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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第27章 故郷への帰路
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辺境を巡る行商人(前)

 傭兵崩れの集団に行く手を阻まれて護衛の押し売りをされかけた隊商と開拓団の集団は冒険者の活躍で難を逃れることができた。その後の旅は魔物に1度襲われたこと以外は順調に進む。


 そうして8日後、昼辺りから森を抜けた一行は一面に広がる畑を目にしながら探索者の街道を西へと向かい続けた。夕方にはウェスモの町の郊外に差しかかる。ここからの街道の両脇は畑ではなく原っぱだ。


 ある程度町に近づくと隊商は街道の右側の原っぱに、開拓団は左側の原っぱに移った。互いに簡単な挨拶をして別れる。


 ユウとトリスタンは開拓団について街道の左側に逸れた。開拓希望者たちが次々と止まり、粗末な天幕の設営に取りかかる。


「やっと終わったね」


「そうだな。何て言うか、微妙な仕事だったな。結果的には無事だったわけだが」


「まぁ、路銀の足しになったと思うことにしよう」


 開拓団の面々が野営の準備をしているのを眺めながら2人はうなずき合った。やはり荷馬車の護衛が良いと改めて強く思う。


 改めて思いを強くしたところでユウとトリスタンはオズワルドに会いに行った。パーシーとレイフの3人と話しているところに近づく。


「オズワルドさん、報酬をもらいに来ました」


「2人とも待ってた。今回は本当にありがとう。おかげで犠牲を出さずにここまでやって来ることができた。これが今回の報酬だ」


「ありがとうございます。確かにありますね」


「ユウ、この前はすごかったな! トリスタンと2人で5人をあっという間に倒すなんてよ! いやぁ、見ていて気持ち良かったぜ!」


 脇でオズワルドとの話を聞いていたパーシーが声をかけてきた。褒められたユウとトリスタンは笑顔を浮かべる。


「僕たちもそうですけれど、レイフがとっさにあの傭兵団の団長を倒したのも良かったですよ。あれのおかげでみんな逃げちゃいましたから」


「やるなら今しかねぇと思ったんだよ。あいつ、完全にオレのことなんて忘れていたからな。楽勝だったぜ」


「この様子ですと、これからの開拓団の護衛も安心ですね」


「任せておけ。しっかり守ってやるさ!」


 ユウの言葉に気を良くしたレイフが胸を叩いた。それを見ていたオズワルドが満足げに笑う。


 その後更に雑談をしてからユウとトリスタンは開拓団の天幕群を後にした。最後にサムとすれ違ったときに別れの言葉を交わして歓楽街へと向かう。


 町の中から鐘の音が鳴り響いた。六の刻になったわけだが、1日の終わりだけあって歓楽街は盛況だ。仕事から解放された人々が嬉しそうに往来している。


 先程この町にやって来たばかりの2人は酒場をいくつか見た後、良さそうに思えた1軒に入った。テーブル席はほぼ埋まっている。


 2つ連なって空いているカウンター席に座るとユウたちは給仕女に料理と酒を注文した。待っている間は話をして時間を潰す。


「あー疲れた。守る人の数が多いと大変だよね」


「まったくだ。今度護衛を引き受けるときは、もっと人数が少ない依頼をうけようぜ」


「そうなると、開拓団の依頼はしばらくなしだね」


「あれはしばらくいい。というか、依頼料の低い仕事はもうしたくないな」


「路銀の足しにするつもりで引き受けたんだから仕方ないじゃない」


「仕事をせずに歩くと結構金がかかるのはわかっているんだが、やっぱり面倒だなぁ」


 次第に愚痴のような話になってきたところで給仕女が注文の品を運んできた。並べられた料理と酒を見た2人は喜んで手を付ける。開拓団の護衛では粗食だっただけにいつもより旨く感じられた。


 2人が久しぶりの真っ当な食事に舌鼓を打っていると、背後の奥が騒がしくなったことに気付く。口に物を入れたままほぼ同時に振り返ると、店の真ん中辺りで口論が起きていた。大きな声な上に周囲が黙って注目しているのでよく聞こえる。肩がぶつかった謝っていないというよくある理由が原因のようだ。


 口の中の物を飲み込んだトリスタンがユウに話しかける。


「あれ、殴り合いになりそうだな」


「こっちに来ないといんだけれど。あ、みんなテーブルを寄せ始めた」


 カウンター席で2人が話をしている間にも事態は推移していた。口論から睨み合いに移った中心の男2人の様子から周囲がテーブルごと離れ始めたのだ。どこの町でも客層が似ていると考えていることも行動することに変わらないようである。


