何が原因かわからない
久しぶりに夜明けの森に入ったユウは頻繁に魔物から襲われたことに頭を抱えた。まさか丸1日入っただけで急いで引き上げることになるとは思わなかったのだ。
友人たち3人に相談したところ、話に聞いていた以上に魔物と遭遇していることがわかった。しかし、それが偶然なのかそれとも何かしら原因があるのかわからない。しかも、現状だとその原因が何か皆目見当も付かないのである。
何かおかしいと感じたユウとトリスタンはどうなっているのか検証することにした。まずは今の自分たちの状況を正しく知る必要がある。
再び夜明けの森に入るべく、ユウとトリスタンは二の刻の鐘が鳴る頃に目覚めた。日の出前の暗い時期に出発の準備を整える。
その用意が終わると宿屋『乙女の微睡み亭』を出た。薄暗い中、周囲の冒険者と同じように西側へと向かって歩く。今日は前回とは異なり、荷物の大半を宿に置いてきていた。必要最低限の道具だけしか持ってきていないので身が軽い。
悪臭のする解体場を越えてアドヴェントの町の城壁が途切れた辺りまでやって来ると空が明るくなった。今日も1日の始まる。
「トリスタン、今日は日帰りで夜明けの森の中に入るからね」
「わかっているよ。今朝打ち合わせた通り、森の浅い部分をぐるっと回るんだよな」
「うん。昨日のが偶然ならそんなに魔物とは遭わないはずなんだけれど」
「問題はまたやたらめったらと魔物に襲われたときだよな」
話をしながら原っぱを歩いていたユウとトリスタンは夜明けの森の前までやって来た。ここでどちらも瓶を取り出して虫除けの水薬を顔や手などに塗る。せめて羽虫くらいには悩まされないようにするためだ。
水薬の瓶を片付けた2人は武器を片手に森に入った。しばらくすると同じ方向に歩いていたはずの冒険者たちは周囲から見当たらなくなり、遠くで誰かが戦う音が耳に入るようになる。いよいよここからが本番だ。
周囲を警戒しながら歩くことしばし、右手側から何かが近づいて来る音をユウは耳に捉えた。体ごと向き直ると小鬼が3匹近づいて来ているのを目にする。
相棒へと視線を向けてうなずき合ったユウは2人同時に前に進んだ。魔物自体は大して強くないため、積極的に戦うためである。頻繁に遭遇することを前提にすると、少しでも早く戦いを終わらせる方が楽になることを学んだのだ。
襲いかかってくる小鬼3匹を最初の一撃で2匹倒すと、残った1匹はわずかに近かったトリスタンが仕留めた。ただ働きは嫌なので手早く魔物の部位を切り取ると麻袋に入れてその場を離れる。
その後は同じことの繰り返しだった。頻繁に襲いかかってくる魔物を見つけ次第進んで倒しに行く。犬鬼、巨大蟻、殺人蜂、敏捷鼠、巨大蛭、突撃鳥など、前回と大体同じ顔ぶれが次々に現われた。
遭遇回数の多さに合わせて行動しているせいか、以前よりもましに活動できていることに2人は安心する。気が休まるときがほとんどないのは大変だが、頻繁に襲ってくるとわかって迎え撃つなら精神的な負担は多くない。何より魔物が強くないのは助かった。
昼食を挟んだ昼からも状況は何も変わらない。魔物は相変わらず高頻度で襲ってくる。まるでユウたちがそこにいることがわかっているかのようだ。
麻袋がいっぱいになったところで2人は夜明けの森から引き上げた。今回は稼ぐのが目的ではないからだが、同時に頻繁な戦闘で疲れが溜まってきているということもある。
森から出た2人は青空の下原っぱを歩いた。周囲には誰もいない。そんな中、トリスタンがユウに話しかける。
「前と同じくらい襲われたな」
「そうだね。どうも偶然じゃないみたい。でも、どうしてこんなに襲われるのかな」
「そこが全然わからないんだよな。何か魔物を引き寄せる臭いでも俺たちに着いているのか? でも、他の場所だと全然平気だったよな」
「うん。どうして夜明けの森だけこんなに襲われるんだろう」
とりあえず自分たちだけが頻繁に魔物から襲われていそうなことは確認できた。今度はその原因を探る必要があるが、何をどうすれば良いのか2人とも皆目見当が付かない。
頭を悩ませながらも解体場の買取カウンターにたどり着いたユウとトリスタンは今日の成果を換金した。昨日の半分程度の換金額だったが、これは夜と翌朝の分がないからだ。森の浅い場所で挙げた成果としては大したものである。
