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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船

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貧民街での戦い

 半海の湿地から貧民街に向かってきている海洋の魔物を目撃したユウたち3人はしばらく呆然とした。点在しているとはいえ、地平線の彼方まで延々と魔物たちが連なっているというのは恐怖である。


 最初に立ち直ったのはユウだった。半海の湿地全体を眺めていると、海洋の魔物たちが北側の沿岸部に偏っていることに気付いたのだ。理由は不明だが、最初は貧民街の西側全域が襲われるわけではないらしいと判断する。


「ハリー、確認したいんだけれど、この辺りの貧民ってどのくらい残っているの?」


「そんなにいないんじゃないかな。ここに来るとき全然人の姿も声もなかっただろ。あの湿地の魔物を見てみんな逃げてるはずだよ」


「だったら君も家に戻って。帰る途中、人を見かけたらこのことを教えてあげて」


「わかった!」


 元気よく返事をしたハリーはすぐに貧民街の路地の奥へと姿を消した。


 それを見送ったユウがトリスタンとジーンに顔を向ける。


「トリスタン、ジーン、警邏隊に戻って隊長に報告しよう」


「そうだな」


「ちっくしょう、せっかく戦いを避けられると思ったのになぁ」


 諦め半分で落ち着いた様子のトリスタンに対して、ジーンは心底嘆いていた。激戦区を避けようとしたら別の激戦区にぶつかってしまったのだ。しかし、どうにもできない。


 一旦西の端から離れたユウたち3人は貧民街を東へと進んだ。途中、貧民を見かけると声をかけて避難を呼びかける。素直に応じる貧民はあまりおらず、逃げるか、無視するかという態度が多い。避難する人は既にあらかた逃げたということだろう。


 路地や通りにあまり人がいなかったこともあって3人は市場と港の境に時間をかけずにたどり着いた。その周辺は割とひどい有様のままだ。建物こそ壊れている様子はないが、普段以上に物が散乱し、あちこちに倒れて動かない人が横たわっている。これが夏だとこれから異臭を気にしなければならないところだ。


 そんな中にマシューの警邏隊の面々は待機していた。そこへ3人が駆け寄っていく。気付いた冒険者たちが次々に顔を向けてきた。


 同じく顔を向けたマシューがユウに話しかける。


「どうだった?」


「確かにいました。半海の湿地の北の方、沿岸の部分から貧民街を目指して歩いています。地平線の彼方までずっと続いていましたから、結構な数の魔物が来ていますよ」


「事実だったか。厄介だな」


「それと、西側の住民はある程度避難したらしいです。残っている人もいますけれど」


「今はそこまで手が回らんな。俺たちはできる範囲のことをするしかない。全員貧民街の西の端に移動する」


 苦々しげにユウからの報告を聞いたマシューは腹立たしげに宣言した。伝令として1人の冒険者を指名すると、ユウの報告と増援の要請を伝えて大きな天幕に向かわせる。


 やるべきことを終えたマシューは警邏隊を率いて貧民街を西へと進んだ。ユウたちと同様に途中で出会った貧民たちに避難するよう忠告をしていく。


 貧民街の沿岸部分に到着した警邏隊の面々は半海の湿地の様子を見てユウたち3人以外がうめき声を上げた。湿地帯全体に海洋の魔物が広がっていないのは幸いだが、それでも沿岸部からやってくる数は絶望するには充分だ。


 冒険者の1人がつぶやく。


「こりゃ無理だ。どうにもならねぇ」


「やる前から弱音を吐くな。この場で食い止めるのは無理なのはわかった。そうなると、貧民街の中で戦うしかないな」


「残ってる貧民はどうするんすか?」


「可能な限り注意喚起するしかない。それでも動かないのならば自分で何とかさせる」


「助けを求められたときはどうするんだよ?」


「向こうからやって来た場合は可能なら助けろ。ただし、持ち場を動く必要がある場合は無視しろ。そもそも戦い始めたら助ける余裕なんぞないと思うがな」


 配下の冒険者から次々に質問を受けたマシューはその都度明確に返答した。その度に尋ねた冒険者の顔が歪む。しかし、言っていること真っ当なので反論されることはなかった。


 そうして冒険者からの質問がなくなるとマシューは指示を出す。現在は貧民街と半海の湿地の境界に立っているが、最初はこの辺りで戦う。そうして海洋の魔物の数が増えてきたら貧民街の比較的大きな通り、最も海岸よりの道に移って後退しながら戦いを続けるというものだ。ただし、側面を突かれると厄介なので大通りよりひとつ奥の並走する路地に1パーティを配置して横からの襲撃を抑える。


 何百という魔物をわずか20人程度で防ぐことはそもそも無理な話だ。なので、できる範囲で戦うしかない。これでは他の場所から貧民街に侵入されてしまうが、それはもう諦めるしかなかった。


