開拓団の護衛
紹介状を書いてもらったユウとトリスタンは町の郊外へと出向いた。南門側の原っぱの西側に固まっている粗末な天幕の集まりが目的の集団である。
微妙な顔をする相棒を引き連れたユウは天幕の近くで話をしている3人に近づいた。自分たちが随分と警戒されていることを不思議に思いつつも声をかける。
「開拓団の護衛について話を聞きに来た冒険者のユウとトリスタンです。代表のオズワルドさんはいますか?」
「護衛? ああ! 引き受けてくれる人なんですね。良かった」
訪問の理由を告げると明らかに安心した3人を見たユウとトリスタンは首を傾げた。一体何について警戒されていたのかがわからない。
待っていると奥にある粗末で小さな天幕から出てきた中年が近づいて来た。それを機に最初の3人が離れてゆく。
「待たせた。オレがこの開拓団をまとめているオズワルドだ。護衛についての話だと聞いたが、冒険者ギルドに依頼を出した件で合ってるか?」
「そうです。これがその紹介状です」
「確かに。いや良かった。誰も引き受けてくれなくて困ってたんだ」
「ちょっと待ってください。条件の確認と細かい話をこれからしないといけないですよね」
「条件の話と言っても、依頼書に書いてあるとおりだ。オレたちはウェスモの町の北にある森の一角を開拓するために集まったんだ。それで、ウェスモの町までの護衛を頼みたい。条件は日当銅貨2枚で3度のメシはこちらで出す」
「獣や魔物、それに盗賊が出ても討伐報酬はなしで、戦利品はこちらのものですよね」
「そうだ。こっちはみんな貧しくてね。これくらいしか出せないんだ。そのせいで傭兵はもちろん、冒険者もなかなか引き受けてくれなくて、もう1週間もここで待ってるんだ」
「まぁ、この条件だと誰も来ないですよね。赤字になりますから」
苦しそうに語るオズワルドに対してユウは苦笑いをした。相場だと銅貨4枚になるが、最低でも銅貨3枚は支払わないと話にならない。
「それと、討伐報酬がないということは、襲撃してくる魔物や盗賊と積極的に戦う理由が僕たちの方になくなるということは理解できていますよね。さすがに見捨てて逃げるなんてことはしないですけれど、例えば、盗賊たちが財産を差し出すなら命を助けるから冒険者は黙って見ていろって持ちかけられたらかなり迷いますよ」
「それだと契約違反になるだろう」
「正確にはなりますが、日当は相場の半分で討伐報酬もなしとなると、誰も本気で守ってくれないって言いたいんです。だから、今まで誰も引き受けてくれなかったんでしょう? さすがに赤字の仕事で命を賭けろというのはひどすぎますよ。そちらの懐事情は僕たちには関係のないことですし」
「だったら、どうして紹介状を持ってここに来たんだ?」
「僕たちは旅の途中で、たまたまウェスモの町までそちらと道が同じだったんです。最初は仕事なしで歩いて行くつもりだったんですけれど、多少なりとも稼げるのなら引き受けても良いかなって思ってやって来たんです」
ユウが自分の事情を説明するとオズワルドが黙った。難しい顔をして考え込んでいる。相場よりも条件が悪いことを理解しているようだが、一旦引き受けた冒険者は正規料金並に働いてくれると思っていたらしい。
さすがにこの甘さを認めるわけにはいかないユウだったが、その間に色々と考える。条件が合わないから断るというのは簡単だ。しかしその前に、できることがあるかもしれないと思案した。
どちらも黙っているとトリスタンが口を開く。
「オズワルドさん、確認しておきたいことがあるんだ。まず、そっちの開拓団は全員で何人いるんだ?」
「オレを含む10家族25人と狩人1人、それに引退した冒険者が2人だから、合計で28人になる」
「え、引退した冒険者2人だって?」
「そうなんだ。村には守ってくれる人間が必要だろう。オレたちは新しく村を興すから、自分たちで人を用意しないといけないんだ。本当は戦士団が常駐してくれるのが一番だが、あれは村がやっていける目処が付かないと来てくれないからな」
相棒が開拓団の団長と話をしているのを聞いていたユウは、村と戦士団の関係について初めて知って内心で驚いていた。戦士団を設置するのにも費用がかかるのだから仕方のないことだが随分と世知辛い話でもある。
ただ、今の話を知ったユウはひとつひらめいた。それを提案しつつ日当銅貨3枚にしてくれるよう交渉してみる。
