盗賊団をやり過ごす方法
街道の異変を察知したユウはその後もトリスタンと共に見張り番を続けた。明け方近くになると街道の北側から南側へと歩いて行く者を何人か見かける。2人が数えた合計の人数は11人だ。ほとんどが何かを抱えていたので略奪品であることが窺える。
日が昇ると周囲が明るくなった。いつも通りの1日が始まったかのように思えるくらい普段と何も変わらない。
寝不足だという表情の行商人たちが目を覚ました。口数も少なく、雰囲気も重い。全員がトリスタンに勧められて気の進まない朝食を口にしていた。
そこへユウも戻って来て、相棒から手渡された干し肉と黒パンを囓る。
「ユウ、これからどうする?」
「この先の街道の様子を見てくる。昼頃には戻ってくると思うけれど、夕方になっても帰って来なかったらトリスタンがみんなをまとめて」
「わかった。ちゃんと戻って来いよ」
朝食を食べ終えたユウはすぐに行動を開始した。森の端に沿って北へと進む。目立たないように森の内側を歩いた。しばらく歩いた後、街道側の開けた場所をよく見て誰もいないことを確認する。それから腰をかがめて開けた場所を突っ切り、街道を越えて境界の川の土手を少し降りた。そこで一旦止まると、土手の斜面にへばりつくように寝そべって頭を少しだけ出して街道へ目を向ける。
街道の南側の様子を見るのにこんな面倒なことをするのは、森から街道を見張っている盗賊がいるかもしれないためだ。河原に盗賊団の物見がいたらどうにもならないが、それはないとユウは考えていた。街道を行く人々が水を汲みに川へ向かうと見つかってしまうからである。
ようやく安全に討伐隊などの様子を見に行けるところまでやって来たユウは土手を降りきって河原を歩いた。たまに土手の斜面を上がってちらりと街道とその周辺を見て回る。
何度かそれを繰り返していると、ユウは河原で嫌なものを見つけた。裸の遺体だ。身ぐるみを剥がされているのではっきりとしないが行商人か旅人のようである。
襲撃現場が近いことを悟ったユウは土手の斜面を登って街道の様子を窺った。すると、南の方に同じく身ぐるみを剥がされた遺体がいくつもあるのを目にする。数えると10人分あった。残りは散り散りに逃げたのだろう。河原の遺体の様子からすると何人も生き残れなかったことは推測できてしまうが。
再び河原へと降りたユウは更に南へと足を運ぶ。河原には身ぐるみを剥がされた遺体がたまにあった。進むに従って体が鍛えられている様子から兵士だったことがわかる。
結構歩いた末に、河原に遺体がいくつもある場所にたどり着いた。いずれも裸だ。夏の日差しをまともに浴びているので傷むのは早いだろう。
嫌な想像をして少し顔をしかめたユウは土手の斜面を登った。少しだけ頭を出して街道の様子を窺うといくつもの遺体が広い範囲に倒れている。全員裸なので騎士がどれなのかもわからない。ただ、馬がいないことから持ち去られていることはわかった。
数を数え終わったユウが小さくため息をつく。
「31人か。結構多いけれど、盗賊側だって何人かは死んでいるだろうし、全部が兵士だとは限らないか。ああそうか、それに南に逃げた兵士もいるはず」
独り言をつぶやいていたユウは自分の言葉で見落としていた観点に気付いた。河原の遺体の数を数えた上で更にウォダリーの町側へと進んでゆく。すると、更にいくつかの裸の遺体を発見した。
実に気の滅入る確認作業を終えたユウは元来た経路を引き返す。今のところ盗賊の影はまったく見当たらない。遺体の様子から戦利品を得て根城に帰ったのだと推測できる。
最初に森から川岸まで突っ切ってきた場所まで戻ると、ユウは周囲を確認してから腰をかがめて今度は森へと逆に突っ切った。それから仲間が潜む場所に帰る。
「ただいま。見て来たよ」
「どうだった?」
「この先には身ぐるみを剥がされた遺体しかなかった。盗賊の姿もなかったから、恐らく戦利品を抱えて根城に引き上げたんだろうね」
「ということは、行けそうなのか?」
「そう見える。それじゃ、これからのことを話し合おうかな」
話ながらユウはヴィンセントたちに顔を向けた。商売人たちの真剣な顔が向けられる。
