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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第28章 故郷での再会
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見慣れた冒険者ギルド城外支所

 かつての店の跡から離れたユウはトリスタンと共に商工房地区を巡った。歩く度に思い出す周囲の光景は懐かしかったが、同時に異なる点があるため思い出にひたりきれない。


 いつの間にか再び中央広場に戻った2人はその端で立ち止まった。そこでユウはトリスタンに話しかけられる。


「町の東側はこれで大体見たよな。次は西側に行くか?」


「西側は貴族様の屋敷が並んでいるから行かない方が良いよ。僕らが行っても怪しまれるだけだろうし」


「そうだよなぁ。冒険者が用のある場所じゃないもんな。追い払われるのが関の山だ」


「元貴族様が言うと説得力があるよね」


「形式上はまだ貴族なんだけれどな」


 どちらもしばらく苦笑いした。身分や地位の高い人々の住む場所は低い者たちを遠ざけることで秩序を保っている。そんな場所に冒険者がおいそれと入って良いわけがないのだ。


 ひとしきり笑うと再びトリスタンが口を開く。


「それじゃ、次はどこを見に行く? 南側に何か見るべきものはあるか?」


「南西側は住宅街だから何もないね。南東側は歓楽街だけれども」


「大通りに面した辺りに宿屋や酒場があったよな。ああもしかして、奥には賭場や娼館があるのか?」


「らしいよ。行ったことないけれど」


「ほう、そうか。だったら行ってみよう! 息抜きの場は重要だからな。行ったことがないんなら一緒に見て回ろうぜ!」


「途端に元気になったなぁ」


「そりゃ当然だろう。ユウだってどっちもやったことがあるんだから知っているだろう」


 相棒のノリについて行けないユウだったが、使ったことがあると指摘されて少し顔を赤くした。娼館ではないがかつて相手をしてもらったことがある踊り子を思い出したのだ。気付かれたらからかわれることがわかっていたユウは黙ってトリスタンについて行く。


 歓楽街の裏手は大通りに比べて閑散としていた。夜の街なので当然とも言える。賭場は開いているものの、娼館はどこも開店準備状態ばかりだ。


 その様子をトリスタンが機嫌良く眺めている。


「なるほど、こうなっているのか」


「トリスタン、何を見ているのかな?」


「店をざっと眺めているだけだよ。道や店の場所がわかっていたら、いざというときに使いやすいだろう? 下見ってやつさ」


 理由を聞いて理解したユウは曖昧にうなずいた。仕事でよくする下調べと同じことをしているわけだ。随分と熱心だなと感心しつつも呆れる。


 歓楽街をぐるりと回った2人は再び中央広場に戻ってきた。見物という意味ではもう町の中で見るべきものはない。


 見たいものを見ることができたトリスタンが機嫌良くユウに問いかける。


「町の中はこんなものかな。ユウ、そろそろ外に出てみないか?」


「そうだね。ここからだと南門が近いからそっちから出よう」


「ここの貧民街ってどうなっているんだ?」


「基本的には他とそんなに変わらないよ。ただ、町の南東側に獣の森っていう森があって、貧民もよく入っては薬草や獣を手に入れるから、冒険者以外の貧民も活気があるよ」


「へぇ、貧民に森が開放されているのか。剛毅な領主だな」


「その辺りの利害関係はうまくできているみたいなんだ」


 薬草と木材と獣が手に入る獣の森についてユウは説明を始めた。薬草や木材は採ってもすぐに生えてきて、獣はいくら狩っても減る様子がない。大量に手に入るのならば産業にしてしまえと領主は貧民に広く開放し、その売買を冒険者ギルド城外支所が管理することで利益を得ていた。


 説明を聞いたトリスタンが納得したところでユウは口を閉じる。そうして町の南門へと足を向けた。


 門をくぐり抜けると水堀にかかった跳ね橋を渡る。すぐそこには検問所があり、町の中へ入ろうと列をなす人々と検問する兵士がいた。


 検問所から少し離れたユウは立ち止まって目の前の風景を眺める。目の前の西端の街道はそのまま南へと続いて50レテム先で東側に道が分岐していた。その分岐点辺りに平屋の大きな建物がある。


「ああ、懐かしいなぁ」


「この目の前にあるのがアドヴェントの町の貧民街か。冒険者ギルドはどこにあるんだ?」


「目の前だよ。あの平屋の大きな建物」


「それじゃまず行ってみるか」


 相棒の提案にうなずいたユウは歩き始めた。何もかも懐かしい街並みが近づいてくる。それつれて町の中とはまた違った生臭さ、すえた臭い、糞尿の臭いなどが混じった不快な臭いが強くなった。次いで喧噪が耳に入ってくる。話し声、笑い声、呼び声、泣き声、それに怒声に悲鳴。他にも馬のいななき、荷車のきしむ音、木槌で何かを叩く音、金属のこすれる音もだ。


