西端の港町
行商人と共に隊商と同行する旅も終わりを告げた。バウニーの町の郊外に到着すると隊商が原っぱに入る。ある程度進んだところで停まると、ヴィンセントたち行商人が商隊長に挨拶をした。いくらかの話をした後、行商人たちは隊商から離れる。
ユウとトリスタンもその後に続いた。そうして街道に入ったところで行商人たちと一緒に立ち止まり、ヴィンセントの言葉に耳を傾ける。
「皆さんお疲れ様です。目的地に着きましたんで、これにて解散しましょう」
その挨拶を皮切りに行商人たちはそれぞれに別れの言葉を伝えると散って行った。大きな荷物を背負った後ろ姿は遠くでも目立つが、それでもやがて雑踏の中に消えてゆく。
残ったのはユウとトリスタン、それにヴィンセントだ。
てっきりヴィンセントも立ち去ると思っていたユウは意外そうにその行商人を眺めていた。すると、当人から顔を向けられる。
「ユウ、トリスタン、これから一緒に夕飯でもどうですか?」
「僕はいいよ。トリスタンは?」
「俺もいいぞ。早く酒場に行こうぜ」
全員の意見が揃ったところでユウたちは歓楽街に向かった。町のことを知っているヴィンセントの案内で酒場に入り、テーブル席に座る。客の入りは多いので周囲が騒がしい。
給仕女に注文を終えるとヴィンセントが口を開く。
「改めて、ユウ、トリスタン、今回はありがとうございます。おかげでかなり快適な移動でしたよ。また機会があれば是非お願いしたいですね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、僕たちとしては依頼があった方が嬉しいんだよね」
「確かに! こりゃ失礼しました。それじゃ、オレがもっと稼いで荷馬車持ちになったらということにしましょう」
笑いながら話をしていると給仕女が料理と酒を運んできた。それを機に3人は一旦食べることに集中する。久しぶりの真っ当な料理はとても旨い。
しかし、沈黙は長く続かなかった。トリスタンがヴィンセントに問いかける。
「ヴィンセントはこれからここで商売をして、その後はどこに行くつもりなんだ?」
「オレはウォダリーの町経由でレゴンの町へ行くつもりです。それからまたウェスモの町に行ってぐるぐると回ることもあるんですよ」
「へぇ、この辺りを巡っているわけか」
「たまにトレジャーの町へ行ったり、ドリッシュの町にも行ったりしますけど」
「ドリッシュの町? どこにあるんだ?」
「レゴンの町から東に行った所です。二股鎌の山脈の麓にある町で、鉱石と干物の交易が盛んなんです」
「変な組み合わせだな」
「鉱石は鉱山のあるインクルの町から運ばれて、干物は南の方のビギャットの町から運ばれてくるんです。この干物がまたでっかいんですよ」
そこからヴィンセントの干物についての話が始まった。大魚の湖で捕れる魚は他よりも倍以上の大きさがあるのでそれだけ大きくなるという説明にトリスタンは興味を引かれた様子だ。
脇で話し込む2人を見てユウはその魚のことを思い出していた。旅を始めたばかりの頃に寄った町でその魚を食べた記憶がある。味は普通の魚と変わらなかったはずだ。
懐かしい味を1人思い返していると、今度はユウがヴィンセントに話しかけられる。
「ユウはこの後アドヴェントの町へ行くんですよね? でしたらウォダリーの町まで一緒に行きませんか?」
「そうだね、良いかもしれない。ただ、1度冒険者ギルドで仕事があるか探させてくれないかな。たぶんないんだろうけれど、確認しておきたいんだ」
「あー、仕事があったらそっちの方がいいですもんね。わかりました。それじゃ、明日の夕方にもう1回聞きます」
「そうして。あると良いんだけれどなぁ」
それから3人の話題は別のもに移った。面白い話や夢のある話が多いのでしゃべっていてとても楽しい。だから食事も進む。
あるとき、ユウが給仕女に注文したエールを硬貨と交換で受け取った。その直後、ヴィンセントから問われる。
「ユウ、前から使ってる通貨はスタースのばっかりですよね」
「そうだよ。ここの国のものだけれど、それがどうかしたの?」
「故郷の通貨は使わないのかなって思ったんですよ。知っていたら失礼な話なんですが、トレジャー通貨なら西方辺境の北側のどこでも使えますからね」
「え?」