この日の仕事はこれで終わり、安酒場『泥酔亭』で夕食を取った。夜明けの森に入り始めてから行っていないことを思い出したのだ。知り合いのいる店をおろそかにするわけにはいかない。
翌日、2人は再び同じ条件で夜明けの森へと入った。何か原因を掴めないかとか細い期待を抱いて森の中を歩き回る。
魔物はやはり頻繁に襲ってきた。その種類は浅い場所でよく見かけるものばかりだ。特別な魔物に襲われたということは今のところない。
ただ、別の冒険者パーティが等距離の場所にいるにもかかわらず、ほぼ確実にユウとトリスタンを狙ってくることが判明した。偶然その辺りにいる魔物が2人の元へ寄ってきていると考えていた2人だったが、3回とも優先して自分たちが狙われたとなると偶然とは考えづらくなる。
「もしかして、俺たちは魔物から狙い撃ちにされているのか?」
「あんまりそういうことは考えたくないけれど。でも、さすがに僕たちの居場所を常に把握されているわけじゃないよね?」
「はは、まさか。ないよな?」
「もしそうだったらもっと魔物が寄ってきているかな」
「俺もそう思う。単に近くにいた魔物が俺たちに反応しているだけだよ、きっと」
あまり考えたくない予想に身を震わせたユウとトリスタンはそのまま黙り込んだ。まだ森の中なので周囲を警戒する必要がある。これほど頻繁に襲われる身としてはとても油断できなかった。
この日も前日と大体同じくらいの時間に活動を切り上げる。それはつまり、同じだけ襲われたということだ。もし何らかの原因があるのならば、それを取り除かなければ夜明けの森の奥へはとても進めない。
解体場の買取カウンターで換金を済ませた2人は貧民街へと足を向けた。そのまま安酒場街に向かって歩く。冒険者としてはまだ仕事を終える時間ではないせいか、同業者の姿はほとんど見当たらない。
稼ぎの面では新しい月に入ってからというもの2人は大成功を収めていた。他の冒険者が成果を聞けば特に新人などは羨ましがるだろう。ただ、2人としては不明な原因による魔物の頻繁な襲撃は嬉しくない。魔物の討伐という仕事以外では致命傷になるからだ。
端から見ると仕事がうまくいっていないかのように見える2人は安酒場『泥酔亭』に入った。まだかき入れ時前なので客入りは少ない。
「あらいらっしゃい。どうしたの、暗い顔して」
「ちょっと困ったことになっていてね。どうしたものかと悩んでいるんだ」
エラに声をかけられたユウは疲れた笑みを浮かべながら返事をした。そのまま空いているカウンター席にトリスタン共々座る。それからいつものように料理と酒を注文した。
注文した品が来るまで2人揃って黙って待っていると、エラがサリーと共にやって来る。そうして頼んだ料理と酒をカウンターに並べた。
サリーはそのまま去って行ったが、エラはそのまま立ち止まってユウに声をかける。
「何か大きな失敗でもやらかしたの?」
「だったらまだましだよ。次は同じことを繰り返さないようにすれば良いだけだからね。今の僕たちは、原因不明の状態に陥っているんだ」
「何よそれ」
興味を持ったエラに対してユウは自分たちの現状を伝えた。解決策を求めたわけではないが何となく話したくなったのである。
「そうなんだ。大変そうね。でも、そんなに悪い状況なの?」
「どういうこと?」
「だって、夜明けの森の浅い場所なら毎日充分稼げるんでしょ? だったらそれを毎日繰り返せば生活できるってことじゃない。しかも、今のあんたたちだとそんなに危なくもないんだったら、新人の冒険者からしたら羨ましくて仕方ないと思うわよ」
「まぁ確かに。そういう風には考えたことはなかったかな」
「あたしからすると、確実に稼げる方法があるんだからそれでいいように思えるわ。まぁでも、そんな状態じゃ困るから悩んでるのよね」
「まぁね。一生魔物狩りをして生活したいわけじゃないし、他のことだってしたいから」
「難しいわねぇ」
途中からは同じように悩むそぶりを見せてくれたエラが最後にはうなった。しかし、これといった解決策は一向に出てこない。
当面はどうにもならないということを改めて理解したユウとトリスタンは諦めて食事を始める。料理の味はいつも通りであったが、普段とは違ってあまりおいしく感じられなかった。




