冒険者仲間たちとの再会
丸1日自分の記録を書いていたユウは解放感にひたりながら貧者の道を歩いていた。故郷に戻って5日目、既にアドヴェントの町に対する感覚を取り戻しつつある。懐かしさが薄れて馴染み深くなっていた。
六の刻を過ぎてしばらくの今、空はそろそろ朱くなり始めた頃だ。仕事を終えた貧民や冒険者たちが道を往来している。その中の1人であるユウは酒場『昼間の飲兵衛亭』に向かっていた。ここ数日の夕食はずっとこの酒場である。
安酒場街に入ったユウは独特の臭いがする路地を東に向かって歩いた。仕事帰りの貧民や珍しげに周囲を見る旅人と何度もすれ違う。
酒場『昼間の飲兵衛亭』にたどり着くといつものように中へと入った。相変わらず客が多いが、路地を往来する人々よりも冒険者の割合がずっと多い。
テーブル席に座っている客に何となく目を向けるのはもはや習慣になっていた。今のところ知っている人物の姿を見かけたことは1度もないが、今日はどうかと見渡す。こういうとき、多人数でテーブルを囲っている者たちよりも少人数の方がその顔を認識しやすい。
空席のテーブルはともかく、ユウは少人数の客が座るテーブルへと意識を向けた。あまりじろじろと見るものではないので流すよう目に映してゆく。すると、とあるテーブル席で見知った顔があることに気付いた。思わず足を止める。
その席には2人の冒険者が座っていた。1人は日焼けした精悍な顔つきの青年で、もう1人は角張った顔の男だ。テリーとマイルズである。記憶にある姿と変わらない。
目を見開いて呆然としていたユウだったが、他の客に邪魔だと言われて我に返り、2人のテーブルに近づく。
「テリー、マイルズ、久しぶり」
「え? あ、ユウじゃないか!」
「うわ本当だ! お前いつ帰ってきたんだ!?」
相手にとっても完全に予想外のことらしく、2人とも口を開いて固まっていた。
そんなテリーとマイルズにユウは再び声をかける。
「最後に会ってから5年か6年ぶりだよね」
「もうそんなになるんだ。時が経つのは早いなぁ」
「本当にな。お前、背が伸びたんじゃないのか?」
「他の人にも言われたから、たぶんあれから伸びたと思う。でも、そこまで大きくなったかな? あんまり変わっていないように自分では思うんだけれども」
「テリー、どう思う? 俺は何となく伸びたと思っただけなんだけどな」
「頭半分くらいってところじゃないかな。それ以上はちょっとわからないよ」
「だったら伸びたのは確実なんだな。錯覚じゃなくて良かったよ!」
「ユウ、立ってないでそこに座って。もうすぐローマンも来るから」
「ローマンにも会えるんだ。今日は何かの会合?」
「気の知れた知り合いとの飲み会だよ」
テリーの勧めを聞いてユウは嬉しそうに座った。すぐに給仕女を呼んで料理と酒を注文すると、2人に向き直って口を開く。
「5日前にアドヴェントの町に戻ってきたんだけれど、冒険者の知り合いだけにはなかなか会えなかったんだ。それで、何日か前からこの酒場に毎晩来て誰かいないか探していたんだよ」
「そんなことしてたんだ。俺たちは夜明けの森に入っていたから会えなかったのも無理ないよ。今日帰ってきたばかりだからね」
「ユウはここに戻ってくるまでどこで何をしていたんだ?」
「結果的にだけれど、この大陸を1周したんだ」
自分の質問を聞いたテリーとマイルズが唖然とした顔をしたのを見て、ユウは具体的な説明に入ろうとした。ところが、そこに新たな人物が声をかけてくる。
「おー、遅れてすまん。お、誰か予定外のヤツがいるのか? って、ウソだろおい、ユウじゃねーか! お前帰ってきてたのかよ!」
「ローマン、久しぶり。今この2人と会ったばかりなんだ」
「マジかよ! こりゃすげぇ! 今日は最高の日だな、だっはっは!」
側頭部をそり上げるという独特の髪型をしたローマンが目を向いてユウに近づいた。それから怒濤のごとくしゃべり続ける。
しばらくはローマンが口を動かし続けていたが、給仕女がユウの料理と酒を持ってきたことで落ち着いた。その給仕女に自分も注文をして席に座る。
4人でテーブルを囲むと3人の視線はユウに集中した。何年も顔を見せていなかったのだから当然だろう。アドヴェントの町を離れていた間のことを知りたがっているのは先程のマイルズの質問でもよくわかっているので、ユウは町を出てからのことを話し始めた。
