表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第27章 故郷への帰路
797/853

同じ帰り道

 古い知り合いと出会った2日後の早朝、ユウとトリスタンは安宿で目覚めた。二の刻の鐘で寝台から起き上がり、出発の準備を始める。


 用意が整うと2人は安宿を出た。辺りは薄暗いが日の出までもうそれほど時間はない。町の南門側へと向かう。


 ニックとの待ち合わせは町の南側に広がる貧民街の南端だ。境界の街道を挟むように連なる街の端には既に何人もの旅人や行商人が出発の時を待っていた。


 その中から友人を見つけ出したユウが声を上げる。


「ニック、おはよう!」


「来たか! トリスタン、おはよう」


「おう、これからよろしく」


 3人はそれぞれ挨拶を交わした。元々トリスタンとニックは面識がなかったが、昨日の夕食の席でユウが2人を引き合わせたのだ。道中を共にするなら早い方が良いというわけである。


 全員が揃うと荷馬車の集団が出発するのを待った。ユウが思っていた以上にその数が多い。ニックによると、アドヴェントの町の人口が増えて景気が良くなってから境界の街道の人通りも増えたらしい。その分盗賊も増えているが騎士と兵士による巡回活動で取り締まっているという。


 暇潰しの雑談を3人でしていると東の空から日差しが差し込んできた。周囲が急速に明るくなってゆく。郊外の原っぱに目を向けると荷馬車周りがどれも慌ただしい。


 大して間を置かずに最初の荷馬車の集団が動き始めた。原っぱから街道に移って南へと進んでゆく。最後尾の荷馬車が街道に入ると、最初の徒歩の集団がそれに続いた。別にどの荷馬車の集団にどこの徒歩の集団がついていくという決まりはない。何となく雰囲気でそうなっていくのだ。


 何度かその行為が繰り返された後、ユウたち3人が混じる徒歩の集団が動いた。若者や壮年が前を歩き、老人や女子供が後を歩く。家族連れでもない限り、大体どこもこのように自然と分かれていた。


 徒歩の集団内での会話はそのとき集まった人次第だ。お喋り好きが混じっていればずっと会話は盛んになるし、寡黙な人物ばかりだと無言で歩く。


 荷馬車の速度は人の歩く速さと変わりないが、荷馬車の集団同士で進む速度は微妙に違うことがあった。そうなると、進む速度が遅い集団を速い集団がせっつくことになる。特に町の郊外からまとまって出発する朝方にはよく見られる光景だ。こういうときは遅い集団が道を譲るのが一般的な習慣となっている。進む速度は集団ごとに自由でも、別の集団の速さを妨げないようにするのは旅行く者たちの礼儀なのだ。


 ユウたち3人がついて行っている荷馬車の集団は他よりも少し進む速度が速いらしかった。そのため、たまに前を進む荷馬車の集団を追い越してゆく。このとき、徒歩の集団も同じように後に続くのだが、2つの集団で人の入れ替えが起きることがあった。というのも、健脚な者にとっては速い集団について行く方が好都合だが、逆に弱っている者にとっては遅い集団の方が良いからだ。今回も足の遅い者たちは立ち止まっている集団に移り、逆に向こうから健脚な者たちが移ってきた。そうして何事もないかのように皆が歩く。


 集団の前の方を歩くユウたち3人は全員が知り合いなので和やかな雑談を交わしていた。雰囲気はとても良い。特にトリスタンとニックは性格が合ったようで初対面だった昨日からよくしゃべっている。


「ニックはいつから弓を使うようになったんだ?」


「孤児を集めて集団生活をさせてた人がいたんだけど、その人のところに行ってからだったな。そこで弓を使う先輩がいて触らせてもらったことがあって、そのときに自分に合った道具だって気付いたんだよ」


「ということは、最初から狩人を目指していたわけじゃないってことか」


「そうだな。将来のことを考える余裕なんてそれまでなかったし、あそこに行ったのは本当に良かったよ」


 歩きながらニックは懐かしそうに話した。興味深げにトリスタンが次々に尋ねてゆく。


 もちろんユウもニックに聞きたいことはあった。相棒の話が一段落ついたのを見計らって話しかける。


「そういえば、アドヴェントの町って人が増えたって聞いたんだけれど、今あそこの貧民街ってどうなっているか知っているかな?」


「あー、実はな、村で狩人をするようになってから、アドヴェントの町の貧民街には行ってないんだ」


「え、どうして?」


「アドヴェントの町の構造上、町の北側から南か東へ行くには一旦町の中に入る必要があるのは知ってるだろう。あのときに支払う入場料が馬鹿にならなくてな。気軽に行けないんだ」


