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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第27章 故郷への帰路
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西方辺境の北の玄関口

 狼と盗賊の脅威を目の当たりにした2日後、ユウとトリスタンはフロンの町に到着した。どうにか難を逃れたことに2人とも安心する。


 たどり着いた町はスタース王国の王都であり、同時に西方辺境の陸路での入口のひとつだ。そのため、西方辺境の町にしてはなかなかの大きさを誇っている。


 町の郊外にやって来た2人はまっすぐ街道を進んだ。両側の原っぱには荷馬車の集まりがちらほらと増えてくる。その中に粗末で小さな天幕の集まりがたまに混じっていた。旅人の安宿にすら泊まれない貧民の集団である。そういう者たちは自分たちで何とか居場所を確保するわけだ。しかし、天幕を用意できる者たちはまだましな方である。何も用意できない者たちは貧民街の路地裏などに向かうこともあった。


 そのまま街道を歩いて町の北門側にある貧民街を通り抜け、2人は人の流れに沿って東回りで南門側へと歩く。辺境の川を渡ってきた者たちとも合流し、歓楽街へと足を踏み入れる頃には往来する人々の数は増えていた。


 その様子を見ながらトリスタンがユウに話しかける。


「思ったよりも人がいるな」


「そうだね。なんだか貧しい人たちも明るいような気がする」


「この町ってそんなに景気がいいのか?」


「どうなんだろう。大体どこの辺境の町も人がやって来るのを歓迎するとは聞いているけれど。この町もそうなんじゃないかな」


 様々な人々を見ながらユウは相棒に返答した。西方に限った話ではなく、辺境は基本的にいつも人手不足だ。そのため、短期間に大量にやって来る難民などでない限りは常に歓迎している。フロンの町も同じなのだろうと考えたわけだ。


 とりとめもないことを話しながら2人は歓楽街を歩き、やがて目に付いた酒場に入る。店内には雑多な人々が料理と酒を楽しんでいた。傭兵、冒険者、人足、開拓者、職人、商売人など、辺境で一旗上げようとする人々の目はぎらついている。


 カウンター席に並んで座った2人は給仕女に料理と酒を注文した。それからまた会話を再開する。


「何て言うか、熱気があるよね」


「みんな成功するためにやって来ただろうからな。ユウの故郷もこんな感じなのか?」


「どうだったかな。自分のことで精一杯だったから、よく覚えていないや」


「そうなのか。まぁ、行ってみればわかるか。お、来たぞ」


 2人が話をしている途中で給仕女が注文の品を持ってきた。目の前のカウンターに料理と酒が並べられる。久しぶりのごちそうだ。


 温かい料理を目の前にしたユウとトリスタンは嬉しそうに食事を始めた。




 翌日、2人は宿泊した安宿で朝の間はごろごろとした。先の5日間の旅の疲れが癒えていないからだ。しかし、季節は既に夏なので日の出後は時間の経過と共に暑苦しくなる。


「トリスタン、水浴びしに行かない?」


「水浴びかぁ。体を洗ったり服を洗濯したりするんじゃないのか」


「ついでにやるけれど、今は冷たい水に入りたいんだ」


「そうだな。こんな汗だくになったまま横になっているよりかはましなのは違いない」


 相棒の賛意を得たユウは寝台から起き上がった。そして、荷物を抱えて安宿を出る。


 昼前だったこともあって早めの昼食を酒場で済ませると、その足で辺境の川へと向かった。対岸への渡し場よりも上流である東へと少し歩き、そこで服を脱いで川に入る。


「おお、気持ち良い!」


「冷たいな! でも悪くない。ずっとこうしていたもんだ」


 強い日差しを浴びながら2人は川の中で涼んだ。半ば浮いた形で流れに身を任せているのが気持ち良い。旅の苦労が洗い流されるようである。川の対岸にはフロンの町に続く大中央の街道を進む荷馬車や旅人の姿が見えた。


 次第に体が冷えてきた2人は川から出ると着ていた服を持って入る。そして、川底において踏み始めた。脚を動かす度に水しぶきが飛ぶが裸なので気にならない。


 並んで洗濯しているトリスタンがユウに話しかける。


「どのくらいやるつもりなんだ?」


「あんまり汚れていないから、もうそろそろ終わろうかなって考えているよ」


「それじゃ、さっさと止めようぜ! 夕飯までに乾かさないといけないしな!」


「確かに。ところで、前から聞きたかったことがあるんだけれど」


「なんだ?」


「トリスタンって泳げるの? 泳げるなら教えてほしいんだけれど」


「いや、泳げないぞ。俺は内陸の都市出身だからな」


「ああうん、そうだったね」


 どこで出会ったかを思い出したユウは力なく笑った。海に出るまでかなり歩かないといけなかったことが懐かしい。


 お互いに泳げないことを知った2人は洗った服を河原で干すと同時に自分たちの体も乾かした。こちらは服と違って簡単に乾く。汗が滲んでくると再び川に入った。これを六の刻までのんびりと繰り返す。


