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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第28章 故郷での再会
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アドヴェントの町の中

 数年ぶりに故郷の町へと帰ってきたユウは宿の寝台で目覚めた。個室の閉じられた木製の窓の隙間からはわずかに日差しが漏れている。


 同じ寝台で横になっているトリスタンはまだ眠っていた。起こさないように立ち上がったユウは背伸びをする。外から聞こえる小さな喧騒が遠い世界のことのようだ。


 音を立てないように部屋から出るとユウは階段を降りる。受付カウンターの奥に座る宿の主人に挨拶をすると建物の裏手に回った。いくつかの手桶が並べられており、そこから臭気が立ちこめている。


 葉っぱときれいな石を手にしたユウはズボンを下ろして目を上に向けた。周囲の高い建物の間からわずかに青空が見える。今日も1日天気が良さそうだ。


 1人でのんびりと用を済ませたユウは部屋に戻ると、トリスタンが寝台の横で背伸びをしていた。木製の窓が開け放たれている。


「トリスタン、おはよう。起きたんだ」


「さすがに暑くて寝苦しくなってきたからな。見ろよこの日差し」


「これから曇り空の日が多くなるから暑さもましになるよ」


 相棒と話をしつつもユウは窓の外を覗いた。2階から見る大通りには多くの人々が往来している。大通りの対面には交易商の店が建ち並んでおり、窓から顔を出して左に目を向けると商館が目に入った。


 部屋の扉を開閉する音を背中で聞きながらユウは頭を引っ込める。振り向くと室内には誰もいない。階段を降りる足音がかすかに扉の向こう側から聞こえてきた。


 特に気にすることもなく、ユウは背嚢(はいのう)から干し肉と黒パンを取り出す。更に水袋も手にして寝台に座ると食事を始めた。まずは黒パンを噛みちぎり、水袋に入った薄いエールを少し口に含んでから噛む。


 ユウがゆっくりと食事をしていると、トリスタンが戻って来た。同じように背嚢(はいのう)から朝食を取り出すとユウの横に腰を下ろす。


「今日も暑いな。もう汗が滲んできたぞ」


「そうだね。あんまり動き回る気がしないよ」


「とは言っても、町の中の宿でいつまでもじっとしているわけにはいかないだろう」


「まぁね。まずは町の中を見て回ろうと思っているんだ。町の外で生活するようになって10年近くになるから、どうなっているのか気になっているんだ」


「ほう、アドヴェントの町の見物か。悪くないな」


「ミネルゴ市に比べたらかなり小さいから、トリスタンはがっかりするんじゃないかな」


「さすがに比べたりはしないぞ」


「とりあえず、中央広場に行ってみようと思う」


「何か催し物でもやっていたらめっけものだな」


 笑顔を見せたトリスタンにユウは首を傾げた。古い記憶を引っぱり出してみたものの、この時期には何もない。しかし、最近になった新たに催し物が増えている可能性があるので相棒には黙っている。


 朝食を終えた2人は荷物を持って宿を出た。町の中の大通りを西に向かって歩く。商館を通り過ぎるとすぐに中央広場が目に入った。


 市場や布告など人が集まるための場所である中央広場は町の中心にあり、そのために町の有力組織の建物に囲まれている。広場の東側には商人ギルドの建物が大きく構えており、北東側にはギルドホールの立派で厳かな雰囲気の重厚な建物があった。また、北西側にはパオメラ教の神殿が建ち並び、西側には町の行政機関である庁舎が建っている。


 全域が大通りに面している広場の南側からそれらを眺めたユウは感慨に耽った。町の中にいたときはたまにやって来たことがある場所である。しかし、10年以上前の記憶のせいで懐かしく思ったわけではない。庁舎で人身売買契約書に完済証明印を押してもらったことを思い出したのである。思い返せば、あれが解雇されて初めての行動だったのだ。


