町の中の支店
レラの町の西側には境界の川が南から北へと流れている。割と大きな川で昔は人類の生存圏でもあった。しかし、現在では既に川の西側へ人類は進出しているのでそこまで大きな意味合いはなくなっている。
ユウとトリスタンはその川を荷馬車に乗って渡った。ユウにとっては2回目だ。どちらも護衛としてだが、その対象は違う。以前は荷馬車、今回は人だ。
荷馬車が動いて船着き場から離れる。西端の街道はレラの町の西門まで続いていて南側は原っぱだが、北側は店が軒を連ねていた。そして、船着場と西門の中央辺りに小道が延びている。その狭い道は大体人で埋まっており、その両脇は飲食店が軒を連ねていた。
前回、初めてレラの町を訪れたときはこの小道を北に向かって進んだことをユウは思い出す。どこかは忘れたが、このいずれかの店に入って夕食を食べたのだ。
西門へと近づいてゆく荷馬車の後ろからユウはその風景を眺めていた。しかし、それも西門から町の中へと入ると見えなくなる。
町の中の様子はアドヴェントの町とあまり変わらなかった。規模としては少し大きいのかも知れないが、言ってしまえばそれだけでもある。
2人はそのまま荷馬車に揺られて移り変わる大通りの景色を眺めた。数多くの市町村を巡ったユウたちだが、中に入ったことがあるのは両手で数えられるくらいしかない。そのため、城壁の外に比べるとまだ周りの風景は物珍しかった。
やがて、中央広場と商館からある程度離れた所に立つ建物の前に荷馬車が停まる。目的地にたどり着いたことを知った2人は荷台から下りて御者台へと向かった。ちょうどアイザックが下りてきたところである。
「2人とも、長旅お疲れ様です。ようやく目的地のひとつにたどり着きました。私はこれからこのレラ支店の支店長に会いに行きますので、どちらかついてきてください」
「ユウ、お前が行けよ。馬の世話と荷馬車の見張り番は俺がやっておくからさ」
「わかった。アイザックさん、僕が行きます」
「では、行きましょう。トリスタン、また後でね」
雇い主であるアイザックが指示を出した後、トリスタンはやって来た使用人と一緒に荷馬車を停車場へと移動させていった。それを途中まで見送ると、アイザックは支店に入る。
一拍子遅れてユウはアイザックに続いた。建物の中には何人もの商売人や使用人が話をしたり荷物を持って動き回っている。大きな商会の中にはほとんど入ったことがないので珍しい光景だ。
たまたま近くを通りかかった使用人に声をかけたアイザックは支店長への連絡を頼む。何か仕事をしていたはずの使用人は、割り込んで頼まれたことに嫌な顔ひとつみせずにうなずくと応接室へと案内してくれた。
応接室へと入るとアイザックは椅子に座り、ユウはその背後に立つ。トリスタン共々警護役なので何かあったときのためにすぐ反応できるような姿勢でいないといけない。
その後、ユウはアイザック共々延々と応接室で待つことになった。支店長くらいになると忙しいというのはユウでも何となくわかる。しかし、ここまで待たせるものなのだろうかとも感じた。
気になったユウはアイザックに話しかける。
「随分と遅いですね」
「嫌がられているんでしょうね。気持ちはわかりますが」
「トリスタンはもう荷馬車で待っているでしょうね。このままだと夜になっちゃいますよ」
「いくら何でも明日まで待たされることはないでしょう。先延ばしにしたって逃げられないんですから」
たまに足踏みをして体をほぐしていたユウはため息をついた。いつまで待てば良いのかわからないということもあって疲れが溜まってきている。
散々待たされた末、ようやくレラ支店の支店長が使用人と護衛を1人ずつ伴ってやって来たのは鐘1回分程度の時間が過ぎた後だった。空の色は既に朱く染まっている。
「ようこそ、アイザック殿。仕事が立て込んでいましてな、少々遅れてしまいました」
「忙しいことは良いことですよ、ジェイコブ支店長。会えて嬉しいです」
まるで互いに今すぐやって来たかのような笑顔で握手を交わしている2人にユウは驚いた。特にアイザックは顔を引きつらせもせず、実ににこやかに対応している。
こういうやり方を学ぶ前に商店を解雇されたユウは、もし自分があのまま雇われていたら自分もこんな対応ができるようになっていたのだろうかと考えた。しかし、しょせん雇われ者で使用人でしかなかったことを思い出し、そんなことはないなと自分の考えを否定する。