 結局、衣服は一部が生乾きだったが、鐘の音を耳にすると着込んで河原を後にした。




 夏の暑さを吹き飛ばした翌日、ユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所へと足を運んだ。石造りのしっかりとした建物の中に入ると結構な盛況ぶりに仕事への期待が高まる。


 受付カウンターの前にはいくつかの行列ができていたので2人は最後尾に並んだ。周囲の話を耳にすると西端の森関連の仕事が多いようである。


「魔物の討伐に、獣から畑を守る仕事か。ユウ、荷馬車の護衛の話は聞かないな」


「たぶんないんだろうね。次の町へ行く何か良い仕事があれば嬉しいんだけれども」


 すべて歩いて進む覚悟はできているユウだったが、稼げるものならばいくらかでも稼ぎたいというのが本音だった。そのため、わずかな希望は今も抱いている。


 結構待ってから2人の番が巡っていた。受付カウンターの前に立つとユウが受付係に話しかける。


「おはようございます。2日前にこの町にやって来た冒険者です。ウェスモの町に行く荷馬車関係の依頼はありますか?」


「荷馬車関係はないね。あれは傭兵と人足の仕事だ」


「でしたら、他に何かウェスモの町へと向かう依頼はありませんか?」


「そんなに言うんだったら、開拓団の護衛の仕事をやってみるか?」


「開拓団の護衛ですか?」


「ああ、この町だとたまにあるんだ。このスタース王国は西端森の中にあって、今も周りの森を斬り倒しては開墾しているところなんだ。それはどこの町でも同じでな、常に人を募集してるんだよ。それで、その募集に応じた連中が各地に行くわけだが、別の町に向かう場合は当然一塊になって向かうことになる。そこで冒険者の出番ってわけさ」


「話を聞いていると傭兵の仕事に思えますね」


「お、なかなか鋭いな。確かにその考えは間違っちゃいない。けどな、場所によっちゃそうとも言えないんだ。例えば、盗賊よりも獣や魔物の方が危険な場所だと冒険者寄りの仕事になるだろう?」


「なるほど。つまり、今から紹介してもらえるのは冒険者向けの護衛っていうことですね」


「まぁ、そうなんだが」


 いままで調子良く語っていた受付係の歯切れが悪くなったことをユウは訝しんだ。やはりそう簡単な話ではないらしい。


「実を言うとな、開拓団の護衛がこっちに回ってくる理由にはもうひとつあるんだ。それは日当が安いっていうときだな」


「ああなるほど。今回はそっちの方なんですか」


「そういうことだ。開拓に志願する連中なんて貧乏人や食えない連中だからな。それでも護衛の費用をひねり出せるんだから優良な連中だよ」


「結局、報酬はいくらになるんですか?」


「日当で銅貨2枚、盗賊や魔物を倒しても討伐報酬はなし、ただし戦利品はすべて自分のものにできる。ああ、3度のメシは出してくれるということだぞ」


 何とも残念な内容にユウは肩を落とした。日当銅貨2枚など旅を始めたばかりの頃を思い出す。しかも、討伐報酬はあったのでまだましだった。傭兵がやりたがらないわけだ。


 ユウはトリスタンへと顔を向ける。


「どうする?」


「徒歩の集団に混ざるよりかはまし、なんだろうな。なぁ、他に依頼はないのか?」


「ウェスモの町に行く仕事は今のところこれだけだな。ちなみに、開拓団の仕事でこっちに回ってくるのは大体こんなもんだぞ。直接森の中に行くやつは別だが」


 トリスタンに声をかけられた受付係が肩をすくめて答えた。


 その態度を見たユウは渋い顔をする。


「トリスタン、待っていても良さそうな依頼は来なさそうだね」


「賑わっているからもっと景気が良いと思っていたが、これか」


「この町の近辺の仕事ならそう悪いもんじゃないぞ。ただ、他の町に出向く仕事がちょっとしょっぱいだけだ」


「そうですか」


 慰めにならない言葉を向けられたユウは失望した。しかし、そのままじっとしているわけにはいかない。


 その後、トリスタンと相談をして紹介状を書いてもらうことにする。徒歩の集団に混じるよりもましという理由だった。

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