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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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貧民の少年

 新年早々ロウィグ市は海洋の魔物に襲われた。都市の北側にある港から上陸した海洋の魔物たちは船乗りや湾口労働者を襲う。海上で船を襲ったときとは違い、今回の襲撃では無差別に人間を殺した。


 突然の来襲に一時は城壁近くまで迫られたロウィグ市だったが、急遽出撃した都市軍とかき集めた冒険者の集団の奮戦により港以外の被害をほぼ抑えることに成功する。


 大きな被害を出しながらも戦線を構築できたロウィグ市は一夜を明かした今も戦い続けていた。都市内部は門を固く閉ざしつつも軍の編成を急いでおり、都市周辺では人々が南への避難を始めている。


 元々足止めをしていた冒険者全員に緊急依頼を宣言した冒険者ギルドは、領主からの指示により襲撃当日の夕方から冒険者をかき集めていた。そうして都市東側の船着き場と西側の貧民街の両側経由で冒険者の集団を北側の港へと送り込んでいる。


 最初は悲惨だった。都市軍でさえ北門の周辺を維持するのに精一杯だった戦場に、大規模な集団戦などできない冒険者たちは投入されたのだ。ばらばらに戦いながら海洋の魔物に次々と殺されていった。日が暮れると視界が極端に悪くなり、被害が一層大きくなる。このままでは港だけでなく、船着き場や貧民街にも被害が出るのは確実に思われた。


 そんな事態を打開したのは赤い蠍(レッドスコーピオン)だ。都市軍が維持していた北門から出撃したこのパーティはジェイラスの魔法により海洋の魔物を次々に排除していった。その上でアーヴィンが単騎駆け抜けて残った海洋の魔物を次々に討ち取ってゆく。これにより、朝方までには港の半分を取り戻すことができ、都市軍と冒険者隊も何とか連携できるようになった。


 ユウとトリスタンがジーンの伝手を頼って代行役人の元に向かったのはこの頃だ。港での戦いが一段落着き、冒険者ギルドが貧民街の治安に目を向ける余裕が出てきた時期である。そのため、貧民街を巡回する警邏隊の強化が急がれていた。


 編成強化された警邏隊は次々に貧民街へと送り込まれてゆく。代行役人1人に対しておおよそ冒険者パーティ4つ前後だ。とりあえずはこれで可及的速やかに貧民街の治安を回復する計画である。もちろんこれで充分だとは上層部も考えていない。後から五月雨式に戦力を増加していく予定だ。今は何もかも足りなかった。




 都市城壁の南西の端に貧民街の治安を担当する代行役人の司令部がある。水堀の近くの原っぱに設置された大きな天幕にはひっきりなしに人が出入りして、中からは怒鳴り声さえも聞こえてきた。


 しかし、天幕の周囲はそれ以上に騒がしい。次々に送られてくる冒険者たちをまとめるために指揮官となる代行役人たちが声を張り上げているからだ。冒険者ギルドの指示書を確認して問題がないことを確認すると順次上官となる代行役人の下へ送られてゆく。


 そんな中、ユウとトリスタンは他の冒険者パーティと共に原っぱで指揮官を待っていた。全部で5パーティだがどこも初めて見る顔ばかりだ。しかし、不安を紛らわせるためか、すぐに互いにしゃべり始める。3人も例外ではない。


 ユウも他の年配の冒険者と雑談を交わしている。


「まったく、やってらんねーよな。こんな安いカネで命を賭けろだなんて」


「日当が銅貨2枚ですもんね。この町だと宿代ぐらいにしかならないですよ」


「3度のメシは用意するっつったって、もうちょいくれてもいいもんだよなぁ」


「同じ日当で港に送り込まれた人たちよりはましなんでしょうけれど」


「ただし、代行役人の下で働かなきゃならんけどな」


 自嘲気味に笑う年配の冒険者にユウは苦笑いを返した。日当銅貨2枚など久しぶりの低賃金である。駆け出しの頃に引き受けた仕事がそんな感じだったが、故郷だとこれでぎりぎりその日暮らしができた。しかし、そういえば費用は全額自腹だったことを思い出す。そうなると、結局同じなのかと思い直した。