 間もなく喧嘩が始まった。周囲に人々が集まり、男2人を囃し立てる。実力は均衡しているようで良い勝負となり、賭け共々盛況だ。


 食事の片手間にその喧嘩を見ていたユウはやがて飽きて食事に集中した。自分の所に吹っ飛んでくる可能性もあまりなさそうなので安心したという理由もある。


 そのうち大きな歓声と罵声が店内に響き渡った。勝負がついたのだ。隣の席に目を向けるとトリスタンが見知らぬ男と騒いでいる。喧嘩の観戦でよくあることだ。大半はその場限りの付き合いなのでもうすぐ別れるだろうと残った料理に再び目を向ける。


 それに合わせるかのようにトリスタンもカウンターへと向き直った。随分と楽しんだ様子である。


 料理をほとんど片付けたユウは木製のジョッキを傾けた。そんなユウにトリスタンが楽しそうに話しかけてくる。


「いやぁ、なかなかの名勝負だったぜ。喧嘩って見ている分には楽しいんだよなぁ」


「やるのは本当に最悪だよね。特に食べている途中に突っ込んでこられると」


「はは、あったなぁ、そういうの。あれは俺も勘弁してほしいもんだ。ところで、ユウ、こいつを紹介しよう。さっきそこで一緒に喧嘩を見ていたヴィンセントだ」


「こんばんは! 久しぶりにスカッとしましたよ!」


「え? あ、はい。ユウです。どうも」


 喧嘩の観戦の余韻が覚めやらぬままの勢いで挨拶をされたユウは面食らった。トリスタンの向こう側の席に座る若い男がにかっと笑っている。どうやら同席することになったらしい。これも珍しくない光景だ。


 何を話して良いのかわからないユウはとりあえず質問をする。


「ヴィンセントは喧嘩が好きなの?」


「やるのは嫌いですよ。オレは弱いし、あんなの痛いだけだですし。でも見るのは最高」


「ああ、そうなんだ。だからさっき盛り上がっていたんだね」


「そうなんです! ユウは喧嘩は好きなんですか?」


「好きじゃないよ。あんなの痛くてしんどいだけだからやりたくないな」


「ですよねぇ。ああ良かった、気が合う人で」


 一旦口を閉じたヴィンセントは持っていた木製のジョッキに口を付けた。そのまま傾けて旨そうに喉を鳴らす。


 そこからはトリスタンも交えて3人での会話が始まった。ヴィンセントは西方辺境を回る行商人だそうで、基本的にはスタース王国を中心に渡り歩いているという。町から町を渡り歩いているので売買する品物は割と手広くしており、その時々で儲かりそうな物を仕入れては売っているのだそうだ。今はウェスモの町で荷を売り払ったばかりなので、今度はどこ向けの品物を仕入れようか考えている最中なのだという。


 ヴィンセントの話が終わると次はユウとトリスタンの話だ。もう何度も話していることなので割と滑らかに口から出てくる。ユウの場合は大体受けるところは冒険譚なのでそこを話すわけだが、相手が行商人の場合は金が儲かる話をした方が受けた。そのため、魔窟(ダンジョン)での魔石稼ぎや魔塩の採掘、それに地下遺跡での発掘品の話をする。この図は当たり、ヴィンセントの食いつきは良かった。もちろん、古代人関係など面倒な話は省略である。


「まぁ、こんな感じかな」


「すごいですねぇ! オレも一枚噛みたかったなぁ」


「その場にいたらね。でも、大陸北部の北の島や大陸の反対側だから」


「簡単には行けないなぁ。この辺りでも何かおいしい話はないですかね?」


「あったらとうの昔にやっているよ」


「ですよねぇ!」


 悔しさと苦々しさの混じった笑顔を浮かべたヴィンセントが大きなため息をついた。それから木製のジョッキを傾け、空になると給仕女に注文する。


「オレはね、今はこんな感じですけど、そのうち大きく儲けるような仕事をしてがっつり稼ぎたいんですよ。そして、いずれはどこかの町の中で店を構えてやるんです」


「行商人からよく聞く夢だよね。でも、かなり稼がないといけないんじゃないの?」


「そうなんですよ! 行商をやってるだけじゃなかなかね。だから何かいい話があればおしえてください。一緒に儲けましょう!」


 すっかり顔を赤くしているヴィンセントを見てユウとトリスタンは落ち着かせようとした。冒険者は冒険者で別の稼ぎ方になるわけだが、酔っ払い相手にそんなことを真面目に諭しても意味はないので適当にあしらう。ただ、夢を語る人を見ているのは楽しい。


 その後も3人は杯を重ね、夜遅くまで未来のある話で酒の席を楽しんだ。

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― 新着の感想 ―
前の話もそうですが、なろうではこういった話の通じる商人や貴族とのめぐり逢いって、かなり初期に起こるイベントだと思いますが、800話も超えた2週目でやっと貧民以外の人達と関わるようになるとは… ユウの人…
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