荷馬車ではなく商売人の護衛(後)
夜明けの森以外の仕事を求めたユウとトリスタンだったが、だからといって厄介な仕事がしたいわけではなかった。あくまでも気分転換のための仕事を求めたのだ。今レセップから提示された仕事は内容を聞く限り2人の要求するものよりずっと重い。
どちらも黙って考え込んでいると、レセップに声をかけられる。
「厄ネタなんて自分から首を突っ込む必要は本来ないんだが、お前らの場合はやっといた方がいいかもしれんぞ」
「どうしてですか?」
「自分では避けようとしても、厄ネタの方から突っ込まれることがあるからだよ。そんで、そいうときの逃げられねぇ厄ネタってのは本当にクソなんだ。そのときになって経験不足で死んじまうことがねぇように、今から慣れておくっていうのは悪くねぇわな」
「なんか実感がこもっていますね」
「うるせぇ、しばくぞ。ともかくだ。俺の勘じゃこれは厄ネタだが、どうにもならねぇって程じゃねぇくらいのもんなんだ。今のお前らなら、慣れるのにちょうどいいと思うぞ」
「勘が働くってことは結構」
「うるせぇ、しばくぞ。よし、紹介状は俺が書いてやる。今すぐ行ってこい」
まだ返事をしていない2人をそのままにレセップが紹介状を書き始めた。それを見ながらトリスタンがユウに小声で話しかける。
「大丈夫なのか?」
「僕が初めて旅に出るとき、そのために荷馬車の護衛の仕事を用意してくれた1人なんだ。だから大丈夫なんだと思う、たぶん」
「たぶんかぁ。なんか危なそうだとは思うんだが、俺にはそれ以上のことはわからないからなぁ」
「書けたぞ。これを持って町の中にあるフランシス商会アドヴェント支店に行け。商館から数えて東に5軒目の建物だ」
「町の中なんですか」
「そうだ。今のお前らなら銀貨くらい持ってるだろ。面会に行けば不採用でも銀貨1枚はもらえるんだから気にするな」
「はい、わかりました」
「それとだ、さっき対人戦の回答を聞いていて思ったんだが、お前らどうせ望んでなくても厄ネタが向こうから突っ込んでくるだろ。だから、このくらいはこなせるようになっておけ。何事も経験だ。やっときゃ絶対役に立つ」
「レセップさんの経験談ですか?」
「うるせぇ、しばくぞ。さっさといけ!」
いい加減青筋を立ててきたレセップの顔を見たユウは紹介状を片手に回れ右をした。それからトリスタンと共に冒険者ギルド城外支所の建物から急いで出る。
目の前の西端の街道から北側に体を向けた2人は先に見える城壁と跳ね橋、それに門と検問所を見た。町の中の依頼は一応引き受けたことがあるものの、まだ片手で数えられるくらいしかない。どちらも町の中に住んだことはあるが何となく緊張した。
とは言っても同じ場所でずっと立っているわけにはいかない。意を決して前に進む。
検問所で銀貨1枚を支払った2人は町の中に入った。アドヴェントの町に帰郷したときからあまり経っていないので中の様子にも違いはない。
南門から大通りを北に進んで中央広場に出ると東側へと折れ曲がる。そのまま商館を通り過ぎて教えられた建物の前までやって来た。フランシス商会アドヴェント支店だ。看板もなければ建物も周りと似ているので一見するとどこの商会かわからないが。
じっとしていても始まらないので2人は建物の中に入った。何人かの商売人や使用人らしき者たちが立ち話をしたり作業をしたりしている。
入ってきた2人に気付いた使用人が近づいて来た。顔をしかめて手を小さく払う。
「ここは商会の建物なんだ。酒場でも娼館でもない。さっさと出て行け」
「冒険者ギルドで依頼を引き受けてきたユウとトリスタンです。アイザックさんにお取り次ぎください。紹介状ならここにあります」
「アイザックさん? ああ」
怪訝そうな表情を浮かべた使用人は次いで面倒そうな顔をしてうなずいた。そして紹介状を受け取ると奥へと姿を消す。しばらくすると戻って来て2人を応接室に案内した。
座って待っていることしばし、応接室の扉が開く。それと同時に2人は立ち上がった。
部屋に入ってきたのは、くすんだ金髪で意志の強そうな目な青年だ。その青年が2人の対面に立つ。
「私が依頼人のアイザックです。冒険者ギルドから来たユウとトリスタンですね」
「初めまして」
「見たところなかなかお若そうですね」
