辺境を巡る行商人(後)
未来ある行商人と楽しく語った翌朝、ユウとトリスタンは日の出と共に目覚めた。特に用事のない日なので安宿の寝台でごろごろとする。
春や秋ならば昼頃までそうしていても良かったのだが、真夏に向かって日々暑苦しくなってきている最近だとそれも難しい。しかも、森の中に町があるせいか湿気も結構ある。これでは寝台でゆっくりとできない。
三の刻には寝台から離れた2人は外出の準備を済ませて安宿を出る。行き先は冒険者ギルド城外支所だ。まずは大切なことを確認しておかないといけない。
石造りのしっかりとした建物に入ると冒険者が何人もいた。その様子から仕事はあるらしいことがわかる。
2人は受付カウンターに続く行列に並んだ。室内のこもった熱さで汗をかきながら待ってから受付係の前に立つ。
「おはようございます。昨日この町に着いた冒険者なんですけれども、隊商や荷馬車の護衛か護衛兼人足の仕事なんてありますか?」
「護衛は傭兵の仕事だよ。冒険者の仕事は畑か森だ」
「畑ですか? もしかして、やって来た獣を追い払うとか」
「そうそう、そういうやつだ。特に森の側にある畑なんかは被害が大きいからね。結構需要があるんだよ。逆に町に近い畑だと、作物を盗みに来る人間相手になるけど」
「人間相手だったら傭兵の仕事にも思えますけれど」
「あいつら、畑関係の仕事はイヤらしいんだ。えり好みできて結構なことさ」
力なく笑った受付係が肩をすくめた。先日森の中で見た傭兵崩れなどが畑の警備をすれば良いように思えるが、現実にはそのような流れにはなっていない。
続いてトリスタンが横から受付係に声をかける。
「森の仕事っていうのはどんなものがあるんだ?」
「獣や魔物の駆除だね。畑にやって来る前に片付けてしまうわけだ。他にも薬草の採取の護衛もある」
「なるほどな」
「他にも、開拓村の警護という仕事もある。これは年単位の仕事になるが」
「それこそ傭兵の仕事、でもないか」
「森の中だと獣や魔物の方がはるかにたくさん出てくるからね。村が安定してくると戦士団が常駐するようになるから、それまでの繋ぎという形だ」
思ったよりも多彩な仕事があることにユウとトリスタンは少し感心した。冒険者を数多く見かけるのも納得だ。
しかし、いずれもウェスモの町で働くための仕事ばかりである。2人が今ほしいのは別の町に行く仕事だ。そのため、2人にとっては仕事がない状態と変わりがない。
この後いくつか質問してみたが成果はなかったので、2人は仕方なく城外支所の建物から出る。予想できたことだがやはりつらい。
通りを歩くトリスタンがため息をつく。
「別の町に行く開拓団の護衛の依頼もないなんてなぁ」
「今のウェスモの町が積極的に周りを開墾しているから、開拓民に出ていかれるなんてとんでもないって言われると、確かにその通りだとしか言えないよね」
「今度はまた徒歩の集団に混じって歩くことになりそうだな」
「そうだね。こうなるともう仕方ないよ」
「となると、開き直るか。よし、町にいる間は遊ぶぞ! 賭場に行くか!」
「あ、僕市場に行くよ。昨日酒場で聞いた果汁を飲みたいんだ」
意見が分かれた2人は合流する場所と時間を決めてから途中で別れた。ユウはそのまま南門側にある市場へと向かう。
どこの町にでも市場はあるが、それはウェスモの町も変わらない。そして、店舗は少なく屋台や露店が多いのも同じだ。野菜、串肉、果汁、スープ、小間物、古着、靴、鍋、刃物、雑貨など、自らが売れる物を広げて客を呼び込んでいる。
その中をユウはゆっくりと歩いていった。目当ての果汁売りの屋台はまだ見つけられていないが、既に串肉をひとつ買って食べている。何の肉なのかよくわからないという点に目をつむれば、なかなか旨いと評価できる味だ。
特に目的もなくユウが楽しみながら屋台の通りを歩いていると、正面から見覚えのある人物が歩いてきた。昨晩酒場で語り合ったヴィンセントである。
「ヴィンセントじゃないの」
「あれ? ユウですか。こりゃまた珍しい所で会うもんですね」
「そうだね。何をしているのかな?」
「ちょいと朝飯がてらに屋台のもんを摘まんで、今から仕事ですよ。次の町で売るための品を仕入れるんです」
「へぇ、そうなんだ。次の町って、ここからだとバウニーの町かレゴンの町、それともフロンの町かな?」