 指摘されたユウはすっかり忘れていたアドヴェントの町と街道の関係を思い出した。


 境界の川が東から北へと大きく曲がる場所にあるあの町は、境界の街道を(ふさ)ぐようにあるのだ。そのため、トレジャーの町からウォダリーの町へ向かう場合、レゴンの町経由だと費用がかからないのに対して、アドヴェントの町経由だと町の入場料が必要になってしまう。更に途中2回も川を渡らないといけないのでその渡り賃も必要になるとなれば、その不人気具合も想像できようというものである。


 かつて町の中で住んでいた記憶を引っぱり出してきたユウはニックの説明に納得した。通過するためだけに銀貨1枚も取られるのは町の中の平民でもきついのに、村人などには厳しすぎるだろう。しかも行って帰ってくるとなるともう1枚必要になるのだ。様子を見に行くためだけにかける費用ではない。


 そんなことを話しながらユウたち3人は街道を進んでゆく。話が尽きないのでとても楽しい。


 夕方になると先を進む荷馬車の集団が野営の準備を始めた。それに合わせて徒歩の集団も街道の脇の原っぱに腰を下ろしてゆく。


 同じように適当な場所に腰を下ろそうとしたニックをユウが止めた。不思議そうな顔を向けてくる友人にユウは説明する。


「僕たち3人はこの人たちと離れて野営をしよう。何かあったときに巻き込まれないようにするんだ」


「何かって、襲われたときのためか?」


「そうだよ。獣か魔物か盗賊かはともかく、襲われたときに逃げ惑う人たちに巻き込まれたら自分たちも危なくなるでしょ。ニックはそんな経験はない?」


「確かにあるが、考えたこともなかったよ」


「僕たちは2人で旅をしていたから、その点は自由にできたから良かったかな」


 意表を突かれた様子のニックが感心しているのを見たユウは内心で苦笑いした。本当はもっと利己的で後ろ暗い理由もあるのだが、それを村人のニックに言っても嫌な顔をされるので黙っている。今は一時的に3人だけで野営ができれば良いのだ。


 街道に西側に流れる川の土手を降りたユウたち3人は河原の隅で野営を始めた。まだ街道の近くに開墾された畑が広がる場所なので、最低あと1日は進まないと煮炊きするための木の枝は拾えない。よって、夕飯は干し肉と黒パンだ。


 土手の斜面に腰を下ろして3人仲良く食事をする。最初の話題は夜の見張り番だ。これはトリスタンからニックに話を振られる。


「いつも町に出るときは歩いて行っているんだよな? 夜の見張り番は一体どうしていたんだ?」


「村の連中と一緒に出かけるときは順番にやってたよ。1人のときは開き直って寝てた。さすがに何日も起きっぱなしで歩くのは無理だからな」


「あの徒歩の集団の中で見張りをしていたのか」


「そうだよ。ただ、みんなで端に寄っていたけどな」


「それって他の徒歩の集団の連中も面倒を見てやっているってことにならないのか?」


「結果的にはそうなるけど、それは仕方ないだろう。ユウやトリスタンみたいな冒険者じゃないんだし、何かあっても戦えるわけじゃない。だから、結局集団の中にいる方が安全なんだよ」


 脇で話を聞いていたユウはなるほどと思った。自衛のために戦える自分たちと違って村人は戦うのが苦手なのだ。ということは、集団から離れて見張りを立てたとしても、自分たちが襲われたときは少し気付くのが早くなるだけで逃げることは変わらないわけである。それならば、まだ周りにたくさん人がいる方が安心だ。色々な考え方ややり方があるのだなと感心した。


 そうして6日が過ぎる。アドヴェントの町までの道のりは半ばを過ぎた。明確な境界はないものの、この辺りからトレジャー辺境伯領になる。


 この日も野営のために荷馬車の集団と徒歩の集団が立ち止まった。それを機にニックがユウに話しかける。


「俺の村はすぐそこなんだよ。2人とも、泊まっていくといい」


「良いんだ。ありがとう」


「こっちに小道があるんだ。案内するよ」


 徒歩の集団から離れたニックが森へと向かって歩いた。その足元には獣道のような細長い地面が見えている。人によっては見落としてしまいそうな小道だ。


 ユウとトリスタンもニックに続いてその小道へと入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