった。
また、役所内への手回しもこの1週間でアイザックは済ませている。ジェイコブ支店長と結託している一部役人と敵対している者に不正の証拠を渡したのだ。昨日粛正が完了したことを知らされ、今回の件での協力を取り付けている。
これだけ準備してアイザックは明日の晩餐に臨むのだ。名目は調査結果の報告である。
「当日はユウもトリスタンも護衛に就いてもらいます。覚悟してください」
「たぶん荒事になるんですね。正面から不正を突き付けるんだから当然かぁ」
「でもアイザックさん、俺は毒殺が心配ですよ。食事には絶対混じってるはずですよ。相手の支店長がどこまで気付いてるか知らないですけれど、もう駄目だと思ったら何でもやってくるんじゃないですか?」
「むしろ望むところです。そうなると官憲にジェイコブ支店長を確実に捕縛してもらえますから」
「いや望むところって、毒殺されたら先に死んじゃうじゃないですか」
「私にはお守りがありますから大丈夫ですよ。そういうときのための備えはあるんです。ですから、不安がる必要はありません。それよりも、2人は部屋に乱入してくるかもしれない暴漢に注意してください」
何のことかわからない2人は顔を見合わせた。しかし、トリスタンがそれに気付く。教えてもらったユウはしきりに感心していた。
こうして、3人の準備は整う。後は当日を待つばかりであった。
翌日の六の刻になると、ユウとトリスタンはアイザックと共にレラ支店の食堂に入った。あまり広くはないが、洒落た装飾がちらほらと壁や棚にある。食堂の中央には大きなテーブルがひとつあり、今回はその横両脇に椅子が並べられていた。
アイザックを認めたジェイコブは両手を広げて歓迎の意を示してくる。前に客室に届けられた冷たい食事のことを思うと見せかけだけだというのは一目瞭然だ。しかし、アイザックは素知らぬ顔をしてその意を受け入れる。
席に着いた2人は雑談から始めた。最初は当たり障りのない近況を話し合う。
ユウとトリスタンはアイザックから離れた場所、壁際に立っていた。食事の際の護衛の立ち位置は決まっているのだ。それはジェイコブの護衛も同じである。また、武装はナイフとダガーのみに制限されていた。これは相手も同じ条件ということでアイザックが受け入れている。
このような形でアイザックとジェイコブの晩餐は始まった。最初に用意されたのはワインで、給仕がボトルの栓を開けて金属製のゴブレットにそれぞれ注がれる。受け取った2人はたまに杯を傾けた。
やがて本題である調査結果の報告をアイザックが始める。報告が進むにつれて、ジェイコブの笑顔が引きつっていった。想定以上に支店内の情報が筒抜けだったという証拠である。
「以上が、この2週間におけるレラ支店の内部調査結果です」
「な、なかなかよく調べたものですな。正直驚いていますよ」
「実に残念です。本来ですと諫める立場にいらっしゃるあなたが、この大規模な不正の首謀者だとは。しかも、本店の一部とも無関係ではないだなんて。どうりで今まで見つからなかったわけです」
「しかし、その証拠とやらが、果たして本物かどうか怪しいですなぁ」
「と、いいますと?」
「どうでしょう、1度その書類を役所に提出していただき、精査してもらうというのは。第三者の手によって尚もその正しさが保証されたのであれば、私も潔く罪を認めましょう」
「それはすばらしい。ぜひそうしましょう」
「同意してくださりますか。それは良かった。では、今から食事といたしましょう」
落ち着きを取り戻したジェイコブが使用人に目を向けると料理が運ばれてきた。目の前のテーブルの中央に豚肉の塊が乗せられ、2人の目の前にはスープが置かれる。どちらもできたてらしく旨そうな匂いと共に湯気立っていた。
笑顔を浮かべたジェイコブがアイザックに勧める。
「今から肉を切り取りましょう。その間に、どうぞそのスープをお飲みください」
「ありがとうございます」
同じく笑顔で受けたアイザックは用意された金属の匙を使わなかった。懐から銀色に輝く匙を取り出し、それでスープをかき混ぜる。そして、スープから取り出すと黒く変色していた。
落ち着いた笑みを浮かべたままのアイザックが黒ずんだ匙を持ったまま口を開く。
「ジェイコブ支店長、これはどういうことですかな?」
「な、バカな。なぜそんなものを持っているんだ」
「若輩者ですが、これでも危ない目には何度か遭ったことがあるんですよ。そのとき以来、用心するようになったわけです。いやはや、経験に勝る護身はありませんね」
「スープを用意したのは料理人だ。私がやったことじゃない」
「では、それも第三者の手に委ねて調査してもらいましょうか。ああそうそう、最近ここの役所の方の知己を得ましてね。その方に来ていただきましょうか。そういえば、ジェイコブ支店長も役所にお知り合いがいるとか。最近お話はされましたか?」
「お前、一体何を知ってるんだ!?」
目を剥いていたジェイコブがアイザックを睨んだ。笑顔を維持するのはもはや限界だったらしく、その余裕も見受けられない。
口元を震わせていたジェイコブは再び口を開こうとした。ところが、ちょうどそのとき扉を開けて中に入ってきた使用人が急いで支店長の元へと駆けつける。そして、怒りつつあった主人の耳元でささやいた。
何かしらの報告を聞いたジェイコブが青ざめていくのを見たアイザックが声をかける。
「早速第三者の方々がお見えになりましたか?」
「貴様、謀ったな!?」
「それはお互い様でしょう。私を毒殺しようとしたではありませんか」
「くそっ、おのれぇ!」
ジェイコブの慌て様から、ユウたちは事前に打ち合わせた通りに官憲がやって来たことを知った。
既に証拠も揃っている。これですべてが終わるはずだった。




