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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人
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面白くない日々

 故郷の町アドヴェントに帰って来たユウは懐かしい知人友人と再会し、トリスタンと共に久しぶりに夜明けの森へと入った。充分に経験を積んだ2人にとって森の浅い場所に出る個々の魔物は脅威ではない。事実、戦いそのものはいずれも苦にならなかった。


 ところが、次から次へと魔物に襲われた2人はろくに休むこともできずに疲弊する。気力体力には限りがあるのだ。無限に戦うことはできない。


 夜もほとんど眠れないくらい襲われることがわかった2人は森への入り方を変更した。浅い場所を巡り日帰りで戦うことにしたのだ。この切り替えはうまくいき、日銭を稼ぐという点で見れば他の冒険者が羨むくらいの成果を毎日挙げる。


 とりあえず生活に困らないことが判明した2人だったが、どうにも面白くなかった。というのも、冒険しているというよりも労働しているという感覚が強いのだ。大げさに言えば、まるで人足が日雇い作業をするようなものである。モーテリア大陸を1周して来た身としてはどうにも物足りなかった。


 今も戦いを終えた2人は魔物の部位を切り取っている。その手つきは慣れたものだ。先に終わったユウがトリスタンに声をかける。


「トリスタン、そっちはあとどのくらいで終わりそうかな?」


「もうすぐ終わるぞ。はぁ、またべとべとだよ。面倒だよなぁ」


「魔石に変わってくれる方が楽で良いよね」


「まったくだ。終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)はそうだったんだよな?」


「うん。稼ぐならあっちの方が良いかな」


「ちぇっ、俺の故郷の隣町が最適解だなんて今更知ってもな」


「ここからだと、どのくらいかかるんだろう」


「まぁ1年以上は確実にかかるだろうな。しかも命懸けで。よし、終わったぞ!」


 切り取った魔物の部位を麻袋に入れたトリスタンが立ち上がった。その相棒にユウが近づく。どちらも手に持つ麻袋はほとんどいっぱいだ。


 戦闘後の処理が終わった2人は再び歩き始めた。武器を手に周囲を警戒する。今の夜明けの森では本当にいつ魔物に襲われるかわからないので気が抜けない。


 2人が今向かっている先は森の外縁部だ。今日の成果としてはもう充分なので後は帰るだけである。この間にも何度か襲われるのはわかりきっているので、最初から余裕のあるうちに折り返していた。帰郷してから初回の魔物狩りで苦労した教訓から学んだのだ。


 しばらく歩いていると、2人の右手側から何かが近づいて来る音が聞こえてきた。顔を向けると豚鬼(オーク)が2体だ。こんな森の浅い場所にしては珍しいが、それでもやることは変わらない。


 ユウとトリスタンは自ら魔物との距離を縮めて迎え撃った。




 麻袋をいっぱいにしたユウとトリスタンは夜明けの森から出た。空はまだ青く変化する兆しはない。暦の上では残暑の季節だが、日差しはまだ真夏のように降り注いでいる。


 周囲に誰もいない中、2人は黙々と東へと向かって脚を動かした。向かう先はアドヴェントの町の南側にある解体場だ。ここで魔物の部位を換金するのである。


 解体場の西側全体が夜明けの森関連の買取カウンターだ。ほとんどがまだ空いているので2人は最寄りの買取担当者の前に立つ。そのまま持っている麻袋の口を開けると買取カウンターの上に中身を取り出し始めた。


 その間、手を動かしながらユウが買取担当者に声をかける。


「今日の分です。確認してください」


「お前ら、毎日たくさん狩ってくるな。しかも日帰りで。どこか大量に湧いて出てくる場所でも見つけたのか?」


「どこへ行っても出てきますよ。戦争前に比べたらだいぶ増えたと聞きますし、そのせいじゃないですか?」


「あー、そうなのか? いやでも、他の連中の数日分を1日で狩ってくるっていうのは」


「そうは言っても、出てくるのは仕方ないじゃないですか」


「まぁそうなんだけどな」


 苦笑いした買取担当者は軽く首を横に振ると確認作業に加わった。ここ数日でユウとトリスタンのことはちょっとした話題になっているのだ。たった2人で6人パーティ分の魔物を狩る冒険者としてである。しかも、その2人は古鉄槌(オールドハンマー)を名乗っているのだ。今や職員になった元メンバーに質問の矛先が向けられるのはもう少し先の話である。


