愛妾の子の才覚
アドヴェントの町からレラの町へ、西端の街道を南東に向かって進むユウたち3人の旅は順調だった。しかし、それは予定通りの日程であることを意味していない。商売人としての血が騒ぐのだろう、アイザックが方々に寄り道をしていたのだ。
例えば、とある宿駅で宿泊したときのことである。トリスタンが馬の世話を終えて戻ってくるとアイザックは早速宿駅の中へと入っていった。今回の警護はユウの担当だったので一緒についてゆく。
宿駅の中は閑散としたものだ。入口近くにカウンターがあり、大部屋ひとつの中に寝台が並べられているだけである。カウンターには大抵1人の村人が座っていて、頼めば毛布を貸してくれたり食べ物を売ってくれたりしていた。
そんな寂しい宿駅内だったが、アイザックはカウンターの奥に座る村人に愛想良く近づいて話しかける。
「こんにちは。レラの町へと向かっているフランシス商会のアイザックと申します」
「あ? ああ」
「今晩ここで1泊させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああいいぞ。そういう所だからな、ここは」
「ありがとうございます。つきましては、もし村の特産品などを売っていらっしゃるのでしたら見せていただけないでしょうか」
「興味あるか。ちょっとまってろ」
自分たちの村に興味を持ってもらえたことが嬉しかったのだろう、村人は笑顔でカウンターの裏に置いてある木箱を持ちだした。そこには村で採れた少数の野菜や果物、それに穀物などが入っている。
興味津々といった様子のアイザックはそれを手に取った。ひとつずつじっくりと見てから村人に顔を向ける。
「どれも素晴らしいですね。ひとつずついただけますか?」
「買ってくれるのか。あんた、いい人だな!」
文字通り破顔した村人はアイザックが求めたものをひとつずつ箱から取り出した。そして、いくつかの銅貨や鉄貨と交換する。
「いやぁ、いい買い物ができました。村に行くと他にもあるのですか?」
「同じ物ならもっとあるぞ。明日持ってこようか?」
「いえいえ、わざわざお手間をかけていただく必要はありません。それより、私の方が村へと参りましょう。荷馬車ごと行けば、荷物を持ち運ぶ手間を省けますからね。お互いに」
「あ、あー、そうだな。村長に聞かねぇとわかんねぇや」
「では明日、村に行ったときにまず村長さんのお宅へお伺いしましょう」
こうしてアイザックは村に入る約束を取り付けた。その流れるような会話に隣で聞いていたユウは呆然とする。
買った物を荷馬車に積むため一旦外に出たとき、ユウはアイザックに顔を向けた。とても機嫌が良さそうである。
「アイザックさん、寄り道しても良いんですか?」
「構わないですよ。期日が決まっているわけではないですから、多少村に寄っても問題ありません。それよりも、今後別のフランシス商会の商売人がやって来たときのため、ここで村人の信頼を勝ち取っておく方が重要です」
「なるほど、先を見越しているわけですか」
「はい。料理と同じように商売も下準備が重要ですからね。大きな商談をまとめたいのならば尚更です」
雇い主からの説明を聞いたユウは納得した。そのまま荷馬車に戻り、留守番をしていたトリスタンが明日の予定が変更になったことで驚きの顔を浮かべたのを目にする。
翌朝、ユウとトリスタンはアイザックと共に宿駅を運営している村に向かった。カウンターに座っていた村人の案内で細い村道を進む。
約束通り、アイザックは村長の屋敷へと向かった。他の村人の家よりも大きいがみすぼらしい点は変わらない。しかし、そんなことをおくびにも顔には出さずに村長と対面する。
「村長、この商売人はうちの野菜や果物を買ってくれるそうだ」
「あんた、今の話は本当か?」
「良いのがあれば買わせてもらいますよ。それと、もしよろしければ私が持ってきた品物も皆さんに見ていただければと思いまして」
「何がどれだけあるんだ?」
「ユウ、トリスタン、いくつか箱を荷台から下ろしてください」
指示された通り2人は荷台から木箱を3つ下ろした。蓋を開けてみると、鉄製の小道具、薬の入った瓶、乾物などが入っている。
覗き込むように村長と案内役の村人はそれらを見た。その耳元でアイザックが囁く。