木製のジョッキを持ったままユウは固まった。今持っている通貨をどうするべきかということには気を配っていたユウだったが、それがトレジャー通貨にまでは繋がっていなかったのだ。最近では珍しい見落としである。余程故郷に帰るということにだけ目が向いていたらしいことに気付いた。
この後、ユウはヴィンセントからスタース通貨とトレジャー通貨について使える地域を教えてもらう。スタース王国からトレジャー辺境伯領の範囲ならばどの自治領でも両方使えるとのことだった。つまり、今ユウが持っている通貨はそのまま使えるわけである。
「そうだったんだ。同じ西方辺境でも北側のことは全然知らなかったよ」
「普段寄らない場所だったらまぁそんなもんですよね」
「故郷を離れたときに持っていた通貨がまだ手元に残っているんだけれど、そうなるとアドヴェントの町に行く前から使えるんだ」
「その通りです。そっちからきた商売人がたまに使ってるのを見ますからね。それと、ここウォダリーの町ではバウニー鉄貨が使えるのを覚えておくと便利ですよ」
「え? この町の鉄貨が使えるの?」
「あの町は自治領なんですが、自分たちだけで通貨を発行する力がないからです。経済的にスタース王国の傘下みたいになってますが、オレたちにとっちゃそんなことは関係ありませんからね。その便利さを活用させてもらうだけです」
「ということは、この町を出るまでに鉄貨を使い切らなくても良いんだ」
「そうですね。ちなみに、レゴンの町はウェスモの町の鉄貨が使えるんですよ。おかしな話ですよね。スタース王国内の各町はそれぞれ個別に鉄貨を発行して別の町では使えないのに、国外の自治領では鉄貨が使えるんですから。ま、この辺りは政治の話になるんでしょうから、オレたちにはどうにもならないことですけど」
しゃべりきったヴィンセントが最後に肩をすくめた。それから木製のジョッキに口を付ける。
各町の通貨事情を教えてもらったユウは最初目を丸くしていたが、最後は目を輝かせていた。これで安心して先に進めると喜ぶ。
「良いことを聞いたな。ありがとう、ヴィンセント」
「このくらい大したことじゃないですって。それより、オレがアドヴェントの町に行ったときはよろしく」
「商売のことでよろしくできるとは思えないけれど、何かあれば力になるよ」
「そりゃ頼もしいです」
機嫌良く木製のジョッキを傾けるヴィンセントを見ながらユウは肉を口に入れた。少し冷めているが溢れる肉汁が旨い。
今しばらくの同行を約束した3人はこの後も楽しく食事を続けた。
翌朝、ユウは日の出と共に目が覚めた。この頃になると安宿の大部屋内は次の町へと出発する旅人や商売人が出払って落ち着いている。
寝台から立ち上がったユウは背伸びした。今日も一日暑そうな雰囲気である。トリスタンは横にいない。昨晩ヴィンセントと娼館に向かったからだ。夕食時の最後の話題で盛り上がったからである。
三の刻の鐘が鳴るとユウは安宿を出た。そのまままっすぐ冒険者ギルド城外支所へと向かう。
石造りのしっかりとした建物の中に入ると多数の冒険者がいた。結構な盛況ぶりにユウは驚く。
受付カウンターに続く行列に並んだユウはやることもないので周囲の声に耳を傾けた。すると、仕事は割とあるらしいことがわかる。ただし、畑や森での仕事に開拓村の護衛、他には船舶関係の仕事ばかりだ。陸路で他の町に行く仕事は今のところ聞かない。
この町も同じだと肩を落としたユウだったが、駄目だったとしてもそこまで困っていなかった。ヴィンセントが行商人を集めてくれれば旅の食費は最低でも浮くからだ。
順番が回ってきたユウは受付係の前に立つと口を開く。
「昨日この町にやって来た冒険者なんですけれど、確認したいことがあるんです。知り合った行商人からこの町やウォダリーの町でトレジャー通貨が使えると聞いたんですけれど、ほんとうですか?」
「事実だよ。お互いに交易が盛んだから、相手の通貨を使わないとやってられないんだ。ああでも、ここだと例えばスタース銀貨10枚でトレジャー金貨1枚っていうような変則的な交換はしてないからね。そういうのはウォダリーの町かレゴンの町でやってくれ」
聞いていないことを話してもらったユウは驚いた。よくあることなので先に忠告をしたのだろうと推測する。何にせよ、またひとつ知識を手に入れた。
ユウは受付カウンター越しに無言で受付係にうなずいた。




