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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第28章 故郷での再会
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久しぶりにやって来た森

 新しい月に入った。ユウとトリスタンは二の刻の鐘が鳴ると共に目覚め、出発の準備を整える。今日から3日間夜明けの森に入るのだ。


 2人とも森に入るために必要な物を買い、森を知っている職員や冒険者からも話を聞いている。有効な手立てがない場合はともかく、対策できることはできるだけ済ませていた。


 用意を済ませると2人は荷物を背負って部屋を出る。契約期間は今日までだ。またこの宿に泊まるつもりだが今回は一旦部屋を引き払った。


 受付カウンターに行くとユウは鍵をアマンダに引き渡す。


「おはようございます。鍵を返しますね」


「あんたたちはいいお客だったよ。また利用してちょうだいね」


「はい。夜明けの森から戻ってきたら、また泊まりに来る予定です」


 笑顔で送り出されたユウとトリスタンは宿屋『乙女の微睡み亭』を出た。路地には西側へと向かう冒険者が多数いる。2人もその中に混じった。


 薄暗い中、トリスタンがユウに話しかける。


「同業者が割といるな。毎朝こんな感じなのか」


「そうだよ。前に僕が通っていたときよりも人の数は増えているけれど、基本は同じだね」


「話では色々と聞いた夜明けの森だが、実際はどんな感じなんだろうな」


「聞いた感じでは魔物が頻繁に出てくるようだけれど、この数の冒険者が稼げるんだとしたらそれだけ出てきてもおかしくないと思う」


「まぁな。町から森まではあんまりかからないとは聞いているが」


 しゃべりながら歩いていた2人は宿屋街を出た。西端の街道を挟んで正面に冒険者ギルド城外支所の建物が現われる。同時に解体場の悪臭が鼻を突いた。ユウはすっかり慣れた、というより思い出したので平気だが、トリスタンはわずかに顔をしかめる。


 夜明けの森に向かう冒険者の流れは城外支所の辺りで一旦まとまり、太くなった。解体場にさしかかると悪臭が一層強くなるが誰も気にしていない。


 そんな悪臭も解体場から遠ざかると徐々にその臭いが薄らいでゆく。アドヴェントの町の城壁が北側へと折れ曲がっている場所ではだいぶましになった。


 この辺りから再び冒険者はばらけ出す。北西側に向きを変える者、西側へと小走りする者、南西へと歩いてゆく者と放射状に散った。


 2人はまっすぐ西側へと進んだ。ユウを先頭に夜明けの森までの原っぱを進む。そうして森の手前までやって来ると立ち止まった。


 自分の荷物から中瓶を取り出したユウがトリスタンに振り向く。


「それじゃ、虫除けの水薬を顔と首、それに手に塗って」


「俺、これ嫌なんだよな。臭いから」


「下水よりもましでしょ。羽虫が寄ってこなくなるんだから良いじゃない」


「それはそうなんだが。うん、まぁ仕方ないな」


 思いきり仕方がないという様子でトリスタンも自分の荷物から瓶を取り出した。蓋を開けると嫌々その液体をしかめっ面をした顔に塗る。


 2人とも夜明けの森に入る準備を整えると再び歩き始めた。森の外縁部に足を踏み入れる。特に明確な境目があるわけではないが、それでも空気の質が変わったことにどちらも気付いた。明確に湿り気を帯びたそれが2人の体にまとわりつく。


 より一層暑苦しくなったことに2人は表情を硬くしながらも前に進んだ。すると、すぐにどこからか人が戦っている音が耳に入る。


「もう戦闘音が聞こえるんだ」


「ユウ、どうしたんだ?」


「森に入ったばかりなのに人が戦う音がもう聞こえてきたって言ったんだ。何年か前までは魔物の間引き期間でないとこの辺りでそんなものは聞こえなかったのに」


「魔物の間引きって、毎年5月にしてるっていうあれか? 大量の魔物が押し寄せてくる」


「そうだよ。今でこれだと、来年の春なんてどうなるんだろう」


 事前に話には聞いていたことだが、実際に耳にするとユウは不安を覚えた。


 しかし、先頭を歩くユウは早々に自分も魔物と遭遇することになる。前方の木々の間から巨大蟻(ジャイアントアント)が姿を現したのだ。目視できるだけで4匹、これ以上増えないのならば群れからはぐれたのか偵察しているのかのどちらかだろう。


「トリスタン、巨大蟻(ジャイアントアント)が4匹来たよ。仲間を呼ばれないうちに倒してしまおう」


「わかった!」


 武器を手にしたユウとトリスタンは自らも魔物に近寄った。先頭のユウが先に接敵する。


 虫特有の落ち着きのない動きで襲いかかって来た巨大蟻(ジャイアントアント)に対して、ユウは槌矛(メイス)をその頭に思い切り叩きつけた。全長1レテム程度の相手はその衝撃で頭の一部が陥没し、体液が溢れる。だが、それでも完全には殺し切れていないので続けて2撃3撃と叩いた。