「今トリスタンに言った通り、この先に盗賊団はもういなかった。森の中は確認していないから断言はできないけれど、たぶん物見もいないんじゃないかな。でも、油断できないから見られているという前提でこれからの行動方針を伝えるよ」
「わかりました。それで、どうするんですか?」
「今から早めの昼食を食べて、それから一旦境界の川の河原へと降りる。そこからウォダリーの町を目指して歩くんだけれども、今夜は一晩中歩くんだ」
「え、夜も歩くんですか?」
「さっきも言ったけれど、本当に盗賊が今この辺りを見張っていないという保証はないんだ。だから、早く盗賊団の縄張りの外に出る必要がある。寝ているところを盗賊団に襲われたくないでしょ?」
問いかけられた行商人全員が反論してこないことにユウは満足した。異常な状況での強行軍はつらいが、今はそれが必要な時期だ。行商人にも我慢してもらわないといけない。
ユウは言葉を続ける。
「この場所を通り抜けたら盗賊団はもう襲って来ないだろうから、それまで我慢してほしい。ウォダリーの町で儲けるためにはまず生き残らないといけないからね」
「確かにそうですね。それに2人に任せると約束したんです。言われたことはやりますよ」
「ありがとう。一緒に生きて次の町にたどり着こう」
話が終わるとユウたち6人はすぐに食事を始めた。これから1昼夜はろくに休めないのだ。腹だけでも満たしておく必要があった。
手早く昼食を済ませると全員が立ち上がる。荷物を背負うとユウを先頭に森の端に沿って北へと進んだ。目立たないように森の内側を歩き、先程ユウが河原に向かって突っ切った地点までやって来る。そこから順番に1人ずつ森の端から河原へと移った。全員が河原へと降りると、最後にユウが土手の斜面を登って街道と森の端の様子を窺う。
異常がないことを確認したユウは一列になって土手沿いに河原を歩き始めた。次いでヴィンセントたち行商人、最後尾にトリスタンが続く。
厳しい日差しが降り注ぐ中、6人は黙々と歩いた。河原に転がる全裸の遺体が目に入ると行商人たちが顔をしかめたり背けたりする。しかし、歩みは止めない。
その辺りからユウは仲間を一旦停止させては土手の上を確認する作業を繰り返すようになった。最も危険な場所なので異変はすぐにでも察知する必要がある。
最も緊張する場所は夕方までに切り抜けることができた。遺体を見かけなくなった辺りでユウが振り向いて仲間に声をかける。
「昨日の襲撃現場はもう通り過ぎたから、とりあえずは大丈夫だと思う。でも、まだ盗賊団の縄張りではあるから、ここからは明日の朝まで歩き続けるからね」
「夜は暗くて歩けないんじゃないですか?」
「空の様子から今晩も晴れるはずだから月明かりで足元は見えるよ。だから松明も必要ないからね」
「足をくじかないように気を付けますよ」
諦めたかのような笑顔を浮かべたヴィンセントにユウはうなずいた。まだ踏ん張りどころは続くのだ。最低後一晩は頑張ってもらわないといけない。
行商人たちの承諾を得たユウは再び歩いた。短い時間の休憩は何度も入れるがそれだけで進み続ける。それは日が暮れても変わらない。
日没後の風景は昼間と違って不安が増す。しかし、頼りなくとも降り注ぐ月明かりが足元を照らしてくれるおかげで歩くことはできた。更に昼間と違って日差しに悩まされることがない点が行商人たちを励ます。
こうして一歩ずつ盗賊団の縄張りから遠ざかってゆく一行だったが、夜半を過ぎるとさすがにヴィンセントたち行商人の疲労が濃くなってきた。睡眠不足が顕在化してきたのだ。小休憩の度に誰かが意識を落としてユウかトリスタンに起こされる。ただ、どちらも行商人たちを怒りはしなかった。慣れないとこんなものだからと知っているからだ。
明け方になる頃にはヴィンセントたち行商人はすっかり疲れ果てていた。もう何度目かわからない小休憩に入るとぐったりとする。
その様子を尻目にユウは土手の上の様子を窺った。平和な光景が広がっている。危険はなさそうに見えた。
土手の斜面を降りたユウが仲間に告げる。
「もう大丈夫でしょう。盗賊団が姿を現すことはないはず。これから森の端まで行って昼まで寝てもらうよ。あと少しだから頑張って。ここで寝たら駄目だよ」
その言葉を聞いたヴィンセントたち行商人の緊張が一気に解けた。トリスタンさえも肩の力を抜く。
目の前の様子を見ていたユウは苦笑いした。




