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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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冬から春へ

 『大鷲二世』号の生き残りが救助にやって来た船に乗ってロウィグ市に戻ったとき、季節はすっかり春になっていた。暦の上では既に4月も終わる直前である。実に90日以上ぶりの帰還だ。


 救助の船がロウィグ市の港に入ると、『大鷲二世』号の面々は港がすっかり元通りになっていることに驚いた。出発する前の凄惨な風景が嘘のように影も形もない。約3ヵ月という月日は港の復興に充分な時間だったようだ。


 ただ、細かいところを見ればあの戦いが本当にあったということは窺える。桟橋は新しい木材で作り直されていたり、港の隅に廃材の山が積み上げられていたり、そして去年ほどまだ船がやって来ていなかったりなどだ。


 桟橋に横付けした船から下船したダレル船長以下の面々は周囲から完全に浮いていた。何しろこの集団だけ漂流直後の風貌なのだ。周囲から注目を浴びた。


 そんなことを一切気にせずダレル船長が生き残った者たちに告げる。


「お前たち、よく生き残ってくれた。出発するときは生きて帰れないことを覚悟した者も多いだろうが、みんなの不断の努力で任務を成功させ、またここに帰って来ることができた。オレからも礼を言おう。それと、船乗りはこれからオレについてくるように。冒険者は冒険者ギルドへ行って報告してくれ。疲れて仕方ないだろうが、これが最後の務めだ。しっかり果たしてくれ」


 ダレル船長が言い終わると冒険者たちは船着き場に向けて歩き始めた。都市の東側経由で南門側にある冒険者ギルド城外支所へと向かうのだ。


 その中に混じってユウも続こうと脚を動かしたところ、船長に呼び止められる。


「ユウ、落ち着いたら夕方に時間は取れるか?」


「大丈夫だと思いますけれど、どうしたんですか?」


「今回の任務に付き合ってくれた礼として、メシを奢ろうと思ってな」


「ああなるほど。わかりました。そういうことでしたらぜひ」


「日が決まったら冒険者ギルドに伝言を頼んでおくからな。3日目以降くらいから確認するようにしておいてくれ」


「わかりました」


「それと、これを持って冒険者ギルドへ行け。そうしたら報酬をもらえるぞ」


「ありがとうございます」


「今回も世話になったな」


「フレディもよく生きていたよね。飢え死にするんじゃないかと思ったよ」


「年寄りは食が細いってのがいいところなんだぜ」


「でも、これからは痩せた分だけちゃんと食べてよ」


「任せとけ!」


 親しい人物2人と挨拶を交わすとユウは踵を返して歩き始めた。先程の冒険者たちとは反対に都市の西側経由で冒険者ギルド城外支所へ向かうためだ。


 港から出たユウは角を曲がって南へと歩く。すぐに貧民の市場に入った。この辺りもすっかり立ち直ったようで以前と似た活気が溢れている。違いは重苦しさがなくなっている点だ。もう海洋の魔物に怯える必要はないのだから当然だろう。


 楽しげに周囲の様子を見ていたユウは飲食の屋台が集まる一角に入った。空きっ腹に自己主張の強い匂いは刺激が強い。汁物の消化に良い物を食べようと屋台を見て回る。やがて決めて懐に手を入れてから愕然とした。今回の任務では財布を持っていかなかったのだ。そのため今は無一文である。


 すっかり肩を落としたユウは空きっ腹を抱えたまま貧民の市場の中を歩いた。すると、後ろから声をかけられる。


「ユウ? ユウじゃないか!」


「え? ああ、ハリー、久しぶりだね」


「今までどこ行って、うわ、くっせぇな。え、なんで?」


「今、海の魔物関係の仕事が終わって帰ってきたところなんだよ。3ヵ月も船の中で過ごしたんだ」


 鼻を摘まんで顔をしかめるハリーにユウは事情を簡単に説明した。すると、輝かせた目を向けてくる。


「そっか、オレたちのために頑張ってくれたんだ。ありがと!」


「ハリーも無事で良かったよ。港を出るときはまだ海の魔物と戦っていたときだったから」


「かっけぇなぁ。オレも冒険者になろうかな」


「だったら、武具を買うお金を貯めないとね」


「あ、無理だ。やっぱり別のにしよう」


 あっさりと意見を(ひるがえ)したハリーにユウは苦笑いした。そうしてしばらく雑談した後、お使いの途中のハリーと別れる。


 知り合いとの雑談で時間を潰した後、ユウは貧民街を抜けて歓楽街に入った。そうして冒険者ギルド城外支所に入る。中はなかなか盛況だ。そして、さっき別れた冒険者の集団は一目瞭然だった。他と汚れ具合がまったく違うからである。更に言うと、周りの者たちが顔をしかめていることから臭いも別格らしい。何週間も難破船で漂流していれば当然だ。