「どうですか、オズワルドさん、これならそちらが思っている通りに護衛してもらえますし、これ以上待つ必要はありませんよ」
「それはそうなんだが、日当銅貨3枚っていうのはなぁ」
「討伐報酬についてはこの際諦めます。たぶん、他の冒険者だとこの条件でも受けたがらないでしょうから、もう決めた方が良いですよ。何でしたら、そちらの引退した冒険者2人に聞いてみたらどうですか?」
「わかった。そうさせてくれ」
苦しそうに返答したオズワルドが一旦粗末な天幕の集まりに戻って行った。そうして各天幕内から3人の男たちを呼び出して戻ってくる。今は誰も鎧を身につけていないので誰が冒険者なのかわからない。
連れてきた3人をオズワルドがユウたちに紹介する。
「右からパーシー、レイフ、サムだ。こっちの2人は引退した冒険者で、サムが狩人だ」
「パーシーだ。先日冒険者を引退し、最後の冒険と称して開拓団の護衛を買って出たんだ」
「レイフだ。引退してから、新天地を求めて西方辺境へやって来たんだぜ」
「サムだ。別の村の狩人の息子だが、次男だから別の場所で独り立ちすることにした」
「僕は冒険者のユウ、こっちはトリスタンです」
「さっそくだが、この2人の提案を聞いて妥当かどうか聞いてほしいんだ」
挨拶もそこそこにユウはオズワルドの仲間3人に話を聞かせた。常識的な判断をするならば特に冒険者2人は納得してくれると期待する。
話を終えても最初は誰も口を開かなかった。一様に考え込んでいる。オズワルドをはじめ、ユウもトリスタンもそんな3人を見つめた。
やがて最初にパーシーが口を開く。
「オレはこのユウってヤツの提案は妥当だと思う。これだったらすぐにでも出発できるんじゃないか?」
「やっぱり日当が低すぎたんだよ。討伐報酬がないっていうだけでも相当だからな。特にウラもなさそうだし、このユウの要求と提案を呑んだ方がいい」
2人目のレイフもユウの提案に賛同したことでオズワルドが目を見張った。また、8日の日程で1人当たり銅貨1枚の増額だとしても全部で16枚なので、それを28人で割ると1人当たりの負担は鉄貨60枚にも満たない。毎日フロンの町で足止めされて発生する余計な費用よりもずっと安いのだから払ってしまうべきだともレイフから意見が出る。
冒険者2人からの意見を聞いたオズワルドが難しい顔をする中、唯一黙っていたサムが口を開いた。全員が注目する。
「今の話、この2人を雇わなくてもできるんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれないが、提案を聞いて雇わないっていうのは」
狩人の意見にパーシーが顔をしかめた。レイフも渋い顔をしている。
一方、ユウはオズワルドに目を向けられて苦笑いした。サムのような意見が出てくることは当然承知していたのだ。落ち着いた様子で説明する。
「可能かどうかで言えば可能ですよ。ですから、このまま僕たちを不採用にしてそのまま僕の提案を使ってもらっても構いません」
「何か問題があるんじゃないのか?」
「そうですね。仮に僕たちを雇わずにこの話を持って行った場合、相手がどう考えるか想像してみてください。断られる可能性が高いと思いますよ」
そのままユウが口を閉じるとオズワルドたち4人はそれぞれ考えるそぶりを見せた。
最初に気付いたのはパーシーで、すぐに納得したのはレイフだ。さすがに元冒険者だけあって思い至るのが早い。
表情が硬くなったサムがユウに尋ねる。
「オレたちの仲間2人を護衛にして5人とするのはどうなんだ?」
「相手がそれで納得してくれるのなら良いと思いますよ。ただ、実際に護衛として働くことになりますが、その辺りは大丈夫なんですか? 満足に仕事ができないとわかったら揉めるでしょうし、最悪森の中で見捨てられますよ」
「それは、困るな」
「大体、その2人の武具はどうするんですか? 最低でもそれらしい姿にしないと相手は納得してくれないですよ。木の棒を持たせて護衛だって言い張っても話を聞いてもらえるとは思えませんね」
「わかった。そいうことならオレもあんたの意見に賛成する」
別の道を模索していたサムが認めたことで、オズワルドがようやくユウの提案を受け入れた。こうして契約は成立する。
出発は2日後となった。




