表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

777/883

難破船にあった航海日誌(一部抜粋)

1月23日

 海賊船に見つかって散々追いかけ回された後、どうにか逃げ切ったと思ったら今度は嵐に遭った。まったくついていない。シーワ神への祈りは欠かしていないのに、なぜこんな目に遭うのだろう。最近広まってきているというモノラ教の方が良いのかもしれない。


1月24日

 嵐は1日で収まった。それでも船体の2ヵ所が損傷したので頭が痛い。船倉の商品は無事だったが船員の1人が波に攫われたらしく、いなくなっていた。


 何とも厳しい状態だが、そんなときに船首方向に島影を見つける。ここがどこなのか確認するためにもその沖合で一晩停泊することにした。


1月25日

 昨晩、夜空の星を観察して現在位置を確認した。すると、どう計算してもイーテイン島辺りになってしまう。4日前に進んでいた場所ははるか南の海域だ。わずか1日の嵐で1ヵ月以上もの距離を流されるなどあり得ない。もし目の前の島が本当にイーテイン島であるなら最寄りの港町まで食料が足りないことになる。


 そこで、あの島が本当にイーテイン島なのか調べるために上陸することにした。島の形状は知識でおおよそのことは知っているので、島の一部分でも調べて一致しているか確認するのだ。食料の問題があるので時間はかけられない。手早くやってしまう。


 朝、小舟で島に上陸して船員数名を島の各地へと送り出した。私も浜辺に移って周囲を調べてみる。どこにでもある砂と岩ばかりだ。イーテイン島に特別な何かがあったとは聞いたことがないからこんなものかもしれない。


 昼、調査から戻って来た船員から報告を聞いた。海岸の形状からやはりイーテイン島なのかもしれない。しかし、丸1日の嵐でそこまで流されるものなのか。海には不可思議なことがあるのは知っているが、自分の身に起きている現象をどうにも受け入れられない。


 そんな報告の中に奇妙なものがひとつあった。砂浜から西北西の岩場を越えた所に切り立った崖があり、そこから北に少し回ると谷間のような場所がある。その奥へと進むと洞窟を発見したというのだ。松明(たいまつ)を持っていなかったのでそのまま引き返してきたが中を調べてみたいとその船員が申し出る。この島がイーテイン島であるかを知るための調査なので船員の提案は不要なことだ。しかし、聞いているうちにどうしても気になった私は自分もその洞窟内に入ることにする。


 4人の船員を引き連れて私は案内された洞窟に入った。洞窟の穴は下へと緩やかに下っており、2人が何とか並んで歩ける程度の広さがある。天井は人が立って歩ける程度だ。そんな中をしばらく歩いていると、突然大きな空洞に出た。松明(たいまつ)の明かりが届かないくらい高さも横幅も奥行きも広い。そして、そんな場所に場違いなまでの小さな神殿があった。白い石で立てられ、細かい彫刻が彫られた古そうな神殿だ。それを見た瞬間、何かに似ていると思ってしばらく考えた末に、パオメラ教のシーワ神の神殿に似ていることに気付いた。なぜそんな建物がここにあるのかわからない。


 大きな空洞の中に古い神殿という違和感しかない風景だが、それだけに私は興味をそそられた。近づいて見ると、扉は元からないようでそのまま中に入ることができる。中は一部屋のみで中央には私の腰辺りまでの高さの台座あり、その上に目測で約30イテックの金属製のような箱が置いてあった。また、反対側の奥はそのまま神殿の外に出られるようで左右も同様だ。構造としては四阿(あずまや)に申し訳程度の壁が取り付けられた感じの建物と言えるだろう。


 触ってみても特に何も反応はない。連れてきた船員4人が触っても同じだ。気になった私は船員に台座に乗っている箱を開けさせようとした。しかし、この金属製らしき箱はそもそもどこから開ければいいのかわからない。鍵穴さえもないのだ。船員たちは代わる代わる様々な方法で開けようとしたが、結局開けられなかった。


 開けられない箱などそのまま放っておいてもよかったのだが、私はそれがどうしても気になって仕方がなかった。一体箱の中に何が入っているのか、開けられないほどに期待が高まってしまうのだ。


 私はこの箱を持ち帰ることにする。船員に命じてその箱を持たせ、私は砂浜で他の部下と合流し、小舟に乗って船に戻った。港に戻ったらこの箱を開ける方法を考えよう。


 それにしても、これから先が思いやられる。この場所が本当にイーテイン島であるならば、明らかに食料が足りない。これは食事の配給を大きく制限しないといけないだろう。船員からは不満が出るだろうが飢え死にするよりかはましだと納得させるしかない。


1月26日

 また嵐に遭った。今度は今まで体験したことのない大嵐だ。船が転覆するかと思うほど揺れたが何とか耐えしのぐことができた。この大嵐で誰1人死ななかったのは奇跡である。しかし、大檣(メインマスト)が折れてしまった。これでは船を動かすことができない。なんてことだ。これからは漂流するしかないとは!


