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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第27章 故郷への帰路
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古い友人の家

 ニックに案内されてユウとトリスタンが入ったのは恵みの森の中だった。アドヴェントの町の北東に位置する森で日々の糧になるような薬草や木材が手に入る場所だ。他の森とは違って魔物は生息しておらず、野生の動物も少ない。


 小道を歩きながら暗い森の風景を眺めるユウは内心で友人に感心した。獲物が少ないこの森で狩人としてやっていけているのは腕が良いからだと察したからだ。かつて一緒に生活したことのある身としてはその事実がなんだか誇らしかった。


 色々と考えながらユウが歩いていると視界が開けてのどかな農村風景が目に入ってくる。空の色が朱い時間帯なので陰影が強い。


 一旦立ち止まったニックが振り向いて2人に告げる。


「ここが俺の住んでるバウンの村だ」


 アドヴェントの町から北に伸びる境界の街道沿いにあるトレジャー辺境伯領の村だ。この辺りでは辺境伯領で最も北側に位置している。村はほぼ四角の形をしていて、その中央は南北に流れる小川に貫かれていた。その小川の脇には水車小屋が建てられており、水車が(きし)みながら回っている。そのすぐ側には橋が架けられていた。


 村の入口にあるあばら屋を通り抜けた3人は橋に向かって道を歩く。周囲には青い芽を出した畑があったり牧草地があったりと様々だ。


 橋を渡るとパオメラ教のアグリム神を祭った小さな神殿の正面入口がある。その隣には村唯一の居酒屋の建物が建っていた。そこを通り抜けて少し歩くと点在する他の家よりも大きい家が現れた。


 先頭を歩いていたニックはその大きくもみすぼらしい家の正面で立ち止まる。


「村長に挨拶をするから、ここでちょっと待っててくれ」


 告げられたユウとトリスタンはニックの背後で黙ってうなずいた。


 そのすぐ後、ニックが村長の家に声をかける。中から現れた家人と言葉を交わすと家人が姿を消し、代わりに老人が現れた。その村長らしき老人にニックが2人を紹介して今晩自宅に泊めることを伝える。何度かニックとユウたちに目を往復させていたその老人は了承すると家の中に引き下がった。


 その様子を見ていたトリスタンがユウに小声で話しかける。


「あっさりとしていたな」


「悪くない反応だよ。仕事を依頼してきたのに嫌な態度をとってくる村長もいるから」


「何かあったのか?」


「昔にちょっとね」


 懐かしくも嫌なことを思いだしたユウは微妙な表情を顔に浮かべた。そんなユウに戻って来たニックが声をかける。


「これで一晩は大丈夫だ。で、そんな顔をしてどうしたんだ、ユウ?」


「何でもないよ。それより、ニックの家がどんな風なのか楽しみだね」


「期待してくれていて悪いがそんな大した家じゃないぞ。あばら屋よりましって感じだ」


 苦笑いしたニックが小さく首を横に振った。そのまま2人の脇を通り過ぎて先に進む。


 案内された場所は小道と繋がる村の西の端とは正反対の東の端だった。森との境近くに小さくみすぼらしい家がぽつんと建っている。


「ここが我が家だ。入ってくれ」


 声をかけられたユウとトリスタンはニックに続いて家の中に入った。室内は簡素で狩猟関係の道具が多い。


 荷物を壁際に置いたニックに2人も荷物をそちらへ置くように進められた。それから部屋の隅に横倒しにされていたテーブルを中央に持ってきて周りに椅子を並べる。


「椅子に座って待っていてくれ。今から簡単な夕飯を作るから」


「アルフの家を思い出すなぁ」


「はは、確かにそうだな。でも、どこもこんなもんだ。だから慣れるのも早かったよ」


 扉近くの壁際にあるかまどに薪を入れて火を点けながらニックがユウの感想に言葉を返した。そこからニックの話が始まる。


 約9年前にバウンの村へとやってきたニックは1年ほどで村に溶け込んで、3年程度で一人前の狩人になった。その頃に村内の村娘との結婚話が持ち上がり、そのまま結婚している。しかし、元々あまり体が強くなかったこともあって結婚2年目に病気で亡くなってしまった。それ以来独身だという。


「そんなこともあったから、今は1人住まいというわけさ。たぶん、このままこの村で一生過ごすんじゃないかいって思ってるよ」


「もう1回結婚する気はないのか?」


「今はないな。ずっとこのままなのかもしれない。どうなるかはそのとき次第だな」


 料理をしながらニックはトリスタンに対して肩をすくめた。そのまま火にかけられた鍋の様子を見る。こうなると側を離れられない。背を向けたまま、今度はニックがトリスタンに対して問いかける。


