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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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■■に帰すべきもの(1)

 出発前日にダレルが船長を務める『大鷲二世』号に乗り込んだユウは炊事室を中心に活動することになった。もちろん護衛が本来の仕事なので海洋の魔物が襲ってきたら対応することになるが、そうでなければ日々を炊事担当として過ごすことになる。


 そしてもうひとつ、ユウは冒険者ギルドが選んだ冒険者たちを見張る役目もあった。ダレルが自ら人選できない武装者を不安視しているからだ。言動に問題があるようならば船長に報告する必要が出てくるだろう。


 一の刻に起きたユウはフレディと共に船首の炊事室へと向かい、船乗りのための朝食を準備する。この時点ではまだ護衛の冒険者たちは乗り込んでいないのでその分は不要だ。


 船乗り分だけの食事量ならば2人で準備をすると早い。残った時間は他の雑用を片付けていた。


 二の刻になると出港の準備を始めていた船乗りたちが炊事室にやってくる。2人で手分けして順番に食事を配布した。炊事担当も船乗りも慣れているので滞ることがない。


 そんな朝食の配給も終わろうとする頃になってダレル船長がやって来た。そうしてユウの前に立って袋を差し出す。


 袋を開けたユウは塩からい肉や干し葡萄を入れてダレル船長に返した。すると、去り際に声をかけられる。


「昼飯の後、そっちの作業が終わったら船長室に来い」


 返事を聞かないまま炊事室から去ったダレル船長をユウは目で追おうとしたが、次の船乗りがやって来たのでそちらの作業を優先した。何か話があるのだろうと想像してとりあえず記憶の外へと追いやる。


 朝食の配給が終わってその後片付けと昼食の準備を進めていると、上から多数の鈍い足音が耳に入ってきた。護衛の冒険者たちが乗船してきたのだ。いよいよこれですべての用意が整ったことになる。


 更に時が経つと今度は(いかり)を巻き上げる重い音が聞こえてきた。それが止まって少ししてから船がゆっくりと動き出す。


「動いたね」


「いよいよだな。はっ、来るなら来やがれってんだ。魔物どもめ」


 のんびりと作業をしていたユウはフレディの言葉に小さくうなずいた。


 既にわかりきった作業を淡々とこなしながらユウは任務の段取りを思い返す。


 今回の航海は海洋の魔物を引きつけている可能性が高い魔法の箱をイーテイン海に投棄するわけだが、どこに捨てても良いというわけではない。何しろ各都市を結ぶ航路上にうっかり捨ててしまうと、そこに海洋の魔物が溢れてしまう可能性が高いからだ。そのため、どの航路上にも触れない遠洋に投棄する必要があった。もっとも理想的なのはイーテイン海の北の端にあるイーテイン諸島か更にその北側だが、これは船に積み込む食料の量に限りがあるので無理だった。帰還することを考慮しなければ可能だが、そうでなければダンタット市かコンティの町に寄る必要がある。しかし、物騒な代物を積み込んでいる以上、他の港町に寄るわけにはいかなかった。


 では、最も現実的で可能な限り遠い場所はどこなのか。色々と検討した結果、ロウィグ市から北西に4週間程度進んだ海域より北側ということになった。つまり、イーテイン海のほぼ中央である。ここならば商船の航路からも離れているのでまだましだ。しかし、バカ正直に都市の港から北西へと進めば海洋の魔物にすぐ見つかってしまう。そこで、当初は北北東に進んで海洋の魔物をやり過ごし、後に北西へと進路を変える予定だ。


 そうして予定通り目標海域に到達すれば魔法の箱を投棄する。その後、進路を東に変更して進みつつ、徐々に南へと船首を向けて回り道をしながらロウィグ市を目指すのだ。追いかけてきた海洋の魔物を振り切るためである。


 計画上、片道5週間程度かかる航海だ。海洋の魔物との激しい戦いが予想されるため、護衛の冒険者の数は多めに乗っている。そのため、今回は商品を収める船倉にも食料を積み込み、3ヵ月分積載していた。


 一方、護衛兼陽動の船2隻は当初2日ほど同じ進路をたどった後、先に北西へと進路を変えて進むことになっている。都市を襲い続けている魔物のやって来る方角から、この2隻が向かう先に海洋の魔物が集まる地点があるのではと推測されたからだ。ここに赤い蠍(レッドスコーピオン)率いる2隻で突っ込み、海洋の魔物の注意を引きつけるのだ。