とは言っても、話せることは多い。初めての荷馬車の護衛、街道の旅、南方辺境の風景、広大な森での活動、遺跡の探索、稼げる魔窟、都市の下水施設、船での旅、大陸の東の果て、大量発生する魔物との戦い、魔塩の採掘、雪上の移動、繋がる地下都市の遺跡、獣人との接触、不思議な島と難破船、そして帰郷と話題はいくらでもある。
この中でも3人に受けそうなものをユウは選んで話した。さすがに古代人との邂逅や精霊と魔塩の関係については話せないが、他にいくらでも話せることがあるので困らない。
割と長い話を聞いたテリーは驚嘆したり爆笑したりと楽しそうだった。ユウの話が終わると真っ先にローマンが感想を口にする。
「お前すげーな! よくそんなに色々とやったもんだ。普通はこの半分もねーぞ」
「そうだよ。俺たちなんてずっと夜明けの森で魔物狩りしてただけだもんな」
次いでマイルズが首を横に振りながらしゃべった。テリーに至ってはそもそも大陸を1周するのが信じられないと半笑いしている。
とても好評に終わった自分の話に満足したユウはエールを口にした。今日は特別に旨い。しかし、すぐに前と比べていなくなった知り合いのことを思い出して3人に問いかける。
「みんな、あちこちで森蛇が町を出たって聞いたんだけれど、実際のところはどうなの?」
「4年前にトレジャーの町へ移ったのは確かだよ。あそこは捜索能力が高かったから、領都なら自分たちの能力が活かせるということでね」
「でも当時戦争中だったからねぇ。領都はもっと危ない気がしたんだけれど。恐らく更に別の町に移ったんじゃないかな」
「オレもそう思うぜ。あのとき北の方ならまだ安全だったらしいから、そっちに行ったんじゃねぇの? 今は何やってんだろうなぁ」
質問に対して、テリー、マイルズ、ローマンが順番に答えてくれた。さすがに町を出て行ったあとのことは知らないようである。残念ではあるが、ピーターたちのことはこれ以上調べられそうにない。
ユウからの質問が終わると、次はテリーからユウへと疑問が投げかけられる。
「そういえば、ユウは今何人で活動してるのかな?」
「2人だよ。途中で出会った冒険者と一緒に旅をしているんだ」
「その冒険者は今どこに?」
「たぶん貧民街のどこかにいると思う。休暇中は別行動だから今は一緒にいないんだ」
「ということは、近々夜明けの森に入るんだ。2人で大丈夫かな。今のあの森は前よりも結構きついよ?」
「冒険者ギルドでも他でもその話は聞いたよ。何年か前から魔物の数が増えたらしいね。そのおかげで中堅の冒険者は稼げるけれど、新人だけのパーティは苦労してるとか」
「知ってたのか。だったらいいかな。でも2人かぁ」
若干安心した様子のテリーが木製のジョッキに口を付けた。しかし、完全にというわけではないようでわずかに不安な表情を浮かべている。
「俺も2人っていうのはどうかと思うな。森の浅い場所でも魔物の数が増えてるし、奥に行くと中堅でも苦労するんだ。最低4人はほしいかな」
「最初から森の奥に入るつもりはないよ。まずは浅い場所でどの程度なのか確認する予定だから。その結果次第でその後は決めるつもりなんだ。何しろ、僕たちはまだアドヴェントの町に戻ってきたばかりで、他にどんな冒険者がいてパーティがあるのか知らないし」
「それもそうだ。まずは様子を見るってわけだな。ちょっと安心したかな」
一方、マイルズの方はユウの説明に納得した様子だ。そもそも他の冒険者ことを知らなければ誰と組めば良いのかわからないというのは当然である。
「で、そのもう1人ってのは何て名前なんだ?」
「トリスタンって言うんだ。剣が得意なんだよ」
「へー、そうなのか。1度会ってみたいぜ!」
「都合が付けば僕も早くみんなに会わせたいと思っているよ。仲良くできるんじゃないかな」
「そりゃ楽しみだぜ、だっはっは!」
ユウの相棒のことを気にしていたらしいローマンが近いうちに会えると知って機嫌良く木製のジョッキを傾けた。テーブルには既に空のジョッキがいくつも林立している。
その後も4人は積もる話に花を咲かせて杯を重ねた。ユウは最近のアドヴェントの町の事情を3人から聞かせてもらう。
期せずして数年ぶりにユウと再会したことを祝う宴会は夜遅くまで続いた。




