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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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レラ支店の裏側

 レラの町にあるフランシス商会レラ支店に到着した翌日、アイザックは早速動き始めた。まずは現状の確認ということでレラ支店にある主な書類や帳簿を1日かけて閲覧する。これにより、自分の頭の中にある知識と現状のずれを確認した。更に翌日、細かい資料を見てより細部を把握していく。


 この間、ユウとトリスタンは交互にアイザックの警護に当たった。大体、朝と昼の二部交代制で守る。支店内でいきなり暴力沙汰になることはあまり考えられないが、書類の整理などの補助作業があるので最低1人は側に必要ということだった。


 ただし、警護から外れている間はずっと客室で待機しないといけない。元はアイザックにあてがわれた部屋なのだが、警備上の問題ということで3人が同室を利用している。何かあったときのため、休憩中はこの客室から出ることができないのだ。


 トリスタンなどはすっかり肩を落として休憩中は眠っている。たまには酒場に行きたいと愚痴っているが、当人もそんなことはできないと承知しているので漏らすだけだ。


 一方、ユウはこれ幸いにと自伝を書いている。何をのんきなとトリスタンなどは最初呆れていたが、寝ているのとどちらがのんきなのかと問うと黙り込んだ。


 そうして4日が過ぎた。この日もいつも通りの書類作業を終えて全員が客室に集まる。3度の食事はレラ支店の使用人が毎食届けてくれた。今晩もそれを3人で食べている。


「はぁ、また冷えた飯か。アイザックさん、この支店の人たちってみんな毎日冷えた食事ばっかり食べているんですか?」


「そんなことはないはずですよ。提供される食事が毎食冷えていたらみんなやる気をなくすでしょうから」


「ということは、客に冷えた食事を出す習慣があるとか?」


「そんなことをしたら支店の評判に関わりますし、へたをすると交渉がまとまらなくなってしまいます。ですから、どんなに嫌な相手でも形式上は歓待するのが常識です」


「だったら、この冷えた飯はどうして?」


「もう答えは言ったでしょう。やる気をなくしてさっさと出て行ってほしいんですよ。これを指示した人はね」


 肩を落とすトリスタンの質問にひとつずつ答えたアイザックが苦笑いした。話を聞いていたユウも雇い主の意見に賛成だ。そこで気になることを尋ねてみる。


「アイザックさん、仕事の上で何か嫌がらせなんかをされたことってありますか?」


「今のところはありませんね。ただ、気になることはいくつかありますが」


「どんなことですか?」


「まだはっきりとは言えないので差し控えます。それと、明日は倉庫内の確認をしますから、2人とも手伝ってください。文字の読み書きと数は数えられるんでしたよね」


「はい。棚卸しでもするんですか?」


「ユウはさすがに商店に勤めていただけあって、棚卸しという言葉がすぐに出てくるんですね。明日は期待していますよ」


 余計なことを言ってしまったという表情をユウは顔に浮かべた。何気なくかつての勤め先での言葉を使うことがたまにあるのだ。気を付けてどうにかなるかわからないが、できるだけ注意しようと心の中で誓う。


 翌日、ユウとトリスタンはアイザックに連れられてレラ支店の倉庫へとやって来た。ジェイコブ支店長から使用人を1人借りて倉庫内にある商品の数を確認しようとする。


「ユウ、トリスタン、この書類を渡しますので、数がどの程度違うのか確認してください」


「わかりました。僕はあっち側ですね」


「俺はこっち側ですか。うわ、結構あるな」


「ちょっと待ってください、アイザックさん。この冒険者たち、文字が読めるんですか?」


「ええ、読めますよ。しかも数もしっかり数えられますからね」


「どうしてそんな人が冒険者なんてやってるんです」


「さぁ? その辺の事情は聞いたことがないので知りませんね。今は必要のない話ですし」


「私はどうするのですか? てっきり私が棚卸しをすると思っていましたけど」


「私たち3人の数えた数が正しいか時々確認してください。それでより正確な資料になりますから」


 目を白黒させた使用人が慌ててアイザックに詰め寄った。しかし、アイザックは涼しい顔をして使用人の役目を割り振る。指示を聞いた使用人は顔を青ざめさせた。


 そんな使用人に構うことなくユウたち3人は倉庫内の商品の数を数え始める。普段の作業をする使用人や人足が往来する中、3人はあちこちに散った。


 丸1日かけて倉庫で作業をした翌日、アイザックは支店内の関係者に聞き取り調査をする。この支店の取引内容や商習慣を聞いた通り記録していった。ちなみに、このときの記録係は護衛に就いているユウかトリスタンである。


