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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第27章 故郷への帰路
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隣町だが初めての町

 西方辺境の西に位置する最果ての山脈をせき止めるように境界の川は流れている。この川には同じ名前の街道が上流から海に流れ出る河口まで寄り添うように走っていた。


 今、その下流地域の街道を南に向かって歩いている一団がいる。冒険者2人に行商人4人の集団だ。冒険者の方はそれほどでもないが、行商人たちは疲労の色が濃い。体の大きさに合わない大きな荷物を背負っていることもあって今にも倒れそうに見える。


 それでも一行は止まることなく黙々と歩いていた。やがて地平線上に小さな町が浮かび上がってくる。ウォダリーの町だ。冒険者2人が行商人たちに声をかける。かろうじて顔を上げた4人の顔に少しだけ生気が蘇った。


 前日から街道の東側には畑が広がっていたが、それもようやく終わりが見えてくる。街の郊外に差しかかると原っぱに変わった。それをきっかけに行商人たちが言葉にならない声を次々に上げる。


 町に近づくにつれて周囲に人が増えてきた。最初は原っぱに点在する荷馬車の周りに、次いで原っぱを縦横無尽に、やがて街道にも往来する人々の姿をよく見かけるようになる。


 やがて町の北門にまでたどり着いた。この町の北側には何もないので原っぱの終わりは町の城壁である。そんな場所で6人は立ち止まった。


 振り向いたユウが他の面々に声をかける。


「やっと着いたね。ウォダリーの町だよ」


「いや、本当に、ありがとうございます。それにしても疲れました」


「夜通し歩くなんてこともしたから大変だったと思うよ。けれど、それももう終わりだから、今日はゆっくりと休んだら良いと思う」


 ユウの言葉にヴィンセントがうなずいた。疲れ果てていて声が出ないようである。


 当初の目的を無事に果たせたユウは肩の荷を下ろした感じがしてとても気分が軽かった。もうしばらくは護衛をしたくない気分である。


 そんなユウとトリスタンに対して行商人たちは礼を伝えると1人ずつその場を去って行った。集団の解散、というより自然消滅である。この辺りは徒歩の集団に近い。


 残ったのはユウとトリスタン、それにヴィンセントだけだ。そんなヴィンセントに対してトリスタンが問いかける。


「あれ、ヴィンセントは行かないのか?」


「どうせでしたら最後にメシを一緒にと思ったんですが、どうです?」


「いいんじゃないのか。ユウはどうだ?」


「うん、それじゃ一緒に食べようか」


 全員の意思が確認できたところでユウたち3人は歓楽街へと向かった。ヴィンセントの案内で町の東門側へと歩いてゆく。


 人通りは前の町とそう変わらなそうに見えた。なかなかの活気がある。


 案内されたのは年季の入った石造りの酒場だった。まだ六の刻にはなっていないが結構客がいる。かろうじて空いていたテーブル席に座って給仕女に注文を済ませた。


 荷物を床に置いて身軽になったヴィンセントがテーブルに突っ伏す。完全に緊張の糸が切れたらしい。ここまでだらけているところ見るのはユウもトリスタンも初めてだった。


 力なく笑うトリスタンがヴィンセントに話しかける。


「今回は大変だったもんな。徹夜で河原を歩いたから」


「それもあるんですけどね、あんなにたくさんの死体を見たのはオレ初めてなんですよ」


「ああ、そっちか。確かに慣れないときついよな」


「思い返したら気分が悪くなってきちゃって」


「それはもう忘れるしかないな。お、酒が来たぞ」


 嬉しそうな声を上げたトリスタンが給仕女から木製のジョッキを2つ受け取った。ひとつをヴィンセントの前に置いてやる。


 ようやく顔を上げた行商人がそれの取っ手を掴んだ。そうして勢い良く傾ける。中身の一部がこぼれるがお構いなしだった。早速1杯目を空にしたヴィンセントが給仕女に代わりのエールを再注文する。


「それにしても、今回は本当にありがとうございます。正直なところ、こんなに大変だなんて思っていなかったんで驚きましたよ」


「初めて計画を聞いたときからこんな感じになるのかなとは思っていたけれど、ヴィンセントはそこまで大変になるとは思っていなかったんだ」


「商売柄いろんな所には回っていますけど、さすがに荒事は専門外なんで」


「これに懲りたら、真っ当な方法で稼いだら良いと思うよ」


「へへ、やり方さえわかれば今度から自分でもできるかな、なんて思ってるんですが」


「見つかったときにどうするのか具体的な方法が思い付くのなら良いんじゃない」


 肉やスープに手を付けながらユウが返答した。この後別れる予定のヴィンセントが今回の経験をどう活かすかは好きにすれば良いと考えている。危ない橋を渡る自信があるのならば渡れば良いのだ。その結果、足を滑らせた後にどうなるのかは本人次第なだけである。


