久しぶりのスープ屋
懐かしい職員と再会したユウはトリスタンと共に色々と話をした。しかし、業務中であるレセップがそんな雑談をいつまでもしているわけにはいかない。ある程度すると仕事の邪魔だと追い払われた。
怠けている姿が通常の受付係の理不尽な言葉にユウとトリスタンは苦笑いする。ただ、その言い分だけは一応正しいので2人とも冒険者ギルド城外支所を後にした。
建物の外に出ると強烈な日差しに出迎えられ、2人はどちらも少し渋い顔になる。緩やかな風がわずかに涼を運んできてくれるがまったく足りない。
「ユウ、次はどこに行くんだ?」
「市場に行こうか。それで色々と紹介して回ろうと思う」
「市場か。何か変わったものはあるのか?」
「突飛なものはさすがにないよ。この町の特産品は毛皮に薬草に木材だけれど、変わった種類のものは見かけたことがないしね。ただ、前に僕が世話になったお店は紹介できるよ」
「それはいいな。ぜひ頼みたい」
多少困った表情のユウが期待の眼差しを向けてきたトリスタンに首を横に振った。そこまで珍しいものが手に入るのであれば昔からもっと栄えていただろう。
西端の街道から枝分かれしている貧者の道を東側に歩き始めたユウはトリスタンとしゃべりながら市場へと向かった。宿屋街の東隣なのでそこまで遠くはない。
「あの辺りだよ。荷車を利用した出店や露天商がたくさんあるでしょ」
「おーあったあった。他の町とそんなに変わらなさそうだなぁ」
「そうだね。武具や道具で出回ってるのは良くて中古品、ひどいと廃品を再利用した物と怪しい物品も多いよ」
「そこも一緒かぁ。違っていてほしかったな」
残念そうな声でトリスタンがいくらか肩を落とした。悪かろう、ぼったくろうの精神はどこでも変わらないことを思い知る。
2人は話しながら歩いて市場の西の端にたどり着いた。店主と客の声で非常に騒々しい。他の貧民に混じってその中へと入ってゆく。
露天商が多数並ぶ路地を2人は客の流れに沿って進んだ。全周囲から客引きの声と交渉の声が聞こえてくる。
「露店で何か買うのか?」
「市場に知り合いの店がいくつかあるんだ。そこに行くつもりなんだよ」
「行きつけの露天商があったのか」
「ずっと前に仲間から教えてもらったんだ。レセップさんと同じく挨拶したくてね」
嬉しそうに話しながらユウは露天商の区域を南へと歩いた。記憶にある場所はそう遠くない。周囲の露天商の主を見ながらひとつずつ確認してゆく。
やがて市場の南端にたどり着いたユウは目の前に広がる原っぱを見て首を傾げた。覚えている場所は通り過ぎてしまったようだが目的の露店も人物も見当たらない。通路をひとつずらして今度は北へと向かって歩く。貧者の道まで突き抜けたがやはり同じだ。
再び通路をひとつずらして南へと向かい、原っぱまで到達したところでユウはトリスタンから声をかけられる。
「ユウ、どうした?」
「知り合いの店が見つからないんだ。おかしいな、前はあの辺りにあったのに」
「もしかして、今日はやっていないんじゃないのか?」
「ああなるほど。そうかもしれない。それじゃ、別の店を紹介するよ。今度は店を構えている所だからないってことはないよ」
「そりゃ楽しみだ」
かつて薬を売ってくれた薬師の姿を見つけられなかったユウは気を取り直した。市場の東側に足へと向ける。しばらく歩くと小さくぼろい木造の店がひしめき合うように並ぶのが目に入った。こちらも人通りには多く、周囲は往来する人々でごった返している。
かつての記憶を頼りにユウは知人の店を探した。とても世話になった武具屋と道具屋だ。是非とも会いたいと気が少し急く。
目的の場所は見つかった。かなり傷んだ木造の家屋で一見すると普通の民家風だ。中に入ろうとしたユウは扉に手をかけるが開かない。よく見ると扉の取っ手近くに錠がかけられていた。
不安に思ったユウは隣の店舗に入って店主に声をかける。
「東隣の道具屋は今日開いていないんですか?」
「ジェナのところかい? あそこは何年か前に店じまいしたよ。あの婆さん、もう歳だったからねぇ」
返答を聞いたユウは呆然とした。確かに結構な歳だったと覚えている。閉店した理由としては納得できた。
肩を落としたユウは次いで武具屋を探す。こちらも店舗はすぐに見つかった。年季の入った木造の建物だ。扉は開いたので中に入ると雑貨店になっていたので驚く。店主に尋ねると2年前からここで商売を始めたらしい。前の店のことは知らないとのことだった。