 その浮いた集団に加わらず、ユウは受付カウンターの列に並ぶ。同じ船に乗ってはいたが別の依頼で動いていたのであの集団に加わる必要はないのだ。その代わり、依頼達成の報告を受付カウンターでしないといけない。


 前後左右の冒険者が顔をしかめていることからあえて目を逸らして順番を待っていたユウは自分の番になると受付係に声をかける。


「『大鷲二世』号の船長ダレルの指名依頼を受けたユウです。依頼を達成した証明書を持ってきました」


「確かに本物だな。それにしても、すごい臭いだな。あれから3ヵ月もずっと船の中にいたのか?」


「半分は漂流していたんですよ」


 尋ねられたユウは出港してからの経緯を簡単に説明した。すると、受付係に感心される。それに対して受付係からは出港後の話を聞いた。それによると、都市に来襲していた海洋の魔物は船の出港後、しばらくして姿を消したらしい。あまりにあっさりと去ったので最初は信じられなかったそうだが、1週間、2週間と現れないことでようやく本当に脅威が去ったことを実感したという。そうして、今では平穏になりロウィグ市は通常の生活を取り戻しているのだそうだ。


 ひとしきり話した受付係が話を区切る。


「おっと、しゃべりすぎたな。今報酬を持ってきてやるぞ」


 おどけた受付係はそう言い残すと受付カウンターから離れた。しばらくすると革袋を持ってきてユウに中身を渡す。


 金貨の数を数えて不足がないことを確認したユウがそれを懐に入れていると、受付係から更に話しかけられる。


「そうだ、さっき指名依頼の件で奥に行ってたときに見つけたんだが、お前宛に伝言があるぞ。トリスタンってヤツからだ」


「どんな伝言なんですか?」


「前の宿屋にて待つ、だそうだ。1週間前に言付かったからまだいるんじゃないのか?」


 伝言を聞いたユウは目を見開いた。トリスタンは約束通り待っていてくれたのだ。そのありがたさに笑顔がこぼれる。


 受付係に礼を言うとユウは城外支所の建物を出た。伝言の通りならば荷物を預けた宿に相棒はいるはずである。


 歓楽街の一角にある宿屋街でユウは以前利用していた宿を探した。六の刻の鐘が鳴るのを耳にしながらすぐに見つけて中に入る。受付カウンターで主人に話しかけると鼻を摘ままれた。しかし、臭いは今どうしようもない。事情を話して納得してもらう。


「ああもう、そういうことなら仕方ないなぁ。それで、相棒はトリスタンっていう冒険者なんだよな? 鍵はここにあるから今は出かけてるぞ。それで、いないときにあんたが来たら伝えてくれっていう言葉があるんだ」


「どんな言葉ですか?」


「いつもの酒場で待つ。六の刻以降ってな」


 またもや伝言を受け取ったユウは苦笑いした。あれから3ヵ月も経っているのだ。さすがにずっと宿に引きこもっているわけにもいかない。生活費を稼ぐ必要があるのだ。


 宿でずっと待つという選択肢もあったユウだが、宿の主人の表情を見て酒場に行くことを決める。


 宿を出たユウは歓楽街でも酒場の集まる場所へと向かった。盛り場は既に盛況で多くの人々が往来している。その顔には不安はまったく見当たらず、都市の脅威は過去のものだということをはっきりと示していた。


 かつて日参していた酒場を見つけたユウは中に入る。客入りは上々で空いている席はほとんどない。その中を1人ずつ確認してゆく。すると、カウンター席にその背中を見つけた。ゆっくりと近づいてゆく。


「トリスタン、ただいま」


「ユウ? ユウじゃないか! お前、帰ってきたのか!」


 声をかけた相棒が振り向いて驚愕の表情を浮かべたのを見たユウは見た。直後、2人で喜び合う。3ヵ月ぶりの再会だ。


 驚き止まぬトリスタンがユウに尋ねる。


「いつ帰ってきたんだ?」


「さっきだよ。救助しにきてくれた船から降りて、冒険者ギルドで伝言を受け取ったんだ。その後宿屋でも伝言をもらうとは思わなかったけれど」


「はは、町中を探し回らずに済むように頼んでおいたのさ」


「さすがだね」


 隣の席を勧められたユウは座った。トリスタンが呼んだ給仕女に注文をする。


 料理と酒を待つ間、ユウは早速トリスタンに今まであったことを話し始めた。

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― 新着の感想 ―
トリスタンと合流できてよかった 誰から「あいつは俺を庇って...」って話しかけられて 戦斧渡される展開も覚悟してたんだよね
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