「アイザックさんと同じくらいだと思いますよ」
「ははは! 確かにその通りです。いや失礼、どうぞお座りください」
機嫌の良さげなアイザックの勧めに従ってユウとトリスタンは椅子にすわった。時間が惜しいと早速依頼の内容についての確認と条件詰めが始まる。
それによると、依頼内容はアイザックの身辺護衛で、アドヴェントの町から西端の街道経由でレラの町、そしてウェスポーの町まで足を伸ばしてトレジャーの町に戻るというものだ。報酬は1人金貨8枚である。移動は基本的に荷馬車だが、あくまでも護衛の対象はアイザック当人ということだった。
ある程度話を詰めた後、ユウがアイザックに尋ねる。
「トレジャーの町からここにくるまでに雇っていた傭兵と一悶着あったらしいですが、何があったんですか?」
「今からお話しすることはフランシス商会では公然の秘密みたいなものなんですが、必要なことですのでそこから現在までのお話を説明しますね。実は私、現商会長フランシスの愛妾の子なんですよ」
何の話が始まるのかと聞いていたユウとトリスタンは突然の打ち明け話に驚いた。
それによると、裕福な商人ともなると愛妾を抱えることは珍しくないらしい。商会長のフランシスも例外ではなかったそうで、ゲイルという正妻にハミルトンという子がいたにもかかわらず外に女を作っていたそうだ。もっとも、ゲイルが子を1人しか産まなかったのであと何人か子がほしかったフランシスが外に女を作ったという話もあるそうだが、それは本題ではない。
ともかく、そんな愛妾の1人の子としてアイザックは生まれた。そして、長じて父と同じ商売人を志し、幸い才覚があったようで多数の実績を積み上げる。ところが、これが正妻ゲイルの不安を煽ったらしい。我が子ハミルトンを差し置いて将来商会長に選ばれるのではと考えたようだ。以来、有形無形の嫌がらせが始まる。
そんなある日、商会長フランシスが病で倒れた。そこで正妻ゲイルが一時的に商会の全権を握ったのだが、ここからゲイルの妨害が一層激しくなる。やれることが増えたのだからある意味当然といえた。
そうして先日、その正妻ゲイルからアイザックはトレジャー辺境伯領内にあるいくつかの支店を巡るように命じられた。商会お抱えの傭兵を護衛として付けられて。ところが、アイザックはアドヴェントの町へ向かう途中、その傭兵に襲われた。元々怪しいと睨んでいたので信用していなかったことが幸いし、荷馬車と使用人を失いながらも何とか生き延びる。
「ということで、私は命からがらアドヴェントの町にやって来て今に至るわけです」
「それは何と言うか、大変でしたね」
「そうですね。私が何と思っていようとも陥れようとしてくるのだから厄介です。しかし、ここで根を上げるわけにもいきません。私としては今後も与えられた仕事をこなすために対策を練る必要があるわけです」
「それが、僕たちのような冒険者を雇うということなんですか?」
「はい。支店巡りを最後までやりきって実績を作り、本店に凱旋するためにはまず生き延びないといけませんから。本店では身辺や荷馬車の護衛といえば傭兵なので、意表を突いて冒険者に依頼しました」
「冒険者はまだ信用できるわけですか」
「そうです。ゲイル様の息がかかった者でないというだけでも安心できますよ」
笑顔を浮かべるアイザックにユウはトリスタン共々引きつった顔を見せた。冒険者とは違った危険があることを改めて知る。
「この次はレラの町に行く予定ですが、西端の街道を使います。境界の街道よりも多少遠回りになりますが、ゲイル様の影響が強いトレジャーの町はできるだけ避けたいですからね。それと、失った荷馬車ですが、こちらの支店で用意してもらいます」
「なるほど。荷馬車の護衛ではないということは、町の中に入った後も護衛が続くわけですね」
「その通りです。対人戦に慣れている方を希望したのですが、紹介状によると問題なさそうですね」
何が書かれているのだろうとユウは気になったが、そこは我慢して黙った。大方受付カウンターで話をしたことが書かれているのだろうと推測する。
そんなことを考えながら2人は残りの条件を詰めた。集合は4日後、夜明け前に南門を出た所で荷馬車を率いるアイザックと合流することになる。
こうして、ユウとトリスタンはアイザックの護衛をすることになった。




