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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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荷馬車ではなく商売人の護衛(前)

 閉塞した現状を打破するため、翌朝ユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所に足を運んだ。室内は朝から混雑しており、どの受付係の前も列ができている。


 そんな中、まるでそこだけ異空間のように静かな場所があった。レセップの前の受付カウンターだ。たまに事情を知らない者が寄ってくるが素っ気ない態度で追い払われている。中には突っかかる者もいるが鋭い目つきを向けられて例外なく離れていった。


 城外支所のいつもの風景を目にしたユウは気にすることなく腰を落ち着かせた直後のレセップの前に立つ。


「おはようございます、レセップさん」


「お前か。せっかく落ち着いたってぇのに。今日は何の用なんだ」


「夜明けの森以外での仕事を探しに来ました」


「あ? お前、調子良く森で稼いでんだろ? 買取担当者の連中の間で噂になってたぞ」


「そんなことになっていたんですか。どうりで他の担当者に見られていると思ったら」


「なんでわざわざ他の仕事なんてするんだ?」


 怪訝そうな表情を向けてくるレセップに対してユウは事情を説明した。魔物にやたらと襲われて夜明けの森の奥へと入れないこと、その理由が原因不明で糸口すら掴めないこと、気分転換で他の仕事をしようと考えていることなどだ。


 話を聞いたレセップは渋い顔をする。


「やたらと稼いでる理由はそれだったのか。日帰りで1日もかけてねぇって聞いてたから変だなとは思ってたんだが」


「日銭を稼ぐならこのままでも良いのかもしれないですけれど、このままだと僕たち夜明けの森ではろくに活動できないんですよね」


「確かにそうだな。対魔物戦の実績は図抜けてるのに、それを当て込んで森の奥に行く護衛に指名なんてのは危なくてできねぇ」


「ということで、森以外で何か仕事はありませんか?」


「う~ん、仕事自体はあるっちゃあるんだが、お前ら向けってことになるとなぁ」


 頬杖をついたレセップが反対側の手で受付カウンターを小刻みに叩いた。基本的に冒険者の仕事は町の外になるが、もちろん夜明けの森以外にもある。傭兵と分野が重なるものを除くと、隣町への小荷物の配達、重要設備の警備、街道の警邏任務、開拓村の警備、果ては人手不足の人足の仕事まで様々だ。


 やる気のない受付係はこの辺りをユウとトリスタンに挙げてみる。しかし、2人の反応は芳しくない。冒険者ギルドが抱えている仕事ではあるが、冒険者らしい仕事かと問われるとどれも微妙だからだ。懐に余裕のない者ならどれかに飛びつくだろうが、2人とも金銭には困っていないので腰を据えて仕事を探せる。なのでいずれも首を横に振った。


 そんな2人の姿を見たレセップは怒るでもなく呆れるでもなく、当然といった様子で小さくうなずく。


「だろうな。今のお前らにあの仕事は合わねぇ。参ったね、こりゃ」


「今すぐなくても構わないですよ。夜明けの森で日銭は稼げますし、何でしたら今は懐に余裕がありますからしばらく待ちますよ」


「旅立つ前はあんなにピーピー言ってたのに、帰って来たらすっかり金持ちになってまぁ。嬉しいのやら嘆かわしいのやら」


「評価が微妙ですね。褒められていないことはわかるんですが」


「何言ってんだ。べた褒めじゃねぇか。冒険者全員がお前らみたいだったら、俺たちの仕事もずっと楽なんだがなぁっと」


「あれ、どこに行くんですか?」


「裏だよ。新しい仕事がねぇか見てくる。だからいったん帰れ。昼過ぎに来い。四の刻の鐘が鳴ってから飯を食い始めて、のんびりとしてからだぞ」


「随分と指示が細かいですね」


「ユウ、特にお前はせっかちだからな。細々と言っとかないと俺がせっつかれてるみたいで嫌なんだよ。仕事くらいゆっくりとやらせろ」


 言うだけ言ったレセップは踵を返すと奥へと歩いて姿を消した。


 その様子を呆然と見送ったトリスタンがユウに顔を向ける。


「あれで職員が務まるんだから不思議だよなぁ」


「僕もそう思う。でも、なんかレセップさんの評価って悪くないんだよね。全然仕事をしないことで有名なのに」


「そこがまるでわからん。何者なんだ、あの人」


「冒険者ギルド城外支所の受付係?」


「聞いていることはそういうことじゃないんだよなぁ」


「でも、それ以外僕だって知らないんだもん。他の人に聞いても同じだし」


 若干拗ねるような感じでユウはトリスタンに返事をした。そういえば、もう出会って10年くらいになるがレセップについてほとんど何も知らないことに気付く。それを言うなら知っている職員のほとんどは誰もがそうなのだが、意識すると気になってきた。