 1匹倒したところで別の1匹が同じように牙を向けて噛みつこうとしてくると、ユウは横に避けて複眼の部分を槌矛(メイス)で叩く。すると、複眼が潰れて相手の巨大蟻(ジャイアントアント)はのたうち回った。この状態の魔物に近づくのは危険だが、殺さないといけないので頭部へと近づいて動かなくなるまで何度も叩く。


 自分の担当分を終えたユウが相棒へと目を向けると、そちらも戦いが終わっていた。体の力を抜いて声をかける。


「トリスタン、そっちも終わったなら討伐証明の部位を切り取っておいて」


「うへぇ、やっぱりやるんだな。触角だからまだましだが。ちなみに、こいつはいくらだ?」


「確か鉄貨5枚だったはず。一番安いんじゃなかったかな」


「割に合わないな」


「僕もそう思う。でも、避けられなかったんだから仕方ないよ」


 しゃべりながらもユウは魔物の一部を切り取ると麻袋へと入れた。久しぶりの感触に眉をひそめる。かつて入った魔窟では魔物を倒すと魔石に変わったが、あの仕組みは随分と素晴らしいものだったと改めて思った。


 戦闘の後処理を終えた2人は再び森の奥に向かって歩き始める。ここから先は思った以上に魔物と遭遇した。虫系はもちろん、小鬼(ゴブリン)系や犬鬼(コボルト)系以外にも、敏捷鼠(ラピッドラット)突撃鳥(チャージバード)尾長猿(ロングテールモンキー)などの動物系が頻繁に襲いかかってくるのだ。


 このため、小休止程度はともかく、長時間の休みはなかなか取れない。昼食も立って警戒しながら食べないといけない有様だ。


 もう何度目かわからない襲撃を撃退した後、トリスタンが辟易した顔で漏らす。


「こんなに襲撃されるなんて思わなかったな。これ、他の連中はどうしているんだろう」


「わからない。でもこの調子だと今晩は眠れないんじゃないのかな」


「ユウ、森で野営するにしても、ある程度引き返した方がいいんじゃないのか?」


「そうだね。これ以上奥へ行くのは危ないと思う」


 魔物の部位を切り取り終えた2人は立ち上がってため息をついた。1匹ずつの強さは大したものではないのだが、こうも頻繁に襲われるとさすがにきつい。中堅は稼げるという話は恐らく本当だろうが、こんな高頻度で戦う状態でのんきに稼げると喜ぶのはどうにもおかしいと思えた。


 そんな調子で戦い続けた2人は夕方を迎える。森の外に近い場所に野営する場所を求め、そこで夕食を食べ始めた。


 囓った干し肉を噛みながらユウがつぶやく。


「聞いている以上に魔物の数が多いような気がするね」


「俺もだ。今日1日で麻袋1つがいっぱいになったぞ。これ、あと2日も続けるのか?」


「そのつもりだったんだけれど、今晩どのくらい襲撃されるかで決めようと思う。もしかしたら明日で切り上げるかもしれない」


「だよな。それにしても、随分といろんな魔物が襲ってくるんだな、この森は」


「前は見かけなかった魔物がたくさんいて驚いたよ。突撃鳥(チャージバード)尾長猿(ロングテールモンキー)なんて前はいなかったし」


「数だけでなく、種類も前と違うのか。この森に何があったんだろうな?」


「さぁね。僕にはわからないよ」


 帰郷したばかりのユウに3年前の森の様子などわかるはずもなかった。魔物の間引き期間よりも厳しい気がして仕方がない。


 夕食を終えた2人は交代で夜の見張り番をこなして就寝を始める。最初はトリスタンから休み始めたが、しばらくすると魔物が襲いかかってきた。用意した焚き火の周囲で2人は迎え撃つ。昼間に対して数が少ないことが救いだった。


 ところが、襲撃頻度となると話は変わってくる。やはり昼間より回数は少ないのだが、襲われる度に起きるのでほとんど眠れないのだ。これはたまらない。夜が明ける頃にはすっかり寝不足で疲れ果てていた。


 朝食を終えて魔物の部位を切り取って回収するも、その間に再び襲撃される。いくら何でもこれは襲われすぎではと疑問を抱くようになった。


 ようやく部位の回収を終えたユウがトリスタンに顔を向ける。


「トリスタン、一旦町に戻ろう。今日はもうやっていける気がしないよ」


「賛成」


 どちらも2つ目の麻袋を既にいっぱいにしながらうなずき合った。荷物という点から見てもそろそろ限界である。


 夜明けの森に入ってくる他の冒険者の流れに逆らって、目の下に隈を作ったユウとトリスタンは町に向かって力なく歩いた。

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