 そんなことを話していると、指揮官であるマシューが戻って来る。


「貴様ら、我々の担当区域が決まった。貧民街の北側だ。昨日海の魔物が襲撃してきた直後には被害を受けた場所なんかはまだそのままらしいから、そのつもりでいろ」


「オレたちだけで北側全部なんて無理っすよ」


「そんなことはわかっている。後から編成の終わった警邏隊が順次やってくることになっているから安心しろ。最初は港側を警邏して、後続が到着したら西側へと移る」


 声を上げたパーティリーダーに対してマシューが無表情で答えた。回答を受けた当人は何とも言えない表情で黙る。


「他に質問はないな。よし、なら出発だ」


 配下であるユウたち冒険者を一通り見たマシューが背を向けて歩き始めた。部下となった冒険者たちはそれに続く。


 都市の城壁の南西側から貧民街に入ると最初に市場が目に入った。歓楽街側に避難する貧民は今も多く、人の流れは北から南へと向いている。その中を反対へと進むのだからなかなか大変だった。通りの端を歩いていても人とぶつかりそうになることが多い。


 その様子を見ながらトリスタンが憂鬱そうな表情を浮かべる。


「これ以上避難民が増えたら、この辺りは身動きが取れなさそうだな」


「そうだね。それに、これだけの人が歓楽街に避難したら、それだけ治安が悪くなりそう」


「歓楽街側の代行役人と警邏隊はこれから大変だな」


「暴動が起きなければ良いんだけれどね」


「宿屋街が心配だな。俺たちが部屋を押さえている所が巻き込まれなければいいんだが」


 相棒と話をしながらもユウは周囲の様子を見ていた。誰もが不安そうな顔のまま南へと歩いている。そんな人々の中に見知った顔の少年が混じっていた。距離が縮まったからであろう、相手の少年と目が合う。


「ユウ! 良かった、会えたぜ!」


「ハリー、どうしたの?」


「半海の湿地で魔物の姿を見たんだ! 街の西の端からオレも見たから間違いないんだ!」


 少年の叫びに先頭を歩いていたマシューが立ち止まって振り向いた。それに釣られて後に続く冒険者たちも歩みを止める。


「貴様、今の話は本当か?」


「うわっ、代行役人だ。ああ、うん。本当だ。西の端に住んでるヤツが逃げてきたときに言ってたんだ。それで気になってオレが見に行ったら、本当に湿地の奥の方に魔物がいやがったんだよ」


「チッ、海からだけじゃないのか。ユウ、貴様はこのガキと知り合いなのか?」


「はい。貧民街でたまに会って話をしていました」


「どうやって出会ったのか気になるが、今はとりあえずいい。それなら、他の2人を連れて確認しろ。残りはこのまま北を目指して市場と港の境で待機するから、確認できたらすぐに来い」


「わかりました。トリスタン、ジーン、行こう。ハリー、案内して」


 指揮官から命じられたユウはハリーを先頭に警邏隊から別れた。避難する人々が南へと向かう通りを横切り、そのまま路地へと入る。そこから先は小走りだ。


 貧民街の路地は汚く、嫌な臭いが立ちこめている。しかし、いつもとは違って人がほとんどいない。当然声も聞こえなかった。


 その路地をハリーが軽快に走ってゆく。自分の庭だと言わんばかりに迷いがない。さすがに貧民街の住民だ。スリをしているだけあって逃走経路に詳しくなる必要があったのは想像に難くない。


 人の少ない経路を進む中、トリスタンがハリーに声をかける。


「お前、避難しなくてもいいのか?」


「じーちゃんが動きたがらないから家に残るしかないんだ。昨日の晩から空き巣や火事場泥棒が起きてるし、自分の家族は守らないといけないだろ」


「確かに年寄りは動きたがらないよなぁ」


「体が弱いからすぐに死んじまうしな。次の角を曲がった先が西の端だよ」


 話している間にも走っていた4人は路地を抜けてついに貧民街の西の端に到達した。


 貧民街は半海の湿地の近くまで広がっているので、街の西の端とはほぼそのまま湿地の東の端である。そこから先は一面泥濘地帯で草木がほぼ生えておらず、沼地か池のような場所が点在しており、それを繋ぐ川らしきものもあった。また、湿地帯の境目あたりは乾燥していて白い結晶や粉のような塩もある。


 その湿地帯の中に多数のうごめくものがあちこちに見えた。それらはまだ貧民街からは遠いが、それでもこちらを目指してゆっくりと進んでいる。地平線の彼方から延々と背の高いものや低いものが近づいて来ていた。


 貧民街の端に立ってユウたち3人はそれを呆然と眺める。


「なんてこった。こっちからも来るのか。こりゃまずいぞ」


 目を見開いたジーンがつぶやいた。しかし、それに反応する者は誰もいない。


 ユウも黙ったままその様子を眺めていた。このまま貧民街に侵入されるとまずいことはすぐに理解する。


 そんな3人の冒険者を貧民街の少年は不安そうに見ていた。

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