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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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次に進むための準備

 酒場で3ヵ月ぶりに再会したユウとトリスタンはその場で食事を始めた。ユウは空腹だが胃腸のことを考えて軽めの食事にする。


 注文したエールが届くとユウは一口飲んだ。久しぶりの味に感動する。


「うう、帰ってきたって感じがするなぁ」


「そうだよなぁ。3ヵ月だもんな。その間何をしていたんだ?」


「前半は海の魔物と戦い続けて、後半はひたすら漂流していたよ」


「なんだそれ?」


 怪訝な表情をするトリスタンにユウは出港してから帰って来るまでの経緯を説明した。相棒相手には遠慮はいらないので神殿で体験した不思議なことも伝える。


 聞き終わったトリスタンはため息をついた。それから一口エールを飲むと口を開く。


「最初から最後まで悲惨だな。行かなくて正解だったと思う」


「言葉を返しづらいね。それで、そっちはどうだったの?」


「1週間もしないうちに海の魔物が姿を消してそれっきりだったから、もう1週間後に緊急依頼は解除になったんだ。それからはジーンと組んで依頼をこなして生活費を稼いでいたぜ」


「ジーン。そういえば、ジーンは今どうしているの?」


「あいつは今月から新パーティのメンバーを集め始めているぞ。まだ1人も集まっていないけれどな。もしユウが帰還しなかったら、当面はジーンのパーティで活動する予定だったが」


「今組んでいるんだよね。これからどうするつもりなの?」


「ユウが帰還した時点で抜けることは最初に伝えてあるから心配しなくてもいいぞ。すぐ抜けるかどうかはともかく、揉めることはないな」


 コンビの解消について段取りが決まっていることにユウは安心した。これにより気持ち良く次へと進める。


「だからこっちのことは気にせずしばらくゆっくりと休んだらいいぞ。ああところで、ユウから借りていた戦斧(バトルアックス)を返すよ。ありがとう」


「そういえば貸していたね。あ、僕の方も、荷物を置いていた部屋代を払わないと」


「あれ、結構な額になっているぜ」


「3ヵ月以上の部屋代だもんね。明日渡すよ」


「それじゃ戦斧(バトルアックス)と交換にしようじゃないか」


 木製のジョッキを持ち上げて楽しそうに提案したトリスタンにユウはうなずいた。


 その後、2人は離れていた期間を埋めるように話を続ける。久しぶりに楽しめた酒盛りであった。




 3ヵ月間の航海により臭いがひどいことになっているユウは荷物を預けている宿に泊まれなかった。さすがにこの汚れと臭いは無理だと宿の主人に言われたのだ。そこで仕方なく、貧民の市場近くにある貧しい旅人御用達の安宿で一夜を明かす。貧しい旅人の中には年単位で体を洗っていない者も珍しくない上に異臭がする場合もあるので、今のユウでも泊まれるからだ。田舎の安宿なら一応どこでも泊まれたのに、いつも使っている等級の安宿にさえも宿泊拒否をされたのは衝撃的だった。さすが都会と妙に感じ入ったものである。


 翌日、ユウは荷物を保管している宿の前でトリスタンと待ち合わせた。そこで立て替え費と武器を交換し、更にユウの荷物も持ってきてもらう。苦笑いする相棒と別れるとすぐに古着屋へと向かった。やはりここでも嫌な顔をされたが事情を話して衣服一式を買うことは許してもらう。ただし、鼻がひん曲がるということで値段交渉はほとんどしてもらえなかった。


 ともかく、これで最低限の準備はできた。ユウは古着屋から大流の川へと直行した。体を洗うためだ。河原へとたどり着くと鎧と服を脱いで川に飛び込む。まだ冷たいが春なので我慢できた。体をこすると垢がたくさん出る。なるほど避けられるわけだと納得した。


 心ゆくまで体を洗ったユウは新しい服に着替える。今まで来ていた服はあの航海で各所が傷んで個人で修繕するのは難しい。なので古着屋で処分してもらった。捨て値がついただけましであろう。


 次いでもうひとつ重要な売買をユウはした。硬革鎧(ハードレザー)の買い換えだ。このロウィグ市での防衛戦が始まってから各地で戦ったが、特に海水を何度も被ったことから傷んだ箇所が大きくなってしまったのである。そのため、大金が手に入ったのを良い機会とし、一式丸々買い替えることにしたのだ。単体で見れば今回最も大きな買い物である。


 他にも、せっかく市場に来ているからということで、ユウは水、食料、薬を手に入れた。これで昨日受け取った報酬を半分以上使ったことになる。本当に冒険者は金がかかるとつくづく感じる買い物だった。