まさかの事態にユウは愕然とする。今までまた何となく会えると思っていただけに、店自体がなくなっているとは考えもしなかった。
すっかり気落ちしたユウはトリスタンに声をかけられる。
「ユウ、落ち込むなとは言わないが、店主が年寄りだったら仕方ないんじゃないのか?」
「それはわかっているんだけれどね。知っている人と誰とも会えないとなるとさすがに」
力なく笑うユウはトリスタンに気落ちした心情を話した。今のところ5人の元を訪ねてレセップとしか会えていない。会えなくても仕方のない人も中にはいるが、さすがに大半と会えないというのは心に響く。
ただ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。自分1人ならばともかく、今は相棒が隣にいるのだ。それにまだ全員の元を訪れたわけではない。本当にがっかりするのはまだ早かった。
市場での知り合いとなるとユウの心当たりはあと1人だけである。市場の東側と西側の境目へと向かった。
目的の場所へと近づくと人だかりができているのを2人は目にする。店頭に大きな鍋を出し、店主が脇の机に置いてある木の皿に中身を入れて客に出していた。赤っぽい茶髪に青色の瞳のいつもお腹を空かせていた店主は今や青年になっている。
客足が途切れるのを待ってからユウはその青年に声をかけた。すると、青年は驚いた表情を向けてくる。
「チャド、久しぶり」
「ユウじゃないか。帰ってきたんだ」
「昨日ね。ちゃんと店を続けていてくれて嬉しいよ。ホレスさんもジェナさんももう店をやっていなかったから」
「ああ、あの2人は3年前にやめちゃったんだ。この前の戦争でトレジャー辺境伯領が混乱してこの町に難民が多数押し寄せたのと、内戦中の物の値段の変化についていけなかったから」
「そんなに変わったんだ」
「武器や道具は結構変わったよ」
「このスープの値段も?」
「倍になった。鉄貨10枚」
「はは、確かにそれはすごいや。1杯もらうよ。ああ、こっちはトリスタンといって僕の相棒なんだ。トリスタン、この店主はチャド。貧民だった頃に一緒に生活していた仲間なんだよ」
「よろしく。俺も1杯もらうぜ」
「ありがとう」
金を払ったユウとトリスタンはチャドからスープの入った木の皿を受け取った。木の匙でかき混ぜるとスープと粥の中間のような感触で、スープというにはどろりとしており、粥というにはあっさりとしているように見える。掬って口に入れると、中途半端ではないが絶妙というわけでもないという本当の意味での微妙な舌触りだ。逆に意図してこの感触にするのは難しいのではと思える。
そんな人によっては不思議な食べ物扱いを2人は鍋の脇に移って食べた。ユウなどは懐かしそうに木の匙を動かす。
「何て言うか、絶妙に微妙な味だな。何が入っているんだ?」
「秘密らしいよ。僕なんかはおいしいと思うけれどね」
食べることに専念した後、2人は木の皿と木の匙を鍋の近くに置いてある籠に入れた。そして、再び客足が途切れるとチャドに近づく。
「チャド、スコットさんは元気にしているの?」
「スコットさんは去年の冬に死んじゃったんだ。風邪をこじらせてね」
「そうなんだ。ごめん」
「いいよ。それより、ユウは今まで何をしていたのか教えてよ」
次にやって来る客のことを考えたユウはこれまでの冒険について簡単に話をした。すると、チャドは興味深そうに耳を傾けて聞いてくれる。
「大陸を1周するなんてすごいね。僕には無理だよ」
「僕も本当に1周するとは思わなかったよ」
「トリスタンはその旅の途中で出会ったんだ」
「そうだぜ。これでもなかなか長い付き合いなんだ」
「そうだ、ホレスさんとジェナさん、できればシオドアについて何か知っていないかな?」
「はっきりとは知らないかな。でも、ジェナは宿屋街で家族と宿屋を始めたらしいよ。宿屋の名前までは知らないけれど」
「そうなんだ」
これという手がかりを得られなくてユウは肩を落とした。しかし、少なくともジェナは宿屋街にいるということを知って希望を持つ。最悪1軒ずつ回ればあえるわけだ。
再び客がやって来たので2人は一旦チャドと別れることにする。これからもまた来ると伝えると喜ばれた。




