■■に帰すべきもの(3)
もう一体何回襲われたのかユウは覚えていない。出港してから初めて海洋の魔物に襲われて以後、日を重ねるごとに襲われる間隔が短くなっていった。ついには1日に2度3度と繰り返し襲撃される。当然昼夜は関係ない。
こうなることは予測できたので、初襲撃後、冒険者を2人ないし3人という単位に組み替えて昼も夜も関係なく警戒するよう組織された。おかげで奇襲を受けることはなくなる。
ただ、これが出港して2週間3週間と続くと綻びが出てきた。繰り返される襲撃により疲労が蓄積して集中力が低下し、失敗が多くなったからだ。また、注意力が散漫になって海洋の魔物を見逃したり、波が来たときに足を滑らせて海に落ちたりする者が現れる。こうして、犠牲者は日々増えていった。
ユウも当然警戒と戦闘に参加している。犠牲者が増えると人数に余裕がなくなるので、出港してから2週間を過ぎる頃には炊事担当から外れていた。3週間目辺りからは1日の襲撃頻度が5回を超えたので、戦っているか眠っているかのどちらかという日々を過ごす。そのユウの戦い方は槌矛で海洋の魔物を殴って昏倒させ、そのまま船外へ放り出すというものだ。倒すよりも甲板上の敵の数を減らすことに意識を割いている。敵の数が増えすぎると対処しきれずに数で圧倒されてしまうからだ。再び船上まで這い上がってくるのはわかっているが、金属の塊の一撃を受けた敵の動きは鈍くなっているので、他の味方が討ち取りやすくなっているという案配である。
出港して4週目になると『大鷲二世』号は追い詰められていた。1日の襲撃頻度は6回を超え、冒険者の人数も当初の7割にまで減っている。戦えない負傷者を差し引くと、戦力としては6割を下回っていた。
そしてこの頃、とうとうユウも負傷してしまう。追い詰められた冒険者を助けるために無茶な突撃をした結果、半漁人に噛まれてしまったのだ。どうにか撲殺して噛み付きから抜け出したものの、感染症などが怖い。戦闘終了後、傷口を洗い流して治療し、動物系の解毒の水薬を飲んだ。効くかどうかは不明だが、不安を解消するためには服用するしかない。
こうして『大鷲二世』号の面々は必死になって先に進んだ。
ロウィグ市を発って5週間が過ぎた。『大鷲二世』号は既に満身創痍である。巨大蛸に襲撃されたことで船体自体が傷んだのだ。応急処置は済ませてあるが不安要素は増えるばかりである。
他の冒険者と同様にユウも疲れ果てていた。寝不足と疲労でぼんやりとしている。そんな状態の中、ダレル船長に呼び出された。顔に疲労の色を滲ませながら船長室に入る。
「よく来てくれた。だいぶ疲れているようだな」
「これだけ頻繁に襲われていたら疲れますよ。他の冒険者ももう限界です」
「わかってる。冒険者の数は既に半分を下回り、船員の被害も少なくない。この辺りが限界だろうな」
「限界、ですか。どうするんです?」
「例の箱を海に捨てる。明日にな」
「今すぐじゃいけないんですか?」
「これまで進んで来た距離だとぎりぎりなんだ。そこで、もう1日進んでそこにあの箱を捨てる。せっかくやり遂げたのに、規定を満たしていないなんてケチはつけられたくないだろう?」
船長の言い分にユウは理解を示した。ここまでやっておきながら任務失敗と言われるのは確かに納得できない。あと1日くらいなら我慢もできる。
「わかりました。明日のいつ頃海に捨てるんですか?」
「昼頃でいいだろう。海の魔物が襲ってきてる最中だったらその後に捨てる」
「やっとなんですね。明日終わるのかぁ」
「はは、オレも嬉しいよ。この忌々しい箱ともようやくお別れできると思うとな」
両者の間に弛緩した雰囲気が流れた。まだ終わったわけではないのだが、先の見えない航海をしているという気持ちはもうない。明日で一区切り付くのだ。その後は逃げるだけである。
話を終えるとユウは船長室を出た。そのまま船首にある炊事室に向かう。食事をもらいに来るとき以外で訪れたのは久しぶりだ。
すっかり散らかっている炊事室に入ったユウはフレディに声をかける。
「フレディ、随分と疲れているみたいだね」
「お前に比べたらまだましだ。幸せなことに、こっちはメシを作って配るだけで済んでるんだからな。それにしても、配る相手もすっかり減っちまったなぁ」
