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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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かつての街道を往く

 商売人アイザックの護衛を引き受けることになったユウとトリスタンは、アドヴェントの町を出発するまでの間に準備を整えた。とは言っても旅慣れた2人にとってその手間は大したものではない。


 今回は人の護衛の仕事なので一旦始まるとまとまった休みはほぼないと考えるべきだ。おまけにウェスポーの町まで行ってトレジャーの町に引き返すまでの間は街道を進むだけでも最短で40日以上かかる。アイザックの各支店での仕事を考えると、どんなに少なく見積もっても2ヵ月以上はアドヴェントの町に戻れない。


 そこで2人は残った時間を思い思いに過ごす。トリスタンは町の中の賭場と娼館ですっきりとし、ユウは自伝を少しでも書き進めた。更には周囲の知り合いにしばらく町を離れることを伝えておく。


「やっと帰って来たと思ったら、また出て行くの? あんたたち、忙しいわねぇ」


「仕事なんだから仕方ないでしょ」


「夜明けの森でずっと稼いでいたらいいのに」


 話を聞いたエラなどは呆れていたが、あまり突っ込んではこなかった。しかし、帰って来たらすぐに寄ってくることを約束させられる。落ち着きがないのは自覚があるので2人とも反論はしなかった。


 こうしてユウとトリスタンは出発当日の朝を迎える。日の出前に起きて準備を済ませると宿を出た。


 二の刻には開く町の門は既に出入りする人々が往来している。入る方は検問所で毎回止められるので動きは鈍いが、それでも町の中に入ろうという人の流れは途切れない。


 夜明け前に南門にたどり着いた2人は跳ね橋の近くに立った。ここなら出てくる人も荷馬車も見逃すことはない。足元に荷物を置いてのんびりと待つ。


「後はアイザックさんが出てくるのを待つだけだね」


「今度は西方辺境の南側か。ユウは行ったことがあるんだよな」


「うん。旅を始めて最初に向かった先だよ。懐かしいなぁ」


 初めての旅で緊張していたことをユウは思いだした。まだろくに何も知らなかったあのときは、何もない平原や丘陵を見ているだけでも珍しがったものだ。


 奇しくも今回の仕事ではその道をなぞることになる。何を感じるのか楽しみでもあった。


 周囲が次第に明るくなってきた頃、1台の荷馬車が南門から出てくる。御者台にはくすんだ金髪で意志の強そうな目をした青年が乗っていた。その青年は跳ね橋を過ぎると荷馬車を原っぱへと移す。


「ユウ、トリスタン、おはようございます。先に来てもらっていて助かりますよ」


「おはようございます。僕たち、後ろの荷台に乗ったら良いんですか?」


「そうしてください。途中で御者を交代してもらいますが、そのときは一旦荷馬車を停めますね」


「それにしても、まさか1人でやって来るとは思いませんでした。てっきり使用人か御者の1人くらいは同行すると思っていましたけれど」


「はは、父親が商会長でも愛妾の子の扱いなんてこんなものですよ。それに、商売人としてやっていきたいと私は思っていますから、むしろ都合がいいです。色々と勉強できますから」


 ユウの問いかけにアイザックが朗らかに答えた。何でもすべてが勉強らしい。冒険者にも通じるところがあるのでユウは少し嬉しくなった。


 荷馬車の後ろに回ったユウとトリスタンは荷物を荷台に載せてから自分たちも荷馬車に上がり込んだ。ユウが口頭で伝えると鞭で馬を叩く音がしてから荷馬車が動き始める。


 原っぱへと乗り上げていた荷馬車は再び西端の街道へと戻った。そのまま南側へと進んでゆく。すぐに貧者の道との分岐点を通り過ぎると冒険者ギルド城外支所の建物に差しかかった。薄暗い中、夜明けの森に向かう冒険者の群れに紛れては離れてゆく。


 荷台の後方から離れてゆくアドヴェントの町の光景を見ながら、ユウは初めて町を離れるときの景色と重ね合わせていた。しかし、あのときと正に同じ風景を見ているにもかかわらず、あのときのような感傷がわき上がってこない。


「また旅が始まったな、ユウ」


「トレジャー辺境伯領の西半分をぐるっと回るだけだけどね」


「普通はそれでも立派な旅なんだよな。今回も2ヵ月以上は巡るわけだし」


「短いと思うのは、大陸を1周したからなんだろうね」


「間違いなくそうだな。大陸1周と比べるとどんな旅でも散歩みたいに思えるが」


「ああなるほど」


 やけに落ち着いて町を離れられると思っていたユウはトリスタンの言葉に納得した。前と違って大きなことを成し遂げた後の今は、旅立つこと自体がそれほどのことに思えなくなっていたのだ。それだけの経験をしたのだからと今なら思える。


