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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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護衛の指名依頼

 冒険者たちが海洋の魔物からロウィグ市を守り続けて2週間以上が過ぎた。時期は1月下旬と冬はまだ当分続く。城壁内の都市民は交易がほとんど停止したことによる打撃を受け、城壁周辺の貧民は生命そのものを脅かされていた。


 海洋の魔物の襲撃は衰えを知らず、未だに昼夜連続して都市に迫り続けている。当初はそのうち魔物の数が尽きるだろうと思っていた人々も今やそんな楽観視は捨てていた。


 こうなると何らかの打開策が求められるのは当然だろう。そんな不満と期待に領主がどう応えるのかが注目されていた。


 とある朝、ユウはいつも通りトリスタンとジーンの3人で固まって代行役人の司令部近くで待機している。他の冒険者たちも既に集まっており、後は大きな天幕から指揮官のマシューが出てくるだけだ。


 そのマシューが天幕から出てきて足早に近づいて来た。いつもならばここで出発の号令をかけて移動が始まる。しかし、今朝はその前に一言あった。しかもユウを見てである。


「ユウ、トリスタン、お前たちは冒険者ギルドへ行け。指名依頼が来ているそうだ。内容は知らん。行って自分たちで確かめろ」


「え? この時期に指名依頼ですか?」


「他の者はいつも通りだ。ジーン、貴様は他のパーティに入れ」


「そんないきなり!?」


 有無を言わさぬ口調で指示を出したマシューに冒険者全員が訝しんだり戸惑ったりした。しかし、当人たちやジーン以外は何も言わない。出発の号令がかかるといつも通り貧民街の担当地区へと向かう。


 残されたユウとトリスタンは呆然とそれを見送った。この前の転戦命令のように、この時期の指名依頼がまともだとはどうしても思えない。


 とは言っても置いて行かれた以上は指示に従うしかなかった。2人は冒険者ギルド城外支所に向かう。


「どんな依頼なんだろうな?」


「さぁ? 他にも誰が指名したのかが気になるよ。冒険者ギルドからなら、既に緊急依頼が出てるから命令するだけで良いだろうし」


「そうか、この時期に誰かが依頼したんだよな。しかもそれが通ったわけで。これは」


 不思議そうな顔をしていたトリスタンの表情がいくらか深刻なものになった。今は冒険者という人的資源も貴重になりつつあるのだ。なのに冒険者ギルドが正面からかっ攫おうという輩を許すはずがない。


 胸の内の不安を大きくしながらも2人は冒険者ギルド城外支所にたどり着いた。そのまま中に入ると冒険者たちでごった返している。思った以上に騒然としているのでどちらも驚いた。その多くが暗い顔をしている。


 2人とも耳を傾けると、どうやら屋内にいる者たちは冒険者ギルドによって集められたらしい。そして、船に護衛として乗り込むようだ。


 中途半端に話を聞いたユウはその全容が気になった。そこで、話してくれそうな冒険者に話しかける。


「ここに来たら、冒険者ギルドに集められて船に乗るってみんな言っているんですけれど、一体何の集まりなんですか?」


「あんたも来いって言われたんじゃないのか?」


「僕は別件で呼ばれたんですよ。船に乗るっていう話は聞いていないです」


「なんだそうか。それじゃ知らないのは無理もない。あんた、前に赤い蠍(レッドスコーピオン)が魔法の箱を持ち帰ったっていう話は知ってるか?」


「はい、知っています」


「今度はそれを捨てに行くんだとさ。海の魔物があの魔法の箱に引きつけられているんじゃないかって話が町の中で持ち上がったらしくて、だったらそんなものは海に捨てちまえってことになったそうなんだよ。そのためにオレたちが集められたんだ」


 魔法の箱なんてものもあったなとユウはぼんやりと思った。あれが原因で海洋の魔物が押し寄せてきていると言われるとなるほどと納得できる。


「今この都市には海に出られる船が3隻あるそうだが、今回の任務で全部使うらしい。1隻は本命で魔法の箱を投棄するために遠くの海へ向かい、他の2隻は護衛兼陽動で海の魔物を引きつけるって作戦だそうだ」