「そうだね。船員からも犠牲が出ているくらいだし」
「いつまで進むんだろうな」
ぽつりとつぶやいたフレディにユウは返答しかけて言葉を飲み込んだ。先程船長から教えてもらったが、あれはユウから他人に話しても良いことではない。
少し間を置いてからユウはフレディに返事をする。
「気になるんだったら、ダレル船長に聞いてきたらどう? 教えてくれるかもしれないよ」
「そうだな。後で聞くか。もう5週間経つが、予定だとそろそろこの辺りなんだよな」
「うん、そうだね。早く終わってほしいよ」
「まったくだ。人が減った分食い物に余裕はできたが、こう連中に襲われちゃ敵わねぇ。あの魔法の箱を捨てた後は、すんなり帰りたいもんだな」
「きっと僕たちのことなんて興味をなくしてどこかに行っちゃうよ」
船長室で見たあの箱を思い出しながらユウは気楽に言ってみせた。仮説が正しければその通りになるはずである。
それを期待しながらユウはフレディとしばらく雑談をした。
最初にユウが気付いたのは夕食前だった。昼前に海洋の魔物からの襲撃を受けて以来、今のところ静かなままなのだ。最近だと襲撃の間隔が鐘2回分以上空くことはなかった。にもかかわらず今日は昼以降襲われていないのだ。
もう諦めたのかと思ったユウだったがそれはあり得ないとすぐに思い直す。それだったらもっと早くに諦めているはずなのだ。ということは、襲わない理由があるはずである。問題なのはそれが何かわからないことだった。
そうは言っても、ここ最近では貴重な休息時間である。冒険者も船乗りも次の襲撃に備えて可能な限り体を休めた。
次に目が覚めたとき、ユウは船の揺れがいつもより大きいことにすぐ気付いた。また大きな海洋の魔物の襲撃かとも考えたが、同じ船室で眠る船乗りや冒険者は眠ったままだ。つまり、この揺れは魔物と関係がないということである。
しばらくして夜の見張り番に就いたので甲板に出た。すると、風と雨と波で大変なことになっている。
「もしかして、嵐!?」
同じ見張り番の冒険者とユウは顔を見合わせた。見張りで立つ場所は甲板上なのだが、これでは風に吹き飛ばされるか凍え死ぬか波に攫われるかのどちらかだ。
甲板上にいるのは船を守る船乗りのみで冒険者はいない。波に攫われたのでなければ外に出ていないのだろう。
仕方なくユウともう1人の冒険者は船内に戻った。少し外に出ていただけなのにすっかりずぶ濡れである。真冬の雨なのでとても冷たい。
こういうときは見張り番の担当者は船内で待機だ。たまに外の様子を窺って襲撃されていないことを確認する。外に出るのは危ないのでこうするしかない。
結局、この嵐は丸1日以上続いた。船内にいても船が軋む音が延々と続くので生きた心地がしなかったがそれでも嵐をやり過ごせたのだから万々歳だろう。
そうしてやっと嵐が過ぎ去った後、船上の全員が驚くべきものを目にした。水平線上に島があったのだ。冒険者の中には陸地を見て喜ぶ者もいたが、船乗りは全員首を傾げていた。それはダレル船長も同じである。
「いくら何でもおかしい。嵐の前はイーテイン海のほぼ真ん中にいたんだぞ。陸が見える所まで流されるなんてありえん。一体ここはどこなんだ?」
どうにも納得できないらしいダレル船長だったが、それだけにあの島が何であるのか気になったようだ。とりあえず近づくよう船員に命じる。
『大鷲二世』号は島の近くで一旦停船し、一晩過ごした。空に浮かぶ星から現在位置を割り出すためだ。その結果、目の前の島がイーテイン島であることが判明する。
しかし、それはおかしかった。嵐に遭う前日の位置からイーテイン島までの距離はロウィグ市までの距離と大体同じだからだ。最大で二晩嵐に遭ったとしても船がこれほど流されることなどあり得ない。
更にもうひとつ気になることがあった。嵐に遭うまでは頻繁にあった海洋の魔物の襲撃が今のところ1度もないのだ。最初は喜んでいた船乗りや冒険者たちだったが、星により判明した現在位置と目の前の島の2つと合わせると本当に喜んで良いのかと考える者たちが増える。
それはユウも同じだった。古代文明絡みで不思議な体験をいくつかしたことがあるが、こういう得体の知れない体験は初めてなので落ち着かない。
状況も目の前の島もどうにも良い感じがしないと思うユウであった。




