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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第27章 故郷への帰路
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再び西方辺境へ

 青空の下、1隻の船が港にゆっくりと入ってきた。それほど大きくない商船だ。桟橋に近づくほど船足は遅くなり、真横に至ったときにぴたりと停まる。その直後、停泊の準備が本格化した。


 停船した頃に最後の作業を終えたユウは炊事担当の船乗りに挨拶をすると倉庫へと向かう。麻縄で縛って固定してある自分の荷物を取りに行くのだ。下船の準備をしていると相棒のトリスタンがやって来る。


「そっちも終わったんだ」


「入港の準備を途中で抜けられたんだよ。でないと、まだしばらく甲板の上だったね」


「でもこれで、やっと西方辺境に戻って来ることができたんだ。長かったなぁ」


「そうはいっても、まだ辺境に来ただけだろう」


「まぁね。実を言うと同じ西方辺境でもこの辺りは初めてだから土地勘は全然ないけれど」


「なんだそれ」


「旅を始めたときは南の方から出て行ったから、北の方は知らないんだよ」


 旅を始めたときのことを思い返しながらユウはトリスタンに理由を話した。出身の村も西方辺境の南側なので北側のことはほとんど知らないのだ。そういう意味では未踏地にやってきたのと変わりない。


 革の鎧を身につけ、背嚢(はいのう)を背負ったユウとトリスタンは倉庫から出た。そのまま甲板に出て船長に挨拶をすると報酬をもらって下船する。


 桟橋の上から港、そして奥にある城壁を2人は目にした。そのこぢんまりとした様子にどちらもしばらく黙る。


「こうやって町を目にすると改めてここまで来たんだって思うよね。西方辺境の港町ロンティ、小さいなぁ」


「最近は都会の港町ばかり見てきたからそう思うよな。小さいのが悪いってわけじゃないけれど、どうしても田舎に思えてしまう」


「ロウィグ市から船を乗り継いできたから尚更田舎に思えてしまうよね。僕はこっちの方が安心するけれど」


「西の果ての出身だもんな」


「それに比べたら、ここだってなかなかの都会だよ」


 感想を言い終えた2人は桟橋を歩き始めた。そのとき、六の刻の鐘が町の中から聞こえてくる。時間の区分で言えばこれから夜になるわけだが、空はまだ青いままだ。この時期のロンティの町だと七の刻を過ぎないと日は暮れない。


 乗っていた船員からロンティの町の歓楽街は南門側にあると聞いていたので、2人は町の東側にある河川の船着き場を通って向かう。


 こぢんまりとした田舎町と認識してしまったせいだろうか、南門側にある歓楽街を見たユウはその街並みを何となく野暮ったいと思ってしまった。むしろこちらの方が安心するくらいなのだが、比較基準が常に都会というのはあまりよろしくないと考えを改める。


 目に付いた酒場に入った2人は店内が盛況なのに少し目を見張った。カウンター席に座って給仕女に注文を済ませると会話を再開する。


「ユウ、ここからお前の故郷ってあとどのくらいかかるんだ?」


「さっきも言ったけれど、この辺は初めてだから知らないんだよ。だから明日、冒険者ギルドで聞いてみようと思うんだ」


「本当に全然わからないのか。だったらそれはいいかな。それより、もうひとつ聞きたいことがあるんだが、ここから先は街道沿いに行くのか? それとも船を使うのか?」


「どっちを使うのかは冒険者ギルドで聞いた話次第になるんだろうけれど、僕としては街道を行きたいな」


「なんでまた? 海路の方が速いと思うが」


「そうなんだけれども、正直海の旅はちょっと飽きてきた。やっぱり揺れない地面の方が安心できるし」


 今では船旅にも船の仕事にもすっかり慣れたユウだが、感覚としては(おか)の人間だった。そのため、どうしても船上生活のどこかに慣れない感じが残ってしまうのだ。


 2人が話をしていると給仕女が料理と酒を運んできた。それを機に話が中断する。どちらも食事に集中した。


 その後、話は別の話題へと移る。いよいよ大詰めを迎えた旅に関する話で2人は盛り上がった。




 翌日、ユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所へと足を運んだ。石造りのしっかりとした建物の中に入ると冒険者たちが何人もいる。


 受付カウンターの前に発生している列に並ぶと2人は屋内を見回した。それからトリスタンが感想を漏らす。


「へぇ、酒場ほどじゃないが、結構人がいるじゃないか」


「都会と違って冒険者にも仕事があるからかな? だったら良いな」


 町の規模の割に冒険者がいることに2人は仕事の多さを期待した。


 やがて自分たちの番がやって来る。受付カウンターの前にユウは立った。目の前ののんきそうな受付係に声をかける。


「おはようございます。昨日この町に来たばかりの冒険者なんですけれども、西に向かう船の仕事はありますか?」


「西に向かう船の仕事ですか? ちょっと待ってください。あー、今はちょうどないですねぇ。バウニーの町へ向かう船はいくつもあるんでしょうが、冒険者に仕事を出してる船長は今いないです」


