投棄船の護衛
指定された場所は歓楽街の一角にある『輝く雌牛』という酒場だった。最近は冒険者の懐も寂しくなってきているせいか店内にその姿は少ない。同じ荒くれ者の船乗りの姿も同様だ。だからこそ、ダレル船長は客の中から見つけやすかった。
店に入ったユウとトリスタンはテーブル席に1人で座るダレル船長をすぐに見つける。ほぼ同時に気付いた船長も手を上げてきた。
2人はダレルが占めるテーブル席に近づく。
「ダレル船長、久しぶりですね」
「そっちも元気そうで何よりだ。座ってくれ。酒と料理を持って来させる」
席を勧められたユウとトリスタンは手近な場所に座った。給仕女が料理と酒をテーブルに並べ終わるのを待つ。目の前に置かれた木製のジョッキを手に持った。
同じく木製のジョッキを持って傾けたダレルが2人に話しかける。
「今回は呼びかけに応じてくれて礼を言う。とはいっても、指名依頼だからここで会うのは決まっていたことだがな。生きていてくれて何よりだ」
「この時期に指名依頼を出せるなんて驚きましたよ」
「それだけ普通じゃないってことだ。もう察しはついているだろう」
「依頼書には詳細な内容は書いてありませんでしたけれど、どんな依頼なんですか?」
「前に赤い蠍が魔法の箱とやらとこの都市に持ち帰ったそうなんだが、それをここからできるだけ離れた場所の海に放り捨てるという任務にオレは志願したんだ。ついては、その船の護衛として2人を雇いたい」
予想していたユウとトリスタンはダレル船長の申し出に驚かなかった。あの3隻のうちのどれに乗るかまではわからなかっただけである。
今朝、冒険者ギルドで他の冒険者から聞いた話をユウは思い出した。3隻残っている船のうち、1隻が魔法の箱を投棄するために遠くの海へ向かい、他の2隻が護衛兼陽動で海の魔物を引きつけるというものだ。
少し間を置いてからユウが口を開く。
「よく志願しましたね」
「生きて帰れる可能性が低いことはみんなわかってるからな、船長経験者は誰もやりたがらなかったんだ。そこで、この前海の魔物に一泡吹かせたことに味を占めたオレが、もう1回やってやろうって思ったわけさ」
「フレディも行くんですか?」
「ああ。自分のできることをやりたいと言ってたな。あいつも思うところがあるんだろう」
老船員の決意を聞いたユウはちらりとエメリーのことを思い出した。じっと待つということが耐えられなかったのだろうと想像する。
色々と頭によぎったユウはそこで一旦黙った。次いで肉を飲み込んだトリスタンがダレル船長に疑問をぶつける。
「冒険者ギルドで聞いた話だと、ギルドが船を守る護衛を集めているそうですよ。なのに、どうしてわざわざ金貨10枚を払ってまで俺たちを雇うんです?」
「船を操るのに重要なのは船員に対する信頼だ。能力的な問題はもちろんあるが、こいつなら大丈夫だと思えるようなヤツじゃないと仕事は任せられん。しかし、今回の任務だとそういった信頼できる部下というのは期待できないだろう。何しろ方々から集められた連中ばかりだからな。港がいきなり襲われて壊滅しちまったんだ。その点は無理もない。しかしだ、それでも信頼できるヤツは1人でも手元に置いておきたいんだ。それは冒険者についても同じだ。人格的に信頼できるヤツは意外に少ない。特に今回は頭数を揃えるために能力さえあったら選ばれる状態でこっちに寄越されるんだ。尚更だろう」
「俺たちはその中でも信頼できるってわけですか」
「そうだ。仕事を真面目にやるってのはもちろんだが、誠実だってのも重要なんだ。フレディが言ってたぞ、炊事担当をさせて言わなきゃ役得に手を出そうとしなかったヤツなんて初めて見たとな」
「それはユウですね。俺じゃない」
「確かにそうだが、そのユウと組んでるというのも指標のひとつになる」
相棒から目を向けられたユウは黙って食べていた。ロウィグ市までの航海中、確かに炊事担当のときに余り物なんかにはほぼ手を出していない。自制心が働いたというのもあるにはあるが、実際には塩辛すぎる肉、味の濃すぎる乾燥葡萄、微妙な味のワインなど、積極的に手を出したい代物ではなかったという理由の方が大きかった。あんまりな真実なので話す気はないが。