 このような話をユウは以前にダレル船長から説明された。魔法の箱も海洋の魔物もわかっていることはほとんどないので推測に推測を重ねた計画だとは承知の上である。前提条件からしてはっきりとしないのだから、まったくお門違いのことをしている可能性もあった。しかし、打開策はもうこれしかないと判断されたからこそ、領主以下都市の有力者はこの案を実行に移したのだ。


 果たしてこれが正しいのかどうかは、これから判明するだろう。




 ロウィグ市の港を出た後、3隻の船は順調に進んでいた。当初の最悪の想定では出港してすぐに船は海洋の魔物から襲われると恐れられていたが、初日の昼の時点では魔物の影はまったく見かけないままだ。幸先の良い出だしに一同は胸をなで下ろす。


 3隻は1オリック程度の距離を保ち、三角形の形を維持して並走していた。西側に護衛兼陽動の船が2隻、東側に『大鷲二世』号である。西側からやって来るはずの海洋の魔物への対策だ。


 襲撃のない通常の航海であるならば船内の活動もまた一般的なものになる。船乗りは出港後の作業で忙しく動き回っていた。一方、冒険者の方はのんびりとしたものである。誰もが護衛兼船員補助の仕事の経験者だが、今回の契約では護衛のみなので船の仕事は無関係だからだ。怠けているわけではないので、船乗りも冒険者に何も言わない。


 しかし、何もしていなくても腹は減る。昼時近くには冒険者の間では食事の話が増えた。やがて食事の合図がでると皆が炊事室へと向かう。


 炊事室ではユウとフレディが列をなす冒険者と船乗りに昼食を配給していた。冒険者も船で仕事をした経験がある者ばかりなので戸惑う者はいない。肉の塩辛さやビスケットの堅さ、それにワインの味に顔をしかめる者はいるが、これは船乗りも大して変わらないのでいつもの風景だ。


 ではまったくの平和的な食事の風景だったのかというとそうでもなかった。食事そのものよりも、ユウに文句を付けてくる者がいたのである。


「あいつ冒険者なのに、なんでメシを配ってんだ?」


 この疑問を発した者は複数人いたが、大きく分けて2種類いた。ひとつは役得のある仕事をしていてずるいという妬み、もうひとつは船員補助でもないのに不要な仕事を手伝っているという蔑みだ。


 事務職ならば放っておくあるいは我慢するというのもひとつの選択である。しかし、腕力勝負で荒事を生業にする者の中でそのままというのはまずい。舐められるとより過激なことをしてくる可能性が高いからだ。


 炊事担当なら無闇に反抗する人はいないというユウの思惑は初回の食事当番で潰えた。そして、こういう芽は早く潰しておく必要がある。


 解決方法は意外なところから提示された。冒険者のユウに対する評価を聞きつけたダレル船長がこう言ったのである。


「言いたいことがあるならはっきりと言え。大切な任務のときにそんな感情を溜め込まれても迷惑だ。気に入らないというのなら、喧嘩で白黒はっきりさせたらいいだろう」


 この一声で、昼からユウは6人の冒険者と1人ずつ連続して殴り合いをすることになった。きっかけを作ってくれたことは良いことだが、ユウとしては1人とやり合って力を示すつもりだったので頭を抱える。だが、船長が音頭を取って事を進めているとなると止められない。


 勝負は甲板上で行われた。手の空いている者は周囲で観戦している。ただし、賭け事は禁止だ。


 そんな舞台に押し上げられたユウは冒険者6人と順番に戦う。結論から述べると、全員に勝った。しかも、全員最後は関節技を極めてだ。どの試合もわりとあっさりと勝負がついたので周囲も驚いていた。


 ユウが見た目よりもずっと強いことに冒険者の間にはどよめきが起こる。後半の3人などは関節技を警戒していたにもかかわらず、巧みに誘い込んでいたからだ。


 その様子を満足そうに眺めていたダレル船長が宣言する。


「勝負はついたな! ユウの勝ちだ! これで文句はなかろう!」


 目の前で強さを示したユウを冒険者たちは認めた。以後、炊事に関することで不満は出なくなる。船内の秩序が確立したのだ。


 これを見ていたフレディにユウは賞賛された。それにいささか照れる。とはいっても、これから夕食の配給の準備をしないといけないのはつらかった。さすがに6人連続で勝負をすると体力も消耗するというものだ。


 それでも仕事をやらないわけにはいかない。炊事室に戻ったユウはフレディと共に作業を始めた。

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