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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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前日の出港準備

 魔法の箱を遠く離れた海上で投棄する任務を志願したダレル船長の要請に応えて、ユウは同じ船に乗り込むことにした。一方、相棒であるトリスタンは乗り気になれず断っている。依頼に対して判断が分かれて異なる選択をしたのは今回が初めてだ。


 ダレル船長と面会したその夜、ユウは宿の個室で眠った。指名依頼を受けるのならばマシューの警邏隊から外れることになるからだ。反対にトリスタンは警邏隊が押さえている安宿に向かった。こちらはそのまま警邏隊で働くことになるからである。


 一夜明けた翌朝、ユウは目覚めて外出の準備を済ませると日の出頃に宿を出た。そのまま代行役人の司令部近辺へと足を向ける。そうして、マシューとトリスタンのいる警邏隊に近づいた。


 怪訝な表情を浮かべたマシューがユウに気付いて声をかける。


「貴様、指名依頼を受けるんじゃなかったのか?」


「受けますよ。そのための報告に来たんです。トリスタンから話は聞いていますか?」


「ああ、一応聞いた。貴様だけが行くんだとな。年寄りのためなど、物好きなものだ」


 棘のある言い方をするマシューだが口調はそれほどでもなかった。


 時間をかけるのも悪いと思ったユウは手短に事情を伝える。あらかじめ相棒から話を聞いているというだけあって特に疑問もなく受け入れてもらえた。


 報告が終わるとマシューがユウに伝える。


「今までよくやってくれたと言っておこう。船に乗っても簡単にくたばるんじゃないぞ」


「はい。戻って来たら、たぶんまたここに来ることになると思いますが」


「それはないだろう。そちらの任務が成功に終われば、もう海の魔物はこの都市に攻めてこないはずだからな。そうなると冒険者への緊急依頼もなくなる。貴様が戻ってくる頃には跡形もなくなってるはずだ」


「なるほど、確かに」


 任務成功後の予想を聞いたユウはうなずいた。そうなると良いなと思う。


 そんなユウにトリスタンが近づいて来た。隣にはジーンがいる。


「ユウ、残っている間、俺はジーンと一緒に戦うことになったぜ」


「そうなんだ。他のパーティには入らなかったんだね」


「1人ならともかく2人となるとな。それに、分業すれば2人でもやっていけるはずだから、当面はこれでやっていくぞ。それと、戦斧(バトルアックス)は借りておく」


「いいよ。壊さないでね」


「任せろ! きれいなままで返してやるぜ!」


 右手で持ち上げた戦斧(バトルアックス)をユウに見せながらトリスタンが宣言した。実際は最悪壊してもらってもユウは困らない。それよりも怪我なく生き残ってもらう方がはるかに重要である。


「ユウ、安心しろって。オレがうまく魔物を回しておくから」


「ジーンだってこの前穂先が欠けたじゃない。当面は大丈夫なんだよね?」


「もちろんだ。早々何回も壊れてたまるかってんだ。金がねぇから次やっちまうと取り替えられないんだよ」


 それを聞いたユウが笑った。もう後がないというのならば慎重に戦うだろうと期待する。


 同じく笑っていたトリスタンがユウに向き直った。笑顔を浮かべつつも声は少し真剣である。


「しばらくのお別れだな。荷物はちゃんと見ておくから安心しておいてくれ」


「ありがとう。帰ってきたら何もかもいつも通りに戻っていたらいいなぁ」


「大丈夫、絶対そうなっているって。こんなこと、いつまでも続くはずがないからな」


「確かに。それじゃ、行ってくるよ」


 2人が挨拶を交わした直後、マシューが出発の号令をかけた。それにより警邏隊の冒険者たちが今日の担当地区へと歩き出す。


 その様子を見送ったユウは踵を返した。船の出港は明日なので、準備は今日中にすべて済ませておく必要がある。


 警邏隊関連の用事を済ませたユウは再び宿に戻って個室に入った。そうして、船に持って行く物とそうでない物を分ける。荷物は最小限にして身軽になる必要があった。背嚢(はいのう)の中を見ながら確認してゆく。


「薬の類いは必要だとして、手拭いはいるかな。火口箱はいらないか。船の上だもんね。耳栓は持って行って、干し肉と黒パンは、あー置いていってもかびるだけか。よし、これは食べてしまおう」