「トリスタンは今までユウと旅をしてきたんだよな。その旅もアドヴェントの町で一区切り付くらしいが、その後どうするつもりなんだ?」


「それは前から考えているんだが、まだこれといったことは思い付かないんだ。最終的にはどこかの町で町民にでもなれたらいいとは思っているが」


「町民か。あれってなるのは大変じゃなかったか? 審査っていうのがあって、更には献金もしなきゃいけないって聞くぞ」


「確かにな。だからまだ思っているだけだよ。まぁでも、資金に関してはユウといると稼げるからそんなに心配してはいないけれどな」


「おいおい、そんなに稼いでるのか?」


「今まであっちこっちで色々としてきたからある程度蓄えはあるんだ」


「羨ましい話だな」


「その代わり何度も死にそうになったぞ。何にせよ、そんな感じだから今は落ち着ける町を探してるようなものだ。アドヴェントの町っていうのがそうだったら良いんだけどね」


「夢のある話で結構なことだ」


 鍋をかき回しながらニックがトリスタンの将来の話を褒めた。次いで矛先をユウに向ける。


「ユウ、お前はどうするつもりなんだ?」


「う~ん、トリスタンほど先の話はまだ考えていないんだよ。でも、今のところ冒険者を辞めるつもりはないかな」


「冒険者としてまだやりたいことがあるってわけか? 大陸を1周してまだ他にやりたいことなんて俺には思い付かないが」


「大陸一周とは言っても本当に大陸の海岸沿いを回っただけで、実は内陸の方へは全然行っていないんだ。そっちには興味あるかな」


「お前、もう1周するつもりなのか?」


「1周するかどうかはわからないけれど、見たい場所には行きたいかな。ああでも、さすがにすぐっていうわけじゃないよ。しばらくはアドヴェントの町で落ち着くつもりだから。ウォダリーの町の冒険者ギルドで聞いたけれど、もう戦争は終わっているんだよね?」


「そうらしいな。俺には全然関係のない話だったから良くは知らん。なんか始まってたと思ったら、いつの間にか終わってたっていう感じだったよ」


 鍋の様子を見ながら興味なさそうにニックがユウに返事をした。同じ領内であっても広大な所領の反対側の僻地に住む人々ともなると戦争の認識もこんなものだ。


 そんなニックに対してユウが話を続ける。


「ともかく、戦争が終わっているんなら僕も安心して暮らせるから嬉しいよ。当面は、そうだなぁ、稼ぎながら自分のことを書きたいな」


「自分のことを書く? どういうことだ?」


「ユウの奴、自伝みたいなものを書いているんだ。暇潰しみたいなものらしいぞ」


「なんだそりゃ。珍しいことをしてるな、お前」


 鍋から顔を離して振り向いたニックは理解できないという表情を浮かべていた。文字の読み書きができない者からすると理解の範疇外といった様子である。


「まぁ、ぼんやりとでもやりたいことがあるんならいいんじゃないのか。俺にはわからないことばかりだが。ところでトリスタン、ユウの書いてる自伝みたいなものっていうのは面白かったのか?」


「ユウに関して知ることができるっていう意味では面白かったな」


「芝居を見るような面白さじゃないわけか。そういうやつだったら読み聞かせてもらおうと思ったんだが」


「あれ、未だに書いているらしいから延々と増えているみたいなんだよ。全部となると一晩でも読み切れないと思うぞ」


「そんなに書くことがあるのか。俺からすると考えられないな」


「俺もだよ」


 好き勝手言われるユウは何とも言えない表情でトリスタンとニックの話を聞いていた。人にあまり理解されることではないという自覚はあるが、仲の良い友人に理解を示してもらえないというのを目の当たりにするのは何とも悲しく思えてくる。


 その後は別の話題に移り、それぞれ興味のあることを話題にしては盛り上がった。しゃべっているうちに鍋料理もできたのでユウとニックがテーブルにそれを移す。木製の食器の用意も済ませると3人は夕食を始めた。狩人が作る食事にふさわしく、肉がふんだんに入ったスープだ。客を迎えたので珍しく奮発したのだとニックが照れくさそうに語る。


 そんな友人の歓待にユウとトリスタンも喜ぶ。この夜は遅くまで色々と積もる話を語り合った。

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