 こうして1週間が過ぎた。最後の聞き取りを終えた夜、いつも通り客室で全員揃って食事をする。もちろん食べる物はすべて冷たい。


 警備体制の都合上、アイザックの行動の半分程度しか知らないユウだったが、見聞きした範囲のことを思い返すとこの支店の中は何かおかしいような気がした。具体的に何がと問われても言葉を返せないのがもどかしい。そして、それはトリスタンも同じようだった。


 夕食中、トリスタンがアイザックに問いかける。


「アイザックさん、何かうすらぼんやりとですが、この支店、おかしくないですか?」


「何がおかしいと思いますか?」


「何て言うか、隠し事をしてる人が何人かいるように思えるんですよ」


「おお、結構見ていますね。確かに言動が怪しい人はいます」


「結局、この支店って何かおかしいところでもあるんですか?」


「結論から言いますと、不正をしています。結構大々的に」


「うわ、やっぱりそうなんだ。でも、アイザックさんはどこからそれを掴んだんですか?」


「まずは在庫の帳簿ですね。最初に見たとき、欠損や欠品が随分と多いと思ったんです。一般的に物っていうのは壊れるものですから毎月一定の数の品物が失われます。そして、これは恥ずかしいことですが、使用人の中には商品を盗む物がいくらかいます。小さい商品なんかだと特に狙われやすいですね。これらの欠損や欠品がある時期から少しずつ増えているんです。今もね。でも、これだけではまだ怪しいだけです」


「だとしたら、他に何があるんですか?」


「倉庫内の在庫数と帳簿の個数です。これがほとんど差異がないというのがおかしい。普通でしたら差異がないから怪しくないと思うでしょうが、欠損はまだしも欠品は実在庫と帳簿在庫の数を狂わせる大きな原因なんです。盗む者の大半はそんなこと気にしませんから。なのにある時期からこの差異がほとんどない。これはおかしいでしょう」


「不正をしていた人を捕まえたから差異が小さくなったことは考えられないんですか?」


「それなら帳簿上の欠品数が増え続けるのはおかしいですよね」


「おお、なるほど」


「他にも、特定の取引相手から仕入れた商品が毎回一定数欠損しているのも気になりますね。輸送中に壊れる商品も確かにありますが、例えば岩塩が毎回一定数欠損するというのはどう考えてもおかしい」


 その他にもいくつかの証拠を挙げてもらったユウとトリスタンは不正の証拠が確たるものであることを知った。


 しかしそうなると、ユウはひとつきになることがある。


「アイザックさん、こんなに大きな不正をしていて、相手の人は見つからないと思っているんですか?」


「見つかっても何とかできると思っているのかもしれませんね。これは官憲も一部が抱き込まれているかもしれません」


「そうなると、訴えたところで逆に僕たちが捕まってしまうかもしれないということですか?」


「はい。ですから、事は慎重に運ぶ必要があります。向こうも私が何か気付いたとわかっているでしょうから迂闊な行動はできません」


「これからどうするんですか?」


「もうちょっと色々とやる必要があるので、まだ時間が必要ですね。その間、食事は自分たちで用意しましょう」


「毒殺を気にしているわけですか」


「ええ、特に私は目の上のたんこぶでしょうから」


 不敵な笑みを浮かべたアイザックを見たユウが肩を落とした。こうなると自分たちも食事には気を付けないといけない。狙われるときは狙われるからだ。


 そうしてより一層周囲を警戒することになったユウとトリスタンだったが、2日後、ユウが休憩中に何者かが客室を訪ねてくる。


 一瞬襲撃を想像して緊張するユウだったが、尋ねてきたのはマーティという使用人だった。話を聞いたところ、日々の不正に耐えかねて番頭のロイド共々証拠を提供したいと申し出てくる。


 ユウはすぐさまアイザックに連絡をして引き合わせた。そこから先は非番だったので直接見ていないが、トリスタンによると大きな証拠を掴んだらしい。


 こうして支店の内部調査は大きく進んだ。

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