 などとひとつずつ手に取って、ユウは持って行く物を備え付けの机の上に置いていった。所有物すべてを一通り見終わると、あまり持って行くものがないことが判明する。


 それらを麻袋に入れてひとまとめにしておいた。これですぐに出かけられる。


 次いで武具の手入れを始めた。最近はあまりできていなかったので、今日は入念にしておく。槌矛(メイス)、ダガー、ナイフと続いて、更には硬革鎧(ハードレザー)もだ。武器の攻撃による傷に加えて、最近は海水を被ることもあったので痛み具合が気になるところである。ただ、専門の知識はないので、しっかり見てもらうのであれば店に出す必要があった。


 また、衣服についてもよく見ておく。近年は敵の攻撃を受けて破れることが増えてきたのと、冒険者活動による袖の綻びなどが服の傷みを早めていた。他にも、革のブーツもよく見ておかないといけない。戦っている途中で縫い目が破れたりするのは勘弁だ。


 昼食を挟んで色々と準備をしたユウは気分転換に宿の外へと出る。すると空が朱くなっていた。白い息を吐き出しながらぼんやりと見上げる。


「もう夕方か。そろそろかな」


 いささか中途半端な時間だったが、ユウは酒場に出かけることにした。まだ海洋の魔物が襲撃してくる前によく通っていた酒場だ。


 久しぶりの酒場は以前ほどの活気はなかった。都市の状況を考えると影響があって当然である。稼ぎ時にしては少し早い時間帯だが、それを差し引いても客入りは少なかった。


 カウンターに座って給仕女に料理と酒を注文して待つ。やるべきことはすべてやった。後は夕食を済ませて船に乗り込むだけである。


 届けられた料理と酒を口に運んでいると、少ないながらもいる客の声が耳に入ってきた。歓楽街での物盗りや殺人の増加、物不足の顕在化、隣の都市への移住など、良い話は聞かない。


 当面食べられなくなる食事を味わったユウは店を出た。日は既に沈んでいる。最近は長くなってきたとはいえ、まだ日没時間は六の刻前だ。


 ユウは設置された篝火(かがりび)や往来する人が持つ松明(たいまつ)の明かりを頼りに宿へと戻る。そうして、朝の間に必要な物を入れておいた麻袋を持ち上げるとすぐに個室を出た。宿の主人に鍵を差し出すと早々に外出する。


 都市の東側にある船着き場は最低限の明かりが設置されていた。そのため全体的に暗い。これが平時ならもっと明るく騒がしいのだが、そんな光景ははるか昔のものだったように思えるほど今の風景は寂しい。ただし、遠く港からは風に乗って戦闘音が聞こえてきた。都市軍と冒険者隊によってこの辺りは守られているが、決して安全ではないことを思い出させてくれる。


 事前に聞いていた桟橋に足を踏み入れたユウは船に移るための急造された階段を登って渡し板を伝い、甲板に降り立った。すると、暗い中、1人の船員が近づいて来る。


「お前は誰だ?」


「冒険者のユウです。この船の船長のダレルさんに雇われたんでやって来ました」


「ああ、お前がか。他の連中は明日の朝来るのに、随分と早いんだな」


「冒険者ギルドで選抜されたんじゃないですから。ところで、船長は?」


「船長室だ。ま、お互いうまくやって生き残ろうぜ」


 乗船者の確認が終わった船乗りは肩をすくめるとその場を離れた。


 一方、ユウは教えてもらった通り船内に入って船長室へと向かう。そうして、扉の前に立つと軽く音を立てた。呼ばれると中に入る。


「よく来てくれた。歓迎しよう」


「ありがとうございます。今回の僕は護衛なんですよね。船員補助ではないということは、雑用はしなくても良いということですか?」


「そうだ。それよりも、明日やって来る護衛の冒険者の様子を見ていてほしい」


「そんなに信用できない人たちなんですか?」


「さすがにそこまでじゃないんだが、自分で選別していないからどうにも不安でな」


「でしたら、炊事担当の補助をさせてください。あれならみんな必ず食事を取りにきますから堂々と様子を窺えますし、無闇に反抗する人もいないでしょうから」


「なるほど、堂々と監視ができる立場がほしいというわけか。いい案だな。認めよう。この船の炊事担当はフレディだ。船首にいるから会ってこい」


「わかりました。荷物は炊事室に置かせてくださいね。この麻袋だけなんで」


「いいだろう、許可する」


 自分の案を受け入れてもらったユウは喜んだ。これで船内での立場はとりあえず安泰である。


 船長室から退室したユウは早速船首の炊事室へと向かった。そうして、明日の仕込みをしているフレディと再会して喜び合う。再び炊事担当になったことを伝えると働き過ぎだと笑われた。


 こうしてユウは順当に船に乗り込んだ。

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