 ともかく、魔物を数多く狩ってくれる冒険者はアドヴェントの町では歓迎された。何人かの買取担当者は他の冒険者の成果を横取りしているのではと邪推する者もいたが、こう毎日大量の成果を持ち帰られるとそんな推測も立ち消えとなる。ここまで派手にされたら多数の被害者が必ず騒ぎ立てるはずだからだ。そんな様子もないということは、自分たちで狩っているという証拠である。


 査定が終わると、買取担当者から2人に換金額が告げられた。いつも通りである。承知すると銀貨と銅貨が手渡された。それを2人で分ける。夜明けの森での稼ぎとしては良い方だ。しかし、巡った大陸の先々で稼いできた金額と比べると最高峰ではない。そのため、2人ともこんなものだと当然な顔をして受け取っていた。


 換金を終えた2人は解体場を後にする。貧者の道を東に進んで目指すは安酒場街だ。今日は安酒場『泥酔亭』へ行く日である。


 酒場にたどり着いた2人は中に入るとカウンター席に座った。まだ夕方前なので客入りは少ない。そのせいもあってエラがゆったりと近づいて来る。


「お帰り! いつものでいいわよね」


「良いよ。まずはエールから持ってきて」


「俺も」


 簡単に注文を済ませた2人は目の前のカウンターに向き直った。それから顔だけ互いに向け合う。


「今日も1日終わったね」


「そうだな。特に何と言うことはない1日だったな。悪いことじゃないんだが」


「自分たちで望んでそうしているんだったら良い1日なんだろうけれどね」


「相変わらず魔物がやたらと寄ってくる原因がわからないんだよなぁ」


「僕の方もさっぱりだよ。取っ掛かりさえないから単に魔物を狩っているだけになっちゃっているんだ」


「今のところ夜明けの森だけで起きている現象っぽいってことだよな。他にも同じ現象が起きるところがあるんだろうか」


「いろんな森や山に入って色々試してみる? それで共通点があったらそこから原因を推測して何かしらの対策ができればとは思うんだけれど」


「そのためにまた各地を巡るのか。原因がわからなかったときの徒労感がすごそうだな」


「はい、お待ちどおさま。また辛気くさい顔をしてるわね。例の悩み?」


 カウンターに料理と酒を置きながらエラが2人に声をかけた。その間も手を動かし続ける。慣れたものですぐにすべてがきれいに並べられた。


 話しかけられたユウがうなずく。


「そうだよ。稼げるのは良いことだけれど、行動が制限されるのは困るからね」


「確かにそれは困るわね。行きたい場所に行けないのはあたしも嫌よ」


「でも、原因が全然わからないんだ」


「大変よねぇ。他の誰かに相談はしたの?」


「知り合いの何人かには話したんだけれど、誰も心当たりがなくて首を横に振られたよ」


「そう。あたしも力になってあげられそうにないわ。でも、こうやってお店が空いてるときなら愚痴くらいは聞いてあげるわよ」


「ありがとう。そのうち頼むよ」


「本当に気が滅入るんだったら、気分転換でもしたら?」


「例えば?」


「いくら魔物狩りをしても埒が開かないんだったら、いっそ他の仕事をしてみたらどうかなって思ったのよ。冒険者って他にも仕事があるんでしょ?」


「ああ、うん。あるよ」


 尋ねられたユウは不意を突かれたような顔のままうなずいた。それで解決の糸口が見つかる可能性は低いだろうが、煮詰まった頭を一旦すっきりとさせる効果はあるかもしれないと思い至る。


「トリスタン、エラの言う通り、一旦別の仕事をしてみない?」


「悪くはないが、どんな仕事を考えているんだ?」


「まだ何も考えていないから具体的には何とも」


「でも、冒険者ギルドの依頼はできるだけ引き受けないようにするんじゃなかったのか?」


「確かにね。でも、このまま魔物狩りを続けても状況は何も変わらないと思うんだ」


「まぁな。その点には同意する」


「日銭は稼げているから食べられなくなることはないでしょ。だったら、ちょっとまったく別の仕事を探しても良いと思うんだ。気分転換したら、何か気付くかもしれないし」


「いい考えだな。それじゃやってみるか。別の仕事はいつから探す?」


「明日から探そう。もう何日も魔物狩りをしているから、この辺りで休みを取っても良いでしょ」


「決まりだ」


「2人とも明るくなったわね。良かったじゃないの」


 嬉しそうに声をかけてくるエラにユウもトリスタンも笑顔を見せた。タビサに呼ばれたエラが去ると目の前の料理に目を移す。いつもより旨そうだ。


 ようやく食欲を意識した2人はここ数日の中では積極的に食べ始めた。

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