「待てばそのうち依頼は入ってきますか?」


「そりゃいつかは入ってきますけど、それがいつかはわからないですよ。大体、この町からバウニーの町へ向かう船って、大抵は東隣のナタインの町より東の町で護衛兼船員補助の仕事を募集することが多いんですよ。荷物の積み卸しと積み込みはあっちでやるんで、このロンティの町は通過点なんです。前の町でバウニーの町行きは探さなかったんですか?」


「西に行く船の仕事はないかとは尋ねましたけれど」


「それじゃちょっと曖昧すぎますね。バウニーの町ってはっきりと言っていれば、そっちに行く船の仕事を回してもらえたかもしれないですよ。あるいは、本当にたまたまバウニーの町行きの船の仕事がなかったかもしれないですが」


 回答を聞いたユウとトリスタンは呆然とした。前の町で受付係になんと言ったのかはもうはっきりと覚えていないが、バウニーの町の名前を出した記憶はない。とりあえず西に行ければ何とかなると考えていた2人の失敗だった。


 そうなると次は陸路だ。今度はトリスタンが受付係に話しかける。


「それじゃ、荷馬車の護衛なんかはどうなんだ? 護衛兼人足の仕事でもいいが」


「荷馬車の護衛は傭兵の仕事ですからこっちには回ってこないですよ。護衛兼人足の仕事ですか? 今はちょっとそういうのはないですねぇ」


「え、ないのか?」


 受付係の返答にトリスタンが目を丸くした。予想外の返事だったようで黙り込む。


 その様子を見ていたユウは旅を始めた頃のことを思い出した。故郷から出るときは用意してもらった依頼で護衛をして、以後は傭兵団に入って町から町へと進んで行った。もしかしたら、西方辺境では盗賊と魔物の区別が思った以上にはっきりと分かれているのかもしれない。いずれにせよ、今は望む形の仕事がないことがはっきりとする。


 こうなると歩いて進むしかないわけだが、そうなるとここから故郷まではどのくらいなのかが気になった。ユウは再び受付係へと問いかける。


「ここから街道を進んでアドヴェントの町まで行くとなると、どのくらいかかるかわかりますか?」


「それはまた結構遠い所まで行きますね。アドヴェントの町までですと、1ヵ月半くらいですかね。何事もなく歩き続けたらの話ですが」


「まだ結構かかるんですね」


「同じ西方辺境と言っても、こっちは中央との境であっちは一番奥ですから」


「うーん、わかりました。ありがとうございます」


 さりげなく故郷の方が田舎だと強調されたユウは苦笑いしてうなずいた。そうして受付カウンターから離れる。


「ユウ、どうする。とはいっても、歩くしかなさそうだが」


「だから歩いて行こうと思う。途中で何か良い仕事があればそれを引き受けたら良いんじゃないかな」


「金はかかりそうだな」


「昨日の食事代と宿代の感じだと何とかなると思う。ロウィグ市からの船の仕事で貯めたお金でアドヴェントの町まで行けるんじゃないかな」


「都会よりも安かったからな。だったらいいんじゃないか」


 ざっくりとこれからかかる旅の費用を計算したユウは懐の心配をするトリスタンに何でもない様子で返答した。モーテリア大陸一周の旅もいよいよ大詰めの今、旅路で大きく儲けるつもりはない。稼ぐ打算は帰郷してから考えれば良いのだ。


 その言葉を聞いたトリスタンがユウに別の話題を振り向ける。


「よし、それじゃ先の心配もなくなったし、賭場にでも行くか」


「賭場? あーうん、そうだね。たまには行ってみるかな」


「お、いいね! ユウも行くか!」


 嬉しそうに肩を叩いてくる相棒にユウは苦笑いを返した。城外支所の建物から出た2人は歓楽街へと向かう。


 その日、ユウは夕食のときまで賭場で過ごした。ちまちまと賭けている近くで結構荒れた場で勝敗を繰り返す相棒に少し呆れる。しかし、よそ見をしていたのが悪かったのか、ユウも最後の最後で負けてしまった。

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― 新着の感想 ―
ユウはこれで一周するけど、トリスタンは元の故郷に帰ろうと思うとなると一旦南の砂漠地帯を抜けないといけないね 結局それも遺跡の転移でショートカットしてるところがあるし、トリスタンはユウと一緒のまま落ち着…
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