「どうでしょう、他にもまだいくつもありますが、これを村の皆さんに紹介させていただけないでしょうか? もし許可をいただけましたら、いくつかご進呈いたしますが」
「そ、そうか? そこまで言われちゃ断れんな。おい、村の連中をここに集めてくるんだ。とりあえずみんなに珍しい物があることを教えてやるんだ」
アイザックから品物をいくつか受け取った村長は同じく物をもらった村人に声をかけた。何度もうなずいた村人がその場から立ち去る。
その間にユウとトリスタンは荷馬車の中にあった木箱を次々と地面に置いては蓋を開けていった。木箱の並べ方はアイザックの指示通りにする。
やがて村人が集まるとアイザックの口上が始まった。そうして品物を1種類ずつ説明していき、村人たちに見せてゆく。
こうしてしばらくの間、商売人と村人たちの交流が続いた。村人は乾物のような食べ物や薬のような実用品を主に求め、アイザックはそれらを村人の作った作物と交換してゆく。
物々交換が終わった村人から順次去って行った。満足そうな人もいれば首を横に振る人もいる。最後の1人が立ち去るまでアイザックは商いを続けた。
やがてすべてが終わるとアイザックは村長に礼を述べる。
「ありがとうございます。良い商いができました」
「いやいや。こっちこそ珍しいもんをもらえて良かったよ。ぜひまた来てくれ」
「私自身はどうかわかりませんが、フランシス商会の者が来たときはぜひごひいきにしてください」
「フランシス商会だな。わかった」
アイザックが村長と挨拶している間、ユウとトリスタンは木箱を片付けていた。そして、交換した作物が入った麻袋をその木箱の上に置いてゆく。
その後、3人は荷馬車に乗ってやって来た細い村道を戻っていった。
こういった寄り道を何度か繰り返していたアイザックだったが、人と関わること自体積極的である。たまにすれ違う荷馬車持ちの商売人や徒歩の行商人との情報交換にも余念がない。
あるときは同じ宿駅で泊まることになった他の商売人と話をする。同業者だけに警戒心は強いが、分野がまったく違ったときは逆に互いがよくしゃべった。聞くだけでも面白いもであるし、まったく関係のない事柄が突然繋がることもある。なので、どちらも相手の話を聞きたがった。
また別のときは野営した場合だ。どのみち獣の脅威から身を守る必要があり、1人よりも多人数で対処するほうが何かと心強い。そのため、多少距離がある程度なら近づいて一緒に野営するのだ。
このときもそうである。道半ば辺りで宿駅がない地域で野営したとき、遠くに同じく野営する荷馬車を見かけたので近づいてアイザックが話しかけた。すると、相手の商売人は喜んで共に野営することを受け入れてくれる。
「いやぁ、やっぱりこういうところで単独の野営というのは心細くてですねぇ」
「わかりますよ。獣の遠吠えなんて聞いていると不安で眠れませんから」
作った夕食を共に食べながら商売人同士で仲良く話をしていた。一方、護衛のユウとトリスタンは相手の護衛と今夜の打ち合わせなどを交える。同じ冒険者とあってこちらは色々な冒険譚を語り合った。
街道を使うのは何も商売人や行商人だけではない。旅人や村から出てきた村人などもたまに往来していることがある。アイザックはこういう人たちとも交流を欠かさない。
例えば旅人が1人で野営をしている場合、これを招き寄せることがある。他の街道だと荷馬車の集団と徒歩の集団は交わらないのであり得ないが、人通りの少ない西端の街道だと少し事情が違うのだ。
もちろん旅人がアイザックたちに返せるものなど普通はない。そこで、今まで旅先で見聞きしたことを根掘り葉掘り聞き出すのだ。すぐに役立つ話がなくても良い。こういう話はたくさん聞き、いずれ何かの役に立てば良いという程度の代物だ。商売に関する警戒心が低いこともあって本当に色々と語ってくれる。それをひたすら覚えてゆくのだ。
旅も終わりに近づくと、トリスタンが隣で馬を操るユウに話しかける。
「しかし、あのアイザックさん、本当によく人と話をするなぁ」
「そうだね。それでいて自分から大切なことはほとんどしゃべっていなさそうだから大したものだと思う」
荷台の端で座っているはずの雇い主を思い返しながらユウはその人柄を思い浮かべた。ある意味典型的な商売人ともいえる。
揺れる御者台に座りながらユウはそんなことを考えていた。