「3隻全部に冒険者が乗ることになるんですか」


「この様子じゃそうみたいだな。職員に聞いた話だと、船で護衛兼船員補助の仕事に就いたことがある連中をかき集めたらしいぞ」


 そこまで話してくれた冒険者は話をそこで切り上げた。仲間に呼ばれたようでこの場を離れてゆく。


 室内の喧騒の原因がわかったユウとトリスタンは何とも言えない表情を浮かべた。大きな任務が近い時期の指名依頼に不安が膨らむ。


 じっとしていても始まらないとユウは気を入れ直すと受付カウンターに向かった。そして、仕事をしている受付係に声をかける。


「代行役人マシューの警邏隊から来たユウとトリスタンです。僕たちに指名依頼が届いていると聞いたんでやって来ました」


「ちょっと待ってくれ。指名依頼? そんなのあるのか?」


 戸惑う受付係は一旦奥に向かった。しばらくすると1枚の羊皮紙を手に戻って来る。


「本当にあったな。ダレルっていう船長からの依頼だ」


「え、ダレル船長からなんですか?」


「なんだ知り合いなのか。内容は船の護衛だな。あーこれは」


「護衛兼船員補助ではなく、護衛ですか?」


「詳しい内容は何も書かれていないから、実際に会ってから話すってことなんだろう。報酬額は1人金貨10枚。結構な額じゃないか。羨ましいぜ、今の時期じゃなけりゃな」


 受付係の話を聞いたユウもそうだろうなと思った。何となく詳しい内容が想像できてしまう。ただ、他にも気になることがあった。


 それはトリスタンも同じだったようで、横から受付係に問いかける。


「俺たちは今、警邏隊で働いているが、この指名依頼を受けられるのか? 今は冒険者ギルドの緊急依頼を受けている最中だぞ」


「そうなんだよな。どうなってるんだろう。ちょっと聞いてくる」


 首を傾げた受付係が再び受付カウンターを離れた。


 その後ろ姿を見送ったユウがぽつりと漏らす。


「たぶん、この依頼受けられるんだろうなぁ」


「ユウもそう思うか。依頼がギルドに出せた時点でそうだよな」


「でないと冒険者ギルドが受け付けないよね。ということは、魔法の箱を海に捨てる話関係かな。どっち側なんだろう」


「どっちにしてもろくなもんじゃないだろうさ」


 確認できたらしい受付係が戻ってきた。そして2人に結果を伝えてくる。


「この指名依頼を優先するそうだ。よかったな、金貨10枚の仕事を引き受けられて」


「本当にそう思っているんですか?」


「もちろん冗談だ。時間と場所はここに書いてある通りなんだが、字は」


「読めますよ。貸してください」


 肩をすくめた受付係から依頼書を受け取ったユウはトリスタンと共にその記載内容に目を通した。もうあまり時間はないらしい。


 用が済んだ依頼書を受付係に返すと2人は城外支所の建物から出た。




 指定された時間は六の刻頃だったため、ユウとトリスタンは丸1日予定がなくなった。どうしようかと考えた2人だが、結局警邏隊に戻ることに決める。依頼内容がわからないので準備もできないからだ。


 問題はどの担当区域で戦っているのかわからないという点だが、最近は戦線も落ち着いてきているので探し回ることができる。今まで担当した区域を中心に見て回るとマシューの警邏隊を見つけることができた。


 冒険者に対して指示を出しているマシューにユウが声をかける。


「隊長、戻って来ました」


「なんだ貴様ら、指名依頼を受けたんじゃないのか?」


「依頼人との面会が六の刻頃なんで、それまでやることがないんです」


「依頼内容がわからないと準備もしようがないですからね。だからこっちに来たんです」


 ユウとトリスタンは2人揃って戻って来た理由をマシューに伝えた。すると、呆れたような表情を返される。


「そのまま休んでいればいいものを。まぁ、人手は多い方がいいのは確かだ。ジーン、一旦下がってこい」


「はい! どうしたんです、って、ユウ、トリスタンじゃないか。なんでここにいるんだ?」


「時間が余ったから戻って来たんだよ」


「夕方の交代の時間まで戦えるぞ」


「そりゃ助かるが、そのまま休んでりゃよかったのに」


 マシューと同じことを言うジーンにユウとトリスタンはくすりと笑った。しかしすぐに真剣な表情に戻すと3人揃って戦地に向かう。


 その後はいつも通り交代の時間まで3人で戦った。ジーンにはどんな依頼なのかと尋ねられたが、船の護衛という以外まだ知らないと伝えると微妙な顔をされる。ただ、今の時期に船の仕事となるとろくなものはないと返され、2人とも苦笑いした。


 交代後、ユウとトリスタンは警邏隊から離れる。時間があったので船着き場に向かって3隻の船を目にした。人足たちが忙しく作業をしている。あの様子だと出港の日は近そうだ。


 六の刻の鐘が鳴るのを2人は耳にする。それから指定された場所へと向かった。

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