知り合いのいる武器工房
アドヴェントの町の外に出て1日が過ぎた。この日は貧民街各地の知人を巡って終わる。最後はその知人の家族が営む宿屋『乙女の微睡み亭』の2人部屋に宿泊した。
翌朝、日の出と共に目覚めたユウとトリスタンは外出の準備を整える。昨日とは違って今日は荷物を部屋に置いたままなので身軽だ。とりあえずということで月末までの数日間部屋を押さえたからだった。
寝台から立ち上がったトリスタンがユウに声をかける。
「よし、俺はもういいぞ。今日もユウの知り合いに会いに行くんだよな」
「そうだよ。ただ、本当にいるかどうかはわからないけれどね」
「それは仕方ないさ。相手あってのことだからな。ともかく、行ってみないと」
相棒の言葉にうなずいたユウも寝台から立ち上がった。鎧も身につけていない最低限の武装のみの姿だ。
部屋を出た2人は鍵をかけると受付カウンターに向かう。
「アマンダさん、鍵を返します。今日は夜まで戻って来ないつもりです」
「わかったわ。久しぶりの故郷を楽しんでいらっしゃいな」
女主人の挨拶を受けたユウはトリスタンと共に宿を出た。そのまま東側へと足を向ける。朝方とあって往来する冒険者の数が多い。
路地を歩くユウはトリスタンに話しかけられる。
「昨日言っていた工房街へ行くのか?」
「そうだよ。武器工房『炎と鉄』に行ってホレスさんと会うんだ」
「まだ三の刻にもなっていないが、早すぎないか?」
「昨日エラやアマンダさんと話をしていたときに、やっぱり仕事中は話しづらいと思ったんだ。仕事が終わった後になると夜だし、それだと会うなら朝かなって」
「休みの日に会うなんてできないもんな。ただ、三の刻前だと開店準備中で忙しいんじゃないのか? 工房だから色々と準備することがあると思うんだが」
すっぽりと抜け落ちていた観点を指摘されたユウは思わず足を止めた。ちょうど市場に入ったところなので人の流れを狂わせる。すぐにあきれ顔となった相棒に急かされた。慌てて再び足を動かす。
「うーん、とりあえず行ってみよう。忙しそうだったらまた後で行けば良いしね」
「そうだな。相手に時間の余裕があることを願うばかりだ」
「少しくらいはあるんじゃないかなぁ」
市場の中を歩きながらユウはつぶやいた。今回は客として会うわけではないので弱気だ。
そうやって2人で話しながら歩いていると市場の東端にたどり着いた。その先は貧民街ではなく工房街だ。元貧民街の立地なのでぼろい店が並んでいる。ジェナによると、戦争末期から戦後にかけて町の中に入れない職人たちが集まって形成されたらしい。
ともかく、目の前の工房からは金属を叩く音や木を削る音が聞こえ、煙突からは煙が立ち上っている。たまに異臭が鼻を突いた。心なしか目も沁みてくる。
なかなか厄介な場所ではあるが、市場と貧民街の間にあるせいか人通りは多い。そして、そんな人々は音も臭いもそれ以外も大して気にしていなかった。
2人は教えられた近辺の建物を注意深く眺めながら歩いてゆく。しかし、どれも似たような掘っ立て小屋ばかりなのでわかりにくい。とりあえず適当な1軒に入って武器工房『炎と鉄』の場所を教えてもらうとそちらへと向かった。
ようやく見つけたその建物は周りと同じような小屋である。建物の中が見えないので本当にここなのか若干自信がないユウだったが、違っていればまた尋ねれば良いと考えて扉を開ける。
「まだ開店前だ。三の刻の鐘が鳴ってから来てくれ」
「ホレスさん、お久しぶりです」
「お前さん、ユウか。なんてことだ、戻って来てたのか」
「一昨日この町に戻ってきたんです。隣にいるのは相棒のトリスタンです」
「初めまして。パーティメンバーのトリスタンだ」
「おお。ホレスだ。今はこの工房の手伝いをしてる」
簡素な棚に武器を並べていたホレスにユウは笑顔を向けた。驚いている元武具屋の店主にそのままトリスタンを紹介する。
そのとき、奥の鍛冶場から大きな体の男が近づいて来た。皺の多い顔をユウとホレスに何度か向ける。
「ホレス、お前の知り合いなのか?」
「ああ。前に武具屋をやっていたときに来ていた客で、冒険者のユウだ。もう1人は相棒のトリスタンと言うらしい」
「前に話してた駆け出しの冒険者か。いや、もう何年も経ってるから駆け出しじゃないな」
「あれから5年以上も経ってるからな。もう1人前だろうよ。そうだろう?」