 とはいっても、今のユウにレセップのことを詮索する方法などない。誰もいない受付カウンターの前に立っていても仕方がないので2人は城外支所の建物から出た。




 再訪のための細かい指示を受けていたユウはのんびりと昼時を過ごした。もう充分だろうという頃になってトリスタンと共に冒険者ギルド城外支所へと向かう。すると、いつもの場所にレセップが座っていた。


 求めた人の姿があることに安心したユウは相棒と一緒に受付カウンターの前に立つ。


「こんにちは、レセップさん。仕事はありましたか?」


「相変わらずせっかちだな。お前の相棒みたいにもっとのんびりと構えてろよ」


「俺はユウがしゃべってくれるから黙っているだけだけど」


「ちっ、わかってるよ。いちいち口にすんな」


 面白くなさそうにレセップが舌打ちをした。その姿に慣れているユウは苦笑いする。トリスタンは肩をすくめた。


 2人の様子に更に不機嫌な表情を見せたレセップだったが、小さく息を吐くとしゃべり出す。


「変わった仕事がひとつ見つかったから持ってきてやったぞ。商売人の護衛の仕事だ」


「人の護衛ですか? 傭兵の仕事ですよね、それ」


「普通ならな。依頼の受け付けを担当したヤツに聞いたところ、何でもこの町に来る前に傭兵と一悶着あって信用できんのだそうだ。そこで、こっちにお鉢が回ってきたらしい」


「なんかそれだけで厄介そうですよね」


「ああ、厄ネタだろうな、これ。それはともかく、ひとつ確認しておきたいことがある。お前ら2人とも対人戦の経験はあるか?」


「僕たちどちらもありますよ。荷馬車の護衛で盗賊と戦ったことがありますし」


「他には?」


 珍しく真面目な目つきを向けられたユウはトリスタンと顔を向け合った。それから相棒が引き継ぐ。


「海賊船で海賊と戦ったことや町のごろつきと戦ったこと、蛮族と戦ったこともあったよな。ユウ、他には何かあったか?」


「傭兵や騎士崩れと戦ったこともあったよね。ああそれと、同じ冒険者と戦ったこともあったっけ」


「あ、もうひとつあったぞ。獣人とも戦ったじゃないか」


「あれ亜人らしいけれど、対人戦に入れてもいいのかな? 人間の戦い方じゃなかったし」


「お前らどんだけ戦ってんだ。対象が豊富すぎるだろ。で、その中で人を護衛した仕事ってのはあるのか? 荷馬車じゃないぞ、人だ」


「人となると、うーん。ユウ、どうだった?」


「僕はそうだなぁ。探険隊の護衛っていうのはしたことがあるかな。後は、ああ、あれ、病人を隣町まで送り届けたやつ。あれも護衛って言えるかも」


「そんなこともあったな。俺はほとんど荷馬車を御していただけだったが」


「今思い出したんだけれど、南方辺境を旅していたときに徒歩の集団で1人の体の弱い旅人と一緒に旅をしたことがあるんだ。そのとき盗賊や追い剥ぎから守ったんだけれど、あれって護衛って言えるかな?」


「あーもーいい、わかった。一応あるな。だったら話を進めるぞ」


 話しているうちに色々と思い出してきた2人を見たレセップがため息をついた。同世代に比べて圧倒的に経験があるのは間違いない。


「この依頼は、フランシス商会の商売人アイザックからの護衛依頼だ。トレジャーの町の本店からこの町にやって来る途中で傭兵と一悶着あったってのはさっき言ったが、その後、ここから一旦ウェスポーの町まで行って、それからトレジャーの町に戻る。この道中の間ずっとアイザックっていう商売人を護衛する仕事だ」


「荷馬車の護衛じゃないとなると移動手段はなんだろう?」


「それは荷馬車らしい。ただ、極端な話、荷物はどうなってもいいそうだ。あくまで商売人の方を守るのが最優先だ」


 説明を聞いたユウとトリスタンはどちらも首を傾げた。自分の命を優先するのはおかしな話ではないが、最悪とはいえ荷物がどうなってもよいという注意事項があるのは珍しい。つまり、単純な商売で町を巡るわけではないということだ。


 かつて町の中の宗教の争いに加担したことがユウにはあった。あのときの面倒さが思い返される。あれほどではないのかもしれないが、一介の冒険者には厄ネタには違いない。


 どうしたものかとユウは悩んだ。

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