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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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港への転戦

 海洋の魔物の半海の湿地からの侵攻に当初から対応し続けたマシューの警邏隊は、増援の警邏隊が到着するまで後退しながらも耐えきった。その後、一旦後退して態勢を整える。


 貧民街の犠牲は軽微で済んだ。海洋の魔物は出会った貧民を容赦なく殺すが、自ら探すようなことはしなかったからである。何もなければ奥へ奥へと都市に近づこうとしていた。


 相手がそんな単純な動きしかしなかったおかげで警邏隊は比較的楽に対応できる。海洋の魔物がほとんど家屋に入ろうとしなかったのは不幸中の幸いだ。


 怪我人が何人かいたものの、マシューの警邏隊は健在である。休息後、昼過ぎから再び戦うことになった。


 その昼休みに、ユウが尋ねた何気ない質問で冒険者たちが慌てる。


「隊長、僕たちっていつ宿に帰れるんですか?」


「何を言っているんだ。戦いが終わるまで帰れるわけがないだろう」


「ええ!? でも寝床はどうするんです?」


「こっちで安宿を確保しているから、そこでまとめて寝させる」


「ちょっと待ってください。僕たちって宿に荷物を預けてあるんですよ。帰れなかったら部屋の解約と同時に荷物がなくなっちゃいますよ! 宿で眠れなくても、せめて荷物を保管するために部屋を押さえる手続きをさせてください」


 ユウの話に他の冒険者も乗ってきて一緒に嘆願してきた。朝の間にあれだけ戦えたのも荷物を持たずに身軽に戦えたからだ。今後も心置きなく戦うためには絶対必要な手続きだとユウたちはマシューに迫る。


 さすがに配下の半分以上の冒険者にそう迫られてはマシューも拒否できなかった。不機嫌そうにではあるが冒険者たちの要求を受け入れる。


 手早く済ますようにと念を押されたユウたちは宿に向かった。朝方出てきたばかりのはずの宿屋を目にすると、ユウはなんだか久しぶりに帰ってきたかのような錯覚をする。


「トリスタン、相談があるんだけれど」


「どうした?」


「これからしばらくはこの宿で眠れなさそうだから、部屋を2人部屋から個室に変えない? それで料金を折半にすると安宿並の料金で部屋を借りられるんだよ」


「それはいいな。警邏隊が安宿を用意してくれるらしいが、それで浮いた金で荷物の保管場所を確保できるわけか」


「ただ、毎日少しでもこの宿に戻ってきて様子を見る必要はあるだろうけどね」


「確かにな。それはこれから何とかするしかないだろう」


 宿に入る前に方針を固めたユウとトリスタンはそのまま宿の受付カウンターで主人と話を始めた。すると、部屋を汚さないのならば構わないとあっさり承知してくれる。


 心配事がこれでなくなった2人は再び警邏隊の元へ戻った。ジーンは後から戻って来て宿代がかさむとぼやいているのを耳にする。こういうとき、1人は大変だとユウは思った。




 海洋の魔物が貧民街に襲いかかってから4日が過ぎた。ユウたちも他の警備隊と共に日夜貧民街で戦う。相手は陸の上だと動きが鈍くなるので、警邏隊の戦力を増やすとほぼ街の外まで追い払うことができた。しかし、半海の湿地からやって来る海洋の魔物の数は数日経過してもまるで衰えないので油断はできない。


 一方、都市の北側にある港も相変わらずだ。海上からひたすらやってくる海洋の魔物を都市軍と冒険者隊で撃退し続けている。そのため、港としての機能は完全に喪失していた。


 全体として戦線は安定しつつあり、すぐにロウィグ市が海洋の魔物によって陥落されることはない。しかし同時に、都市側が海洋の魔物を撃退する糸口も見つからないままだった。このままでは遠からずロウィグ市は衰退してしまうだろう。