 いつまでも中央広場を眺めているユウの隣でトリスタンがのんきな声を上げる。


「へぇ、割と人がいるんだな。町の中心だから当たり前か」


「うんそうだね。でも、前よりも増えてるかもしれない」


「それだけ町が発展しているってわけか。勢いがあっていいじゃないか」


「そうだね。この辺りの様子は全然変わっていないみたいだけれど」


「でっかい建物ばっかりだからなぁ。建て替えるだけでもかなり大変だろうから、10年や20年くらいじゃ変わらないと思うぞ」


 昨日北門から町の中に入ったときのことをユウは思い出した。確かに割と新しく大きな建物が建っていた場所には、以前小さい建物が建っていた記憶がかすかにある。


 建物が大きくなるということはそれだけ人がたくさん入ることができるということだが、そうなると町の中の仕事は増えているはずだ。それを思うとユウは複雑な気持ちになる。


「どうした、ユウ?」


「大したことじゃないんだ。僕が町の中で解雇された時期が今のような好景気だったら、どうだったのかなって思ったんだよ」


「なるほどなぁ。不景気のときに町の外へ出たんだっけか。そりゃぁもやもやするよな。ただ、不景気で店が傾いたから解雇されたんだろう? だったら、意味のある想像じゃないと思うけれどな。だって、好景気のときは店を解雇されないだろうし」


「まぁね」


 わかりきった返答を聞いたユウは苦笑いした。自ら動いて転職するのならばともかく、店の都合で放り出されるのだから大抵は不景気な時期なのは当然だ。好景気のときに解雇されるなど余程のことである。


 転職といえば、ユウはギルドホールで町の中の仕事を探したことも思い出した。まったく相手にされなかった苦い経験だったが、町の外に出ることなく臨んで果たして首尾良く次の仕事にありつけたのか考え込む。見つけられたとも見つけられなかったとも思えた。


 そんなユウの隣でトリスタンが感心しながら声を上げる。


「都会とはまた別の活気があっていいんじゃないのか」


「別の活気って、どう違うの?」


「都会の活気は数の多さによるものだな。人が集まればそれだけ騒がしくもなるし、色んな仕事も増えるだろう。それに対してこの町のは発展する勢いだな。仕事がたくさんあるところに人が集まって稼ぎ、それがまた更に人と仕事を増やすって感じだ」


「僕が解雇されたときは不景気だったし、故郷を離れるときは戦争でみんなこの町から離れることを話していたのになぁ」


「5年10年でがらっと変わることなんて珍しくないぞ、ユウ。内戦が終わって好景気になったってことだろう」


「なんだか納得いかないなぁ」


「そう言うなって。壊してばかりの戦争が終わったら次は建て直すのは当然だろう。景気が良くなるのは当たり前さ。領主様は出費で頭を抱えているだろうがな」


「船賃が上がっていたもんね」


 昨日境界の川を越えるため船に乗ったときのことをユウは思い返した。値上がりしていたことに驚いたものだ。酒場と宿の代金ではまだ実感していないが、この様子ではどこかしら物価に影響があるのは間違いないと確信する。


 そのとき、ユウはふとかつて勤めていた小間物屋のことを思い出した。不景気な中で在庫を抱えて苦しんでいたあの店は今どうなっているのか気になる。


「トリスタン、僕ちょっと行きたいところがあるんだ」


「いいぞ。どこに行くんだ?」


「僕が町の中で勤めていた店なんだ。今どうなってるのかなって思って」


 返事を聞いたトリスタンは微妙は表情を浮かべた。良い思い出ではないということは知っているので返答しづらい。それでも否やはないので小さくうなずく。


 相棒の同意を得られたユウは大通りを東へと向かって歩き始めた。通りが北に折れ曲がる所でそのまままっすぐ路地に入る。この辺りは本当に10年ぶり近くだが割と道は覚えていた。


 そうして町の中の南東にある商工房地区のとある小間物屋の建物の前に2人は立つ。店はちょうど開店の準備をしているところだった。店主らしき人物やその使用人が忙しく動き回っている。


 路地の真ん中で立つユウはその様子を呆然と眺めていた。店先に並べつつある壺をじっと見る。


「あの、ここの店主さんですか?」


「そうさ。まだ店開き前だよ」


「ここって前は小間物屋だったはずなんですけれど、前の店はどうなったんですか?」


「前の店? ワシがここで商売を始めたのは2年前からなんだ。それ以前はどうだったかは誰からも聞いちゃいないよ。それが何か?」


「ああいえ、10年くらい前にここにあった小間物屋で解雇されたんですけれども、あれからどうなったのかなと思って寄ったんです」


「そうかい。ま、見ての通りだよ」


 壺屋の店主はユウの事情を聞いて肩をすくめた。それから再び開店作業に戻る。


 これ以上仕事の邪魔はできないと考えたユウは店から離れた。当時の状況を考えると不思議ではない結果だ。しかし、かつて自分を雇ってくれた店主に会えなかったことは少し寂しく思う。


 三の刻の鐘を聞きながらユウは路地を歩き出した。

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