「はい」
何を話されたのか気になるユウだったが、とりあえず声をかけられたので返事をした。冒険者になって既に7年以上になるので1人前なのは間違いない。
「ユウ、トリスタン。この人はこの武器工房『炎と鉄』の親方ディックだ」
「ファーウェストの町から避難してきたディックだ。一時期ホレスに助けてもらったことがあるんだ。それ以来の付き合いだな」
「そういうことだな。もっとも、最初は儂の店で手伝いをしてもらっていたんだが、今じゃ立場が逆になっちまってる」
「この工房を立ち上げるとき、ホレスの店から色々と融通してもらったからな。お互い様だ。それに、武器の扱いを知ってるから手伝ってもらってかなり助かってる」
「持ちつ持たれつってやつだな」
ホレスの言葉にディックが大きくうなずいた。
そんな2人にユウが話しかける。
「ホレスさんが店を止めたっていうのは、戦争や難民が関係しているんですか?」
「そうだな。元々商売はうまくなかったから、あれでとどめを刺されたみたいなもんだ」
「うまくいっていなかったんですか」
「儂の店の客は年配が多くて、駆け出しはあんまり来なかったんだよ。そこへ、あの戦争でお得意様が戦争に駆り出されたり別の町に移ったりして客足が途絶えちまったんだ」
「そうだったんですね」
「本当はもうちょい続けるつもりだったんだが、ああなるともういけねぇ。だから、首が絞まる前にさっさと店を畳んだってわけさ。しかし、何が幸いするかわかんねぇな。その戦争のせいでこの町に逃げてきたディックと出会えたんだからな」
「ホレスさんから見て、ディックさんの腕は確かだということですか」
「町の中に入れなかったのが不思議なくらいだ」
「はは、よしてくれ」
褒められたディックは居心地悪そうに落ち着きがなくなった。褒められるのは慣れていないらしい。
和やかな雰囲気の中、黙っていたトリスタンがディックに尋ねる。
「どうして町の中に入れなかったんだ?」
「言葉の綾だよ。ワシは生まれも育ちも貧民だからな。ファーウェストの町でも町の中に入ったことなんぞない」
「なんだそうなのか。でも、戦争は勝って終わったんだろう? 元の町に戻らないのか?」
「ファーウェストの町とその周辺は何度も戦禍に曝されていてな、その度に貧民街はひどい仕打ちを受けたんだ。さすがにあれを体験すると、隣にそんなことをやった連中の町があるのは不安になるもんだ。またいつ攻めてくるかわからんからな」
「それでここに腰を落ち着ける気になったのか」
「そういうことだ。ここならかなりの奥地だから、そう簡単には攻めてこれないだろうと思ったんだ」
話を聞いていたユウはかつて戦争を避けるために故郷を出たことを思い出した。やはり戦争を避けようとしたのは正しかったのだと改めて感じる。
トリスタンとディックの話を聞いていたのはホレスも同じだったが、それに区切りが付くとユウの腰へと目を向けた。そうしてそのまま口を開く。
「ユウ、武器の手入れはきちんとやっているか?」
「やっていますよ。槌矛は多少汚れても平気ですけれど、やっぱりきれいな方が良いですしね」
「ナイフとダガーを貸してみろ。どんなものか見てやる」
手を差し出されたユウは腰にぶら下げていた刃物2つをホレスに手渡した。じっくりと検分するホレスを少し緊張しながら眺める。
「ふむ、きちんと手入れをしてるようだな。結構なことだ」
「ワシにも見せてくれ。ほう、なるほど。なかなかじゃないか。これだけできれば充分だな」
「ありがとうございます。トリスタンも見てもらったらどうかな?」
「え、俺?」
「せっかくだ、貸してみてくれ」
多少動揺しつつも求められたトリスタンは自分のナイフとダガーをホレスに渡した。これもディックの手に渡って検分される。
「どっちもちゃんと手入れをしてるようだな。これなら安心だ」
「そうだな。手入れをしてほしかったら持ってくるといい。ワシかホレスがしてやる」
「ありがとうございます。何かあったら頼みますね」
4人がすっかり話し込んでいると、町の中から三の刻を告げる鐘の音が聞こえてきた。それで全員が我に返る。
ホレスの居場所がわかったユウは一旦工房を辞した。そのまま相棒と共に路地を歩く。
夏の日差しを受けながら、2人は次の目的地へと向かった。