 昼頃からのユウは酒場でのんびりと休み、夜はトリスタンと一緒に夕食を食べる。ユウとしてはトリスタンと2人だと思っていたが、ユウに会いたいというジーンの要望でテーブルを3人で囲うことになった。


 給仕女に注文を終えて料理と酒を待つ間、挨拶を交わす。


「本当に久しぶりだね。トリスタンと一緒に活動してくれたって聞いたよ。ありがとう」


「こっちこそ助けられたよ。1人だと受けられない依頼もあるからな」


「ああうん、それはね」


 昔のことを思い出したユウは苦笑いした。一人旅をしていたときはそういう依頼をよく諦めていたものである。


「それより、トリスタンのことなんだけれど、僕が帰ってきたからこっちに戻るって聞いているんだ。それっていつかな?」


「こっちとしては、あと1週間くらい一緒に仕事をさせてほしいんだ。実は1人パーティに入ってくれるっていうヤツがいてね、それがそのくらいなんだ」


「うん、良いんじゃないかな。僕もしばらく休みたいし。あとはトリスタン次第?」


「ユウがいいって言うなら構わないぞ」


「ありがとう、助かるよ! とにかく金を稼がなきゃダメなんだよ、オレ!」


 破顔したジーンが安堵のため息を吐いた。海洋の魔物と戦っているときに欠けた槍の穂先を購入したときの痛手をまだ回復できていないらしい。物価の高騰の恐ろしさを垣間見た感じだ。


 こうして、3人は久しぶりに揃って食事を楽しむ。友人たちと騒ぐ席はとても楽しいものだった。




 当面1人のままということになったユウだが寝床はトリスタンと相部屋に切り替えた。身ぎれいになったユウは拒否できなかった宿の主人が2人部屋の切り替えに応じてくれたのだ。これにより、ユウはこの都市での拠点を手に入れる。


 ようやく落ち着けるようになったユウはその大半を部屋の中で過ごした。主に自伝を書きつつ、たまに武器の手入れをする。他にも足りないものがないか再点検することもあった。外出するのは酒場に行くときくらいだ。


 少し前までの状況が嘘のような穏やかさなわけだが、3日目からは夕食前に冒険者ギルドに寄るようになる。ダレルの伝言を確認するためだ。初回はなかったが、2回目に伝言を受け取る。


 2日後、ユウは六の刻になると指定された酒場へと向かった。トリスタンが戻って来る前日である。


 店内に入るとユウはダレルを探した。すると、カウンター席に座っているのを目にする。


「ダレル船長、久しぶりです」


「来てくれたか、ユウ。こっちに座ってくれ」


 隣に座ったユウは給仕女に注文をしたダレルに話しかける。


「顔色が良くなりましたね」


「まっとうな生活に戻ったんだ。良くもなるさ。お前も、随分とさっぱりしたじゃないか。服を替えたのか?」


「鎧共々総取っ替えですよ。戦いの傷や海水で駄目になったんです」


「それは大変だったな。となると、あの報酬が早速役に立ったわけだ」


「1日で半分以上なくなりましたよ。それでも黒字でしたけれどね」


「そりゃ良かった。依頼した甲斐があったというものだ」


 料理と酒が運ばれてくるとユウはダレルに勧められて食事を始めた。今日は奢りなので好きなだけ飲み食いできる。


「後から思ったんですけれど、あの喧嘩、どの時点かで僕にさせるつもりだったんでしょ」


「はっはっは、何のことかな」


「まぁそれはもう良いですけれど、今回のあの任務、なんだか気味が悪かったですよね」


「まったくだ。できればもう関わりたくないね。しかし、今回の航海ではよくやってくれた。お前のおかげで冒険者を早い段階でまとめられたから、余計なことに気を回さずにすんだ。改めて、礼を言う。何か力になれることがあったら何でも言ってくれ。できるだけのことをしよう」


「それじゃ早速」


「何かあるのか?」


 これ幸いにとユウは手持ちの残った金貨を砂金に替えてもらいたいとダレルに要請した。西に向かって旅を続けているユウにとって通貨が使えなくなる前に交換する必要があると説明すると、苦笑いしながらも応じてくれた。


 このお願い以外はこれまでの船旅の話で盛り上がる。特に東部地方での逆海賊行為などはダレルにとっても興味深い話で食いつきが良かった。やはり身近なことだと反応が良い。


 その後も夜遅くまでユウはダレルと飲んではしゃべり続ける。話のネタが簡単に尽きることはなかった。

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