 理想的なのは戦う前に増援が間に合うことだが、さすがにそれは難しいだろうというのがマシューの考えだ。伝令が司令部に到着する時間、派遣する警邏隊を吟味して伝達する時間、そして増援としてやって来る警邏隊が移動する時間、これらを合わせると都合の良い奇跡は期待できないことくらいすぐにわかる。


 方針と作戦が決まれば次は誰をどこに配置するかだ。海岸側から順に半海の湿地との境界に沿って冒険者パーティが並べられてゆく。ユウたち3人は最も南側だ。そして、大通りに並走する路地で1パーティだけで戦う役目も担うことになる。


 まだ遠くにいると思っていた海洋の魔物たちは気付けばかなり近づいて来ていた。その鳴き声がはっきりと聞こえる。


「ああ、何体か僕たちの方を見てるよ。あれって半漁人(マーフォーク)っていうのかな。魚に手足が生えているみたい」


「生臭そうだな。いや、もしかしてちょっと干からびているのか、あれ?」


「そりゃ海の魔物が陸地を歩きゃ乾いちまうだろうさ!」


 自分たちに向かってゆっくりと向かって来る海洋の魔物を見ながらユウたち3人が声を上げた。こうなった以上は戦うしかないわけだが、数の多さに震える。人間と同じように泥濘で足を取られて歩みが遅くなっているのが救いだ。


 海洋の魔物の生臭さが一段と鼻を突く。別の冒険者パーティが戦い始めた。


 右手に収めた槌矛(メイス)をユウは握り直す。トリスタンは戦斧(バトルアックス)、ジーンは(スピア)だ。目前に迫った海洋の魔物を目にするといっそ早く戦いが始まってほしいとすら思う。


 最初に相手をしたのは海蜥蜴(シーリザード)だ。体長は約4レテムの蜥蜴で、魚の鱗のような肌をしている。海中では手足にある水かきと尻尾にある(ひれ)を使い、見た目に反して俊敏に泳ぐ。だが逆に陸の上では動きが鈍い。今も泥濘の中を必死になって前に進んでいる。


 そんな海洋の魔物へ最初に攻撃したのはジーンだった。手にした槍で海蜥蜴(シーリザード)の目を突こうとする。少し外れて目元から首筋を傷つけた。


 悲鳴を上げる海蜥蜴(シーリザード)に対して次に仕掛けたのはトリスタンだ。怒るそれの頭に対して戦斧(バトルアックス)を振り落とす。血しぶきを上げていくらか食い込んだ。


 一方、ユウは次いでやって来た半漁人(マーフォーク)と対決している。棒きれを持ったそれは感情を一切見せない魚の目を向けながら殴りかかってきた。その棒きれを槌矛(メイス)ではじくと棒きれが砕ける。そのまま硬直した相手の目に槌矛(メイス)の先端を叩き込んだ。すると、悲鳴を上げてうずくまる。


 戦端が開かれると、冒険者たちは次々と半海の湿地から出てくる海洋の魔物と戦った。陸地であること、また相手がぎりぎり湿地帯にいることを利用して、動きが鈍い間に海洋の魔物を倒してゆく。


 最初は順調だった。歩む速度の違いをそのままに海洋の魔物は前進してくるので1体ずつ倒せば良かったからだ。しかし、侵攻路が海岸沿いに限定されているとは言え、半海の湿地に横幅何百レテムも広がる海洋の魔物を20人程度で防ぐのは無理がある。冒険者が正面にいない場所から乾地に足を付けたものたちは、貧民街に入ったり冒険者を背後から襲ったりと好き勝手に振る舞った。


 こうなると警邏隊は一気に苦しくなる。


「ユウ、貧民街に退け!」


 指揮官であるマシューの命令で南から順に冒険者パーティが貧民街へと退却した。ユウたち3人は最初に動き、大通りの隣にある路地に入って海洋の魔物を待ち構える。


 他の冒険者パーティもマシューの命令が出ると同時に引き下がった。全員無事に貧民街の中まで下がることに成功する。


 ここからはどれだけ粘れるかの勝負だ。一部しか守れない後退戦だが、それでも自分たちの正面の魔物の侵攻は極力鈍らせる。


 たまに遠くで悲鳴があるのが聞こえた。騒がしい声もたまに聞こえてくる。何が起きたのかは誰もが想像できたが今はそれどころではない。


 戦いながら路地を下がっているユウたち3人も大通りの警邏隊と状況は同じだ。道幅が狭いので少人数でも防げるが余裕はない。


 早く増援の警邏隊がやって来ることを願いながらマシュー率いる冒険者たちは戦い続けた。

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