 ユウとしては盗賊の行動がまたひとつはっきりとわかったのが収獲だ。略奪後にその場を立ち去った盗賊はすぐに戻ってくることはないという点を利用できるとわかったのは大きい。どんなときに役立てられるかはともかく、これを知っていれば旅をするときの生存率が高くなるのは間違いなかった。


 幸せそうにユウが食べる脇から今度はトリスタンがヴィンセントに話しかける。


「ヴィンセントはこれからレゴンの町に行くんだよな」


「その前にこの町で一稼ぎしますけどね。明日から忙しくなりますよ」


「いつもより利益が2倍にも3倍にもなるものなのか?」


「やりようですね。今回は結構稼げるはずですよ。何しろしばらくバウニーの町からの物が途絶えていたんですから」


「境界の川を船が往来していたじゃないか。陸路が駄目なら船の空いた場所にでもちょこっと置いておけば運べるんじゃないのか?」


 不思議そうな顔をしたトリスタンがヴィンセントに疑問をぶつけた。川舟の大きさにもよるが、ちょっとした物なら積み込むのは不可能ではないし、値段さえ折り合えば臨時便を出すこともできるだろう。トリスタンは何となくそう思ったのだ。


 これらの点を指摘されたヴィンセントが固まった。どうやら何も考えていなかった様子である。その表情を見たトリスタンが困惑した。


 互いに黙る相棒と行商人をちらりと見たユウだったが食べることは止めない。何事も自己責任である。


 しばらくの間、ユウたち3人のテーブルは静かだった。




 行商人と別れた翌日、ユウとトリスタンは日の出と共に目覚めた。急ぐ用事もないのでゆっくりと外出の用意をする。


 ただ、ユウはどこかしらか気持ちが逸っているように思えた。いよいよ次の町が故郷なのだ。どうしても気になってしまう。


「ユウ、今日はどうする?」


「水浴びと服の洗濯をするよ」


「好きだなぁ、お前」


「確かにそれもあるんだけれど、次の町が故郷だからきれいにしておきたいんだ」


「ああなるほど、そういえば次だったな。いよいよユウの故郷か」


「冒険者ギルドに行って一応仕事を探すけれど、なくても歩いて行くからね」


「今までだってそうだったじゃないか」


「でも、本当に徒歩の集団に混じって歩いたのって意外と少ないでしょ」


「ん? そういえばそうか」


 荷馬車に乗って移動というのは西方辺境に来てから1度もないが、徒歩の集団に混じって歩いたのは最初の港町からだけだ。後は何かしら人に食事を出してもらいながら旅をしていた。次はそういった提供がなくても出発するというユウの決意表明である。


 安宿を出た2人はその場で別れた。ユウは1人で冒険者ギルド城外支所へと向かう。仕事探し以外でもやりたいことがあるのだ。


 城外支所は石造りのしっかりとした建物だった。中に入ると冒険者が何人もいる。西方辺境では見慣れた光景だ。行列に並んで待ち、順番が回ってきて受付カウンターの前に立つ。


「昨日この町に来た冒険者なんですけれど、ここでスタース通貨とトレジャー通貨を扱っていると聞いたんです。本当ですか?」


「両替の話? だったらその通りだよ。何を両替するんだい?」


 回答を聞いたユウはわずかに目を見開いた。故郷を離れて以来、持っていても使うことがなかったトレジャー通貨がここで使えるのだ。


 いくらか緊張しながらユウはトレジャー銀貨とスタース銀貨を取り出してトレジャー金貨に交換してもらう。受け取った金貨は確かに故郷の金貨だった。


 また、ユウはアドヴェントの町の現在について受付係に質問してみる。すると、以前に比べて人口が増えているらしいことがわかった。何でも、数年前のチャレン王国の内戦でトレジャー辺境伯が奇跡の逆転勝利を収めた後、領内が戦後復興で好景気になり、避難民の中で残った者や戦後移住してきた者が多かったかららしい。


 意外な話を聞いたユウは目を丸くした。その後も詳しく話を聞いて故郷の今の様子を教えてもらう。


 色々と衝撃的な話を聞いたユウはしばらくその場を動けなかった。

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― 新着の感想 ―
冒険譚を語るのかな、ワクワクします
戦争には勝ってたんですね 良かった良かった
とうとう!故郷へ!わくわくです!
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