 どこの町にでもあるものだが、それでも故郷のものとなるとまた違った感じに思えるのだから不思議なものである。


 道の分岐点までやって来た2人は冒険者ギルド城外支所の前で立ち止まった。ぱっと見で50レテム四方くらいの広さがある。出入りする人の数は多い。いくつかある開け放たれたままの出入口はひっきりなしに往来する人々で賑わっている。大半が粗末な服を着た男たちだ。たまに軽武装した男たちも混じっている。


 懐かしそうにその様子を眺めていたユウは建物内へと踏み込んだ。中には数多くの人々がいてかなり騒々しい。ときおり怒号や悲鳴も聞こえる。往来が激しい出入口の脇に移ると周囲へと目を向けた。室内は東側の壁から20レテムほどの場所に受付カウンターが南北に延びており、その西側に受付係の職員が並んでいる。


「随分と賑わっているじゃないか」


「貧民が獣の森に行くのに対して、冒険者は夜明けの森っていうここから東にある森に行くんだ。そこで魔物を狩ってその部位を換金することで稼ぐんだけれど、この様子だとまた稼げるようになったのかもしれないね」


「稼げなかった時期があるのか」


「そうなんだ。具体的な話は受付係に話を聞けばわかると思うんだけれど」


「だったら列の少ない所に並ぼうぜ。どうせならすぐに話が聞ける所で、お、誰も並んでいない所があるじゃないか」


 嬉しそうなトリスタンが指差すその先を目で追ったユウは目を見開いた。頬杖をついて気だるそうにあくびをしている中年の職員を見つける。


「レセップさん」


「ユウ、知り合いなのか?」


「よくお世話になった人なんだ。働かないことで有名でね」


「矛盾していないか、その言い方」


 首を傾げるトリスタンをよそにユウは受付カウンターへと近づいた。誰もその受付係の前には並んでいないのですぐにたどり着く。


「レセップさん、お久しぶりです」


「は? お前、生きていたのか」


 声をかけられたレセップが鬱陶しそうにユウへを目を向けた。すると、一瞬怪訝そうな表情を浮かべてから呆然とする。


「はい、大陸を1周して来ました」


「バカじゃねぇの、お前。普通はそんなこと本気でしねぇだろ」


「そうは言っても、本気であちこち見て回りたかったんで」


「だよな。お前はそういう奴だったよな」


「銅級の冒険者になったんですよ、ほら」


「へぇ、確かに本物だな。このアディの町っていうのはどの辺りにあるんだ?」


「大陸の南東側にあるマグニファ王国の町です。小岩の山脈の南側にあって、終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)を管理している所なんですよ」


「全然わかんねぇな」


「隣にいるのがトリスタンで僕の相棒で、そのマグニファ王国の王都出身なんです」


「初めまして、トリスタンです」


「お前、わざわざ大陸の反対側からここまでやって来たのか。物好きにも程があるだろ」


「ちょっとわけがあってユウと一緒に旅をしていたんです」


「それは深く聞かねぇが、こいつと一緒に旅をしてたんなら結構苦労しただろ」


 そこからユウはこれまでの旅について簡単に話をした。何度か遺跡に入ったこと、船に乗って魔物や海賊と戦ったこと、砂漠や雪の中を歩いたことなどだ。しかし、レセップの反応は今ひとつよろしくない。そこで証拠とばかりに荷物の中から各種紹介状や魔塩の残りなどを受付カウンターに置いてゆく。


 さすがにここまでされたレセップは面倒そうにうなずいた。渋い顔をしながら返事をする。


「わかったからさっさと片付けろ。ここは受付カウンターだぞ。酒場のテーブルじゃねぇ」


「ごめんなさい。でも、レセップさんはどうせ仕事をしていないんだから構わないでしょ」


「言ってくれるじゃねぇか。その通りなんだけどよ。で、お前さんはこれからどうするんだ?」


「今日はこれから貧民街をぐるっと回ろうかと思っています」


「そんなことを聞いてるんじゃねぇよ。今後どうするんだって聞いてるんだ」


「しばらくいるつもりですよ。夜明けの森にも入ってみたいですし」


「そうかい。そりゃ結構なことだ。とりあえず、お帰りと言っておこうか」


「はい、ただいまです」


 頼れる受付係に迎え入れられたユウは嬉しそうに答えた。

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― 新着の感想 ―
10年は言い過ぎでしたね!失礼しました〜
職員とはいえ貧民街で働いてるしこの世の中だから、10年経ったら亡くなってる可能性も結構ある気がするから、変わらず仕事しないで生きてて良かったです!
懐かしい。受付と聞いて「?」となった後、口調を見て、そういえば居たなあと思い出しました。相手も覚えているくらいには、ユウは印象深い冒険者だったんですかね しかし、この長期連載でまだ銅級なの、しっかりイ…
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