「ありゃ、言ってませんでしたっけ? 次はバウニーの町に行く予定なんですよ」
「確か港町だったよね。一番西側にあるっていう」
「そうです。海の幸が旨いんですよね、あそこ。だからってわけじゃないですが、次の予定地はそこなんですよ。ユウはここからアドヴェントの町に行くんですよね。バウニーの町かレゴンの町、どっちに向かうんです?」
「まだ決めていないんだ。冒険者ギルドで他の町に行く仕事を探してもないって言われたから、どうしようか考えているんだ」
「ほう、そうですか」
話が長くなりそうな予感がした2人は路地の端に寄った。それから雑談を続けたのだが、ユウの話を聞いたヴィンセントが少し真剣なものに変わる。
「でしたら、ちょっと提案があるんですが、考えてくれませんか?」
「どんな提案なの?」
「オレら行商人も同じ方角に進むときはみんな固まって行くことが多いんですよ。ただ、それだとそこいらの徒歩の集団と大して変わらないんですが、そこにユウとトリスタンが一緒に来てくれるとなると心強いなって思ったんです」
「ああなるほど、護衛代わりなんだね。いや、実質護衛かな」
「まぁそうですね。ですからタダとは言いませんよ。旅の間の護衛料として3度の食事はこっちで提供します。ただ、金銭まではちょっと勘弁してください。オレらの手持ちじゃ苦しいんで」
突然の提案にユウは驚いた。しかし、今度こそ仕事なしで旅をすると思っていただけに、旅の間の食事代が浮くという条件は悪くないように思える。金銭がないのは残念だが、無報酬で食費も全額負担というよりかはましだ。どのみち夜の見張り番は避けられないのだから。
色々と考えたユウがヴィンセントに返事をする。
「僕としては悪くない提案だと思う。でも、相棒のトリスタンにも相談させてほしいんだ」
「もちろんですよ。トリスタンは今どこにいるんです?」
「賭場のどこかだと思う。でも、夕飯のときに合流する予定だから、そのときにまた一緒に食べに行かない?」
「いいですねぇ、そうしましょう!」
待ち合わせの場所と時間を教えたユウはヴィンセントとその場で別れた。この件は一旦保留となり、再び歩き始める。
今度こそ目的の果汁売りの屋台を見つけるため、ユウは屋台の集まる一角を探し回った。
六の刻の鐘が鳴る頃に3人は冒険者ギルドの前に集まった。最初はユウ、次はトリスタン、そして最後がヴィンセントだ。この行商人がやって来ることにトリスタンは驚いたが、ユウが説明するとすぐに承知する。
3人は昨晩とは別の酒場で今度はテーブル席に座った。注文した料理と酒がやって来ると手を付け始める。
そうして食べながら市場での話をユウがトリスタンに説明した。口を動かしながら考える相棒へ更に声をかける。
「どうかな?」
「う~ん、前の開拓団の依頼よりも条件が悪くなっているのは気付いているんだよな」
「もちろんだよ。ただ、あっちはギルド経由の正式な依頼だから一般的な相場と比べて考えるべきだけれど、これは同じ町に行く者同士の助け合いなんだ。自分の出せる物を出し合って補い合うんだよ」
「この場合だと、俺たちが戦力、ヴィンセント側が3度の飯を出すわけか」
「そうだね」
「なるほど、仕事じゃなくて相互互助か。それなら3度の飯だけでも充分か。となると、討伐報酬はなしで、戦利品はこっちの物ということでいいのか、ヴィンセント?」
「ええ、もちろんそれで構いませんよ」
目を向けたトリスタンにヴィンセントが笑顔でうなずいた。その顔を見たトリスタンがうなずく。
「だったらいいんじゃないか。旅の道連れ同士、仲良くしようということなんだから」
「ありがとうございます! 明日、同行者にも早速伝えておきますよ」
「それと、ユウ、どうせなら今回も前の開拓団のときと同じようにしたらどうだ?」
「もしかして、隊商に同行を申し出るってやつ?」
「そうそう。あれならもっと安心して旅ができるだろう? まぁ、無報酬で護衛をしているみたいでちょっともやもやとするが」
「どうせ僕たちとヴィンセントたちだけでもやることは変わらないからね。良いんじゃないかな」
相棒の提案を受けたユウがヴィンセントにこの件を説明した。すると、行商人は喜んで隊商との交渉を引き受けてくれる。
ようやく話がまとまった3人は、この後も夕食を楽しんだ。