 信頼できる部下と話し合った結果、当面は食事の配給をそのままにすることにした。昨日から既に食事の配給を制限しているので、これ以上は反乱が起きると助言されたのだ。私も同じ意見だったので配給に関してはそのままとする。


2月4日

 漂流が始まって1週間が過ぎた。今のところ周囲はすべて水平線まで海しかない。波も穏やかなので揺れが少ないのは幸いだ。しかし、嵐に遭って以来、空はずっと曇ったままである。これでは星が見えないので現在位置がわからない。1日くらい晴れても良さそうなものであるが。


2月11日

 漂流が始まって2週間が過ぎた。今のところ周囲はすべて水平線まで海しかない。並も穏やかなままだ。そして、空は相変わらずずっと曇ったままである。おかしい。晴天にも雨天にもならず2週間も曇天のままなんて初めてのことだ。


2月18日

 漂流が始まって3週間が過ぎた。やはりおかしい。相変わらず波は穏やかなままで天気はずっと曇天のままだ。なぜ晴れない? なぜ雨が降らない? 空が見えないせいで現在位置がわからない。雨が降らないせいで飲み水が手に入らない。更に、いくら釣りをしても小魚1匹さえも釣れない。一体この海はどうなっているんだ!


2月25日

 漂流が始まって4週間が過ぎた。食事の配給を制限していたが、ついにすべての食料がなくなった。水は数日前からなくなっており、既に尿を飲んで飢えをしのいでいる。私は船長室に隠し持っている干し肉とワインがあるが、それも大してあるわけではない。少しずつ切り詰めて食べていくとしよう。


3月4日

 漂流が始まって5週間が過ぎた。飲み水もなく、食べ物もない状態が続いたため、船の秩序は既に崩れ去っている。ある船員が隠し持っていたパンのかけらを食べているのを別の船員が見つけて喧嘩となった。それがきっかけで船員たちの間に疑心暗鬼が広まる。私の隠し持っていた干し肉とワインは今日ちょうどなくなってしまったが、むしろ都合がよかったのかもしれない。


3月11日

 漂流が始まって6週間が過ぎた。船内は地獄へと変わった。飢え死にした船員の体に、その死体を食べようとまだ生きている船員が群がる。かくいう私もそのご相伴に与ってしまった。口に入れた瞬間吐きそうになったが我慢して飲み込む。これも生きるためだ。


3月18日

 漂流が始まって7週間が過ぎた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。私は商船の船長だ。港から港に商品を運んで利益を得る船長だ。それがどうしてこんなところにいる?


3月25日

 漂流が始まって8週間が過ぎた。生きている者はもう残り少ない。それは、食べられる者がもう残り少ないということだ。


4月4日

 漂流が始まって9週間が過ぎた。どうしてあのとき嵐に遭ったのだろう。どうしてあのとき島に上陸したのだろう。どうしてあのとき洞窟に入ったのだろう。どうしてあのとき神殿から箱を持ち帰ったのだろう。


4月11日

 漂流が始まって10週間が過ぎた。1人死んでいた。これでしばらく生き延びられる。


4月18日

 漂流が始まって11週間が過ぎた。ついに私1人になってしまった。この死体を食べきったらもう食べるものがない。なぜ私は生きているのだろう。


4月25日

 漂流が始まって12週間が過ぎた。ようやく終わりのときがやってきたようだ。私ももうすぐ死ぬだろう。その前にひとつ、これを読むかもしれない誰かにお願いしたいことがある。私があの島から持ってきた箱をあの神殿に戻しておいてほしい。あれは持ち出すべきではなかったのだ。今はとても後悔している。だから、死後の私たちの魂の平穏のためにどうかあの箱を神殿に戻してほしい。これが、私の最後のお願いだ。


『紫の衣』号船長ナイジェル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