 貧民街での戦いが始まって5日目の朝、ユウたちは出撃の準備を済ませて大きな天幕の近くで待機していた。後は指揮官の代行役人マシューが天幕から出てきて出発するだけだ。


 真冬の冷たい風に身を震わせながらトリスタンがユウに愚痴る。


「あの魔物ども、いい加減に諦めてくれないもんかな」


「単に突っ込んでくるだけっていう馬鹿みたいな方法だけれど、こんなに続けられると馬鹿にならないよね。あんな風にすり潰されるように死にたくはないけれど」


「まったくだ。干からびないうちに海へ帰ればいいものを」


「2人とも、マシューさんが来たぜ」


 しゃべっていた2人にジーンが声をかけた。ユウとトリスタンが顔を向けると足早に近づいて来るマシューを目にする。その顔はいつも通り無表情だ。


 自分の配下の前にやって来るとマシューが口を開ける。


「貴様ら、よく聞け。今日は貧民街ではなく、港に行くことになった。これから都市の東側、船着き場の北側に向かう。具体的な指示は現地に着いてからだ。全員出発!」


 思わぬ命令に冒険者たちはざわめいた。しかし、出発と命じられると全員戸惑いながらも指揮官の代行役人について行く。


 都市の東側は河川の船が発着する船着き場だが今はほとんど機能していない。やって来る船は戦いに必要な物資を満載した船だけだ。その船が船着き場の南の端で積み荷を桟橋に下ろしている。


 この辺りはまだ平穏だが、船着き場の一部はどうにも不自然な感じがした。ユウを含めた何人かの冒険者がよく見ると、川船に混じって海船が3隻係留されている。川船用の桟橋なので船の甲板の高さと合っていない。船と桟橋を往来する渡し板はそのまま使えなかったのか、木箱を階段に改造した台座を桟橋に設置して、そこに渡し板を乗せていた。


 何のためにそんなことをしているのかわからないユウたちだったが、船着き場も北の方になって様相が変わってくるとそれどころではなくなる。血の臭いや生臭さ、呻きや悲鳴などが伝わってくるのだ。完全に戦場の雰囲気である。


 貧民街側とはまったく異なるひたすら重苦しい雰囲気にユウたちは息を飲んだ。地面に横たえられている負傷者や戦いで疲れ果てて座り込んでいる兵隊などの様子が警邏隊の面々を圧倒する。


「貴様ら、ここで止まれ。俺は騎士隊のところへ行ってくる」


 そう言い残すと、代行役人のマシューは少し離れた場所にある倉庫の中に入っていった。


 幾分か緊張感が和らぐと冒険者たちは小声で雑談を始める。周囲の様子を窺いながら危険な場所にやって来たということを不安がる。


「ユウ、これ、明らかに危ないことをさせられるよな」


「少なくとも貧民街での戦いよりはそうだろうね。でも、何をするんだろう?」


「そりゃこれからマシューさんが教えてくれるだろ」


 気持ちが落ち着かないながらも平静を保とうとしていたユウは港側へと目を向けた。ジーンの言葉を聞き流しながら遠目で見たそこには、海洋の魔物と冒険者や兵士の死体が折り重なっている。冬とはいえまだ傷んでなさそうだということは、最近の死体なのだということがわかった。その更に向こう側からは戦闘音が聞こえてくる。


 間近にある戦場の様子をユウたちが暗澹とした気分で眺めていると、マシューが倉庫から出てきた。そうして足早に自分の部下の元へと戻ってくる。


「たった今、騎士隊から俺たちの任務について聞いてきた。よく聞け」


 いつも通りの無表情で代行役人が任務の内容をユウたちに伝え始めた。


 それによると、これから港に係留されている海船1隻を船着き場まで回航するという。そのため、船長と船乗り、それに護衛の冒険者隊をその海船に送り届け、港から出るまで海洋の魔物から守り続けなければならない。そこで、マシューの警邏隊は別の冒険者隊と共に船が桟橋から離れるまで桟橋上で戦うことになった。


 説明を聞いた冒険者たちの顔は呆然としたり愕然としたりする。海洋の魔物が襲ってこなければ問題ないが、そんな都合の良い状況など誰も信じていない。


 そんな冒険者たちに対して、マシューが更に言葉を続ける。


「尚、この任務に合わせて都市の北門側および貧民街側から陽動攻撃が仕掛けられる予定だ。これで海の魔物の注意を引きつけている間にこの作戦を実行する手はずになっている」


「なぁ、赤い蠍(レッドスコーピオン)は何やってんだ? 初日に戦ったとき以外、あいつらの話を全然聞かねぇぞ?」


「それは俺にもわからん。上層部が何か考えているんだろう」


「同じ冒険者なんだから、一緒に戦ってくれてもいいだろうに」


「気持ちはわかるが今は我慢しろ。ここでそんなことを言っても意味がないぞ」


 落ち着いた声で代行役人が冒険者をなだめた。不満が収まった様子はないが、冒険者の方もそれ以上は何も言わなくなる。


 準備が整うまでもうしばらく時間がかかるということで、マシューの警邏隊はその場で待機となった。全員が面白くなさそうに緊張を解く。


 その様子を見ていたユウも何とも言えない表情をしていた。いきなり危険度の高い任務に不安が募る。なので、小さいため息をついてどうにか平常心を保とうとした。

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