それはさておき、ダレル船長の事情は理解できた。頭数を揃えただけの船員と冒険者で危険な任務をするのが不安なので信頼できる人物を雇いたいということである。そこまで評価してもらえたことは素直に嬉しい。
では、即答で引き受けるのかと問われると躊躇われた。何しろ海洋の魔物を引きつける可能性のある魔法の箱を運ぶのだ。危険なのはもちろん、死ぬ可能性も低くない。ただ、ここまで信頼してもらった人にできれば応えたいという思いもある。
黙った2人に対してダレル船長はじっとまっていた。しかし、何かを思い出したかのように口を開く。
「そうだ。大切なことをまだひとつ話していなかったな。オレが魔法の箱を船で運ぶと同時に護衛兼陽動の船が2隻出ることになっているだろう。あの2隻には赤い蠍の連中が乗り込むそうだ」
「え? あの難破船から魔法の箱を持ち帰ったパーティですか?」
「そうだ。護衛兼陽動の話を聞いて、アーヴィンとジェイラスがそれぞれの船に乗って戦ってくれることになったんだ。自分たちの攻撃力があれば海の魔物は相当追い払えるだろうと言ってね」
船長の話を聞いたユウとトリスタンは少し前のめりになった。こうなると話は変わってくる。何しろ海洋の魔物が集まっている難破船に突入して魔法の箱を持ち帰ったパーティだ。その戦力はかなり期待できる。
そこまで考えてユウは思いだした。気になったので船長に尋ねてみる。
「そういえば、その赤い蠍は前に3隻の船で出て2隻で戻ってきたことがあるんですけれど、あれは何をしていたんですか?」
「その話か。確かあれは、赤い蠍が領主様に討伐を命じられて難破船に向かったときのことだな。このときは難破船に到着したが海の魔物がいなかったそうだ。ところが、帰りに海洋の魔物に襲われて1隻失ったと聞いている」
「あの人たち、そんなことをしていたんですか。でもどうして難破船の周りに海の魔物がいなかったんでしょうね」
「結局わからずじまいになったらしい。ただ、それで無為に1隻沈められたのが悔しくて今回の護衛兼陽動の船に分乗してもらえるんだから、オレたちにとっては悪い話じゃないだろう」
思わぬ話にユウは少し前向きな考え方になった。海洋の魔物の群れに突っ込んでも平気で帰ってこれる冒険者が参加してくれるのならば心強い。
そんなユウに対してトリスタンが微妙な表情のままダレル船長に問いかける。
「護衛兼陽動の船じゃなくて、魔法の箱を捨てる船の方にはどうして乗らないんでしょうね。そっちの方が確実だと思うんですか」
「そこまではオレもわからん。何しろ当人に会ったこともないからな。魔法の箱を海に捨てるまでの間は海の魔物もロウィグ市を襲い続けるだろうから、万が一のときのために領主様があまり遠くまで行かないよう引き止めたという噂を聞いたことがある」
どうにも納得しきれないといった様子のトリスタンが難しい顔のまま首を傾げた。海洋の魔物の拠点みたいなところに1隻で突っ込めるだけの能力があるのなら、赤い蠍にすべて任せるのが最適解だろう。そうはいっても、今の形で話がまとまったのならばユウたちが町の中に意見することなどできない。
しばらく考えたユウはトリスタンに顔を向ける。
「トリスタンは今回の依頼は乗り気じゃない?」
「正直に言うとそうだな。納得しきれないところがある。ユウはそうでもないのか?」
「うーん、僕の場合、フレディのことが気になってね。せっかくエメリーが助けたのに、これで死んだらどうなのと思って」
「同じ炊事担当の爺さんと仲が良かったもんな」
「意見が分かれているようだな。オレとしては2人とも来てほしいが、1人だけでもいいぞ」
話している最中に割り込まれたユウとトリスタンはダレル船長の顔を見た。余程困っているらしいことが窺える。今までの話を思い返してもそうだが、単に戦力としてだけ求められているわけではないことを一層強く感じた。
ユウへと顔を向けたトリスタンが口を開く。
「ユウ、悪いが俺は今回行く気になれない。一番仲が良かったエメリーがもういないってのもあるんだが。ただ、お前があの爺さんのために行くっていうのなら止めない。行っている間は荷物の面倒を見ておいてやるぞ」
相棒の言葉にユウは悩んだ。断った方が正しいのかもしれない。しかし、最終的には行くことに決める。
出港は明後日の予定だとダレル船長から教えてもらった。