雇い主の背後に立ってアイザックとジェイコブの会話を聞いていたユウはいつ本題に入るのかとやり取りを眺めていた。雑談の中からでも相手の情報を引き出そうとしているのはユウにもわかったが、その具体的な内容と方法まではわからない。ただ、何となく2人の間には微妙な隔たりがあるように思えた。ジェイコブの方にだが。
それにしても雑談が長いとユウは思った。本題にさっさと入った方が良いのにと内心で不思議がる。しかし、もしかしたらそれはもうすっかり冒険者に染まってしまったからかもしれないと感じた。少なくとも、アイザックと同じ会話は絶対にできそうにない。物の売り買いだけならできるのかもしれないが、それは誰でも同じである。
今日は雑談だけで終わるのかなとユウは思った。しかし、ようやくジェイコブからユウでもわかる中身のある会話をアイザックに振ってくる。
「ところで、今日はどういったご用件ですかな?」
「今日こちらの支店に参りましたのは、支店の様子を窺いにきたのです」
「ああ、あれですか。たまに本店からやってくる査察ですな」
「そうです。先月アドヴェント支店を確認したところなんですよ」
「ほほう、そちらの結果はどうでしたかな?」
「何も問題ありませんでしたよ。あちらの支店長はよくやっていてくれました。しかも、私の査察にも嫌な顔をせずに対応してくださったんですよ。ありがたいことです」
「さすがですなぁ。私どももぜひ見習いたいものです」
「そう言ってもらえますと助かります。ああそうだ、忘れていました。こちらが本店の命令書です。ご確認ください」
アイザックが懐から取り出した羊皮紙を相手に手渡した。ジェイコブは顔色を変えずに書かれた内容を確認する。
「ほほう? フランシス会長ではなく、ゲイル様の署名ですか」
「ご存じでしょうが、商会長は現在病に伏せっておられ、代わりにゲイル様が差配を振るっておられますから」
「なるほど、確かにその話は耳にしております。しかしそうですか、ゲイル様の指示で動いていらっしゃるのですね」
「はい。今は会長代理でいらっしゃいますから」
「まぁそうでしょうなぁ。意に反することなどできるはずもない。それで、このすべての指示に従うようにというのは?」
「今回、私が査察を行いますが、そのために必要なことで協力していただくことがいくつかあります。そのことですよ」
目の前で繰り広げられる会話を見ていたユウは、アイザックが羊皮紙を相手に手渡してからジェイコブの雰囲気が一瞬微妙に変化したことに気付いた。懐に手を突っ込まれるようなことを今からされるのだから面白くないだろうというのはもちろん理解できる。ジェイコブもだから嫌がっているのかもしれないと考えた。
使用人が応接室の蝋燭を付け始めたことで日没が近いことをユウは知る。その様子をちらりと目で追いかけたとき、耳に自分の話題が入ってきた。再びジェイコブへと目を向ける。
「そういえば、アイザック氏の背後に立っている者は、何と言うか、何となく傭兵ではない雰囲気ですな?」
「その通りです。護衛のはずの傭兵に以前襲われたので、アドヴェントの町で冒険者を雇い直したんですよ」
「ほほう。ちなみに、その護衛に就いていた傭兵というのは本店の?」
「そうです。だから参りましたよ。新しく手配してもらおうにも信頼できないんですから。冒険者を雇ったのは苦肉の策です」
「それはまた大変でしたな。しかし、果たして大丈夫なのですかね?」
「冒険者でも対人戦の豊富な者を雇いましたから信用できますよ。一方、信頼についてですが、アドヴェントの町で雇ったのですから大丈夫でしょう。これで駄目でしたら、もう諦めるしかありません」
「なるほど、そこまで覚悟されているのでしたら、何も言うことはありませんな」
ちらちらと見られながら話題にされるのは何とも居心地の悪いものであった。しかし、ユウはあくまでも無表情でこれをやり過ごす。
この後、別の話題や雑談を経た後、アイザックとジェイコブの面会は終わった。査察は明日から始めるということが決まる。
先にジェイコブが応接室から出て行くのを見送ってからユウたちも外に出た。