 遠ざかる町を見ながらユウはそんな自分の心境について考えていた。




 西端の街道は獣の森の南から西に沿って続く街道だ。レラの町を起点とし、アドヴェントの町を終点としている。現在の人類の生存圏では最も西にある街道だが、実のところ境界の街道も似たものだ。しかし、それでも西端の街道が最も西寄りだとされているのは交通量に寄るところが大きい。何しろ盗賊も住みつかない程度しか往来しないのだ。その代わり、獣の森に接する所では獣が出没することがある。


 こんな僻地の街道だが、それでもいくつもの開拓村が連なっていた。開墾する人々はわずかずつ増えており、人類の生存圏を押し広げている。レラの町もアドヴェントの町もトレジャー辺境伯領内なのでこの街道沿い一帯はすべてトレジャー辺境伯領だ。そのため、当然トレジャー辺境伯が管理している。特に開拓村がある場合は必ず宿駅が設置されていた。この一帯は北側が獣の森で南側が泡立つ丘陵と自然しかない。おまけに立ち寄れる町や村もないので宿駅がないと通ることも厳しいのだ。


 多い地域では半日にひとつ、少ない地域でも1日にひとつある宿駅をアイザックの荷馬車が通り過ぎてゆく。荷馬車の集団を形成せず単独で進むため、好きな速度で移動できるのはやりやすい。


 今はユウが荷馬車を操っていた。御者台の隣には指導教員としてトリスタンが座っている。一応ユウも操れるのだが、まだ不安なところがあるからだった。直線が多く、交通量の少ない西端の街道を移動する間に慣れてしまおうとトリスタンが提案したのだ。


 若干緊張しているユウは隣のトリスタンから指示を受ける。


「それじゃ、今より馬を少し速く歩かせてみようか」


「わかった」


 指示通りに馬へと鞭を入れたユウは荷馬車の移動速度が上がったことに気付いた。同時に振動も強くなる。充分に整備されているわけではない西端の街道ならば当然である。


「この速さだとお尻が痛いね。荷馬車も少し不安になるよ」


「そうだな。それじゃ馬の足を緩めようか」


 次の指示を受けたユウが手綱を緩く引っぱった。すると、馬の足が遅くなる。荷馬車の振動も弱くなった。これを繰り返す。


 1日の終わりが近づくと眠る場所を確保しなければならない。西端の街道ならば町に近い場所だと宿駅があるので宿泊することができる。


 この日は都合良く宿駅があったのでそこへ身を寄せた。宿駅の隣にある停車場に荷馬車を停めると馬を離して(うまや)に移す。ここから先は大抵トリスタンの仕事だ。馬の扱いに最も長けているからである。ただし、練習のためユウもたまに手伝うことがあった。


 一方、アイザックはトリスタンが馬の世話を終えるまで荷馬車で待機だ。西端の街道の交通量が少ないからといって危険がなくなるわけではない。最低1人は常にアイザックに付いている必要があった。ちなみに、ユウが馬の世話を手伝うときは一緒についてきてもらっている。


 一方、近くに宿駅がないときは原っぱで野営をした。街道を挟んで森と丘が続く周囲に人影がないことなど珍しくもない。


 原っぱに荷馬車を移すと適当な場所で停まった。そうしてすぐにユウとトリスタンが篝火(かがりび)の用意をする。獣の接近を牽制するためだ。荷馬車を挟むようにして2台設置した。


 その作業が終わると次は食事の作成だ。単調で危険な旅で数少ない楽しみのひとつである。荷馬車から降ろした薪を組み上げて火を(おこ)すと、鍋に入れた具材と薄いエールを沸かす。後は塩などを少し入れて完成だ。それを3人で楽しむ。


 西端の街道はかなり単調な道なので旅慣れていればつまらない街道だ。しかし、今回のユウとトリスタンにとってはやるべきことが色々とあって休まるときがなかった。ユウは荷馬車の練習があり、トリスタンも慣れない人の護衛の経験をここで積む。なので、結構緊張を強いられた旅だった。


 逆にアイザックにとってはなかなか楽しい旅だったらしい。話によると、いつもは正妻の妨害などで常に緊張を強いられてばかりだったのでこのような経験は珍しいとのことだった。愛妾の子の苦労を2人は垣間見る。


 このような感じで3人はレラの町を目指した。

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