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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船

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よりましな配属先

 翌朝、ユウとトリスタンは歓楽街の馴染みの酒場の前に向かった。ジーンと合流するためである。冒険者ギルドに向かうのだから本来はそこで待ち合わせれば良いのだが、混雑しているであろう場所で待ち合わせるのは面倒なので酒場に決まったのだ。


 昨日は七の刻を過ぎると右往左往する人々の数は減ったものだが、今朝は日の出前からでも往来する人々が割といる。労働者に変わって海洋の魔物を避けようとする人々だ。


 2人が酒場で待っていると日の出頃にジーンがやって来た。白い息を吐きながら声をかけてくる。


「朝っぱらから人が多いな」


「そうだね。戦況がどう転ぶかわからないから、みんな不安なんだと思うよ」


「確かにな。そうなると、最初に攻められたのが港でまだ良かったのかもしれん。住民が避難する時間が稼げるからな」


 ジーンの発言にユウはうなずいた。不幸中の幸いというわけである。


 3人が揃うとジーンを先頭に冒険者ギルド城外支所へと向かった。往来する人々が邪魔だったが、それを越えて所属先の建物にたどり着くと更に人の数が増える。冒険者たちだ。職員の指示に従って右へと歩いたり左へと走ったりしていた。


 うまく人を躱しながら建物の中に入るとやはりそこも人でごった返している。ざわめく冒険者に対して職員が声を張り上げていた。


 その中を何とか抜けて受付カウンターの前にできている行列の最後尾に3人で並んだ。


 ようやく一息つけたことでトリスタンが口を開く。


「ジーン、受付係に用があるのか?」


「あるんだ。知り合いの居場所を聞かないとどこにいるのかわからんからな」


「知り合いって誰なんだ?」


「オレが去年の夏にパーティを解散したって話は前にしたよな? それから金を貯めるために働いていたことも」


「人足の仕事をしていたんだよな、確か」


「他にも色々とやってたんだよ。例えば、代行役人の手伝いなんかをな」


 顔を寄せて小声でしゃべるジーンに対してユウは目を見開いた。かつての記憶が蘇る。


「割の良い仕事を回してもらえたのかな」


「そうなんだ。当時はとにかく金が必要だったからな。選んでられなかったんだ。あんまり言いふらさないでくれよ。印象が悪くなっちまうから」


「それは良いけれど、ということは、今から会いに行くのって」


「あっちも困ってたときにオレが手伝ったから、向こうの印象も悪くないと思うんだよな」


 話をしているうちにユウたちの番が回ってきた。受付カウンターの前に立つとジーンが受付係に声をかける。


「ちょっと人の居場所を探してるんで教えてほしいんだ。代行役人のマシューさん」


「なんだお前、呼び出されたのか?」


「そんなところだ。でも、居場所がわかんなくてさ」


「このクソ忙しいときに。南西の城壁の角にいるはずだぞ。冒険者を集めて貧民街の警邏隊を編成してる連中の中にだろうからな」


「助かった! さぁ行こうぜ!」


 知り合いらしい受付係から必要なことを聞いたジーンが踵を返してユウとトリスタンの肩を叩いた。そのまま建物の出口へと向かってゆく。2人は急いでその後を追った。


 城外支所から出たところでユウがジーンに声をかける。


「さっき言っていたマシューさんって人の警邏隊に入れてもらうつもりなの?」


「そうだ。何とか説得する必要はあるが、人手がほしい今なら潜り込めるかもしれん」


「でも、僕らは冒険者ギルドから指名された冒険者じゃないから断られるんじゃないの?」


「可能性は半々くらいだと思ってるんだ。オレへの評価は悪くないはずだから入れてもらえるはず」


 もうひとつ頼りない返答にユウは不安を覚えたが、とりあえずはジーンに任せることにした。ユウとトリスタンには伝手自体がないのでとやかく言う資格がないのである。


 ロウィグ市の城壁外の南東は南門側の歓楽街と西側の貧民街の境界となる場所だ。この辺りには何もなく、見晴らしが良い。


 そんな場所に今は大きな天幕がひとつ設置されていた。その周囲に何人もの人々が集まっている。全員武装しているが、たまに雰囲気が冒険者とは違う者が混じっていた。そして、その者たちは決まって他の冒険者に対して尊大で指示を出している。外套には首縄と錫杖の紋様があしらわれていた。代行役人である。


 威圧感のある代行役人の姿を見るとユウとトリスタンは緊張した。特にユウは関わった過去を思い出して顔をしかめる。悪い人ではなかったがとっつきにくかった。


 歩く速さを緩めたジーンが周囲に目を向けていることにユウは気付く。マシューという代行役人を探していることはすぐに理解できた。しかし、顔を知らないユウとトリスタンでは手伝えない。


 しばらくは無言で歩いていたが、やがてジーンの足取りに迷いがなくなった。向かう先には1人の代行役人が他の冒険者に指示を出している。


「マシューさん、お久しぶりです」


「貴様は、ジーンだったか。世間話は後にしろ」


 マシューから指示を受けた冒険者が立ち去ってゆくのを見たユウはジーンに目を向けた。愛想の良い笑顔を目の前の代行役人に向けている。そして、この周囲には誰もいない。


「オレたち3人をマシューさんの警邏隊に入れてくれませんか?」


「ギルド本部からの指示があったのか?」


「いえ、ここに直接来ました」


「ならば指示書をもらってから来い」


「そこを何とか。ほら、去年の秋の初め頃、マシューさんの奥さんにオレが証言したじゃないですか。あのときの貸しを今返してくださいよ」


「貴様、今それを言うか!?」


 声を上げた代行役人マシューはすぐに左右へと顔を向けた。それからジーンを睨みつける。ジーンはそれを愛想笑いで受け流していた。


 事情をまったく知らないユウとトリスタンだったが、何となくマシューの存在が怖くなくなる。もちろん普段の仕事ぶりと家庭内のことは無関係なのだが、そんな隙を冒険者に見せる代行役人に何となく残念なものを感じたのだ。


 しばらく見つめ合っていた2人だが、マシューが先に口を開く。


「いくら何でも理由なしでねじ込めというのは無理だ。無茶を通せる理由を示せ」


「オレが去年何回もマシューさんの下で働いたというのは理由になりません?」


「それだけでは弱い。そんなヤツは他にもいるからな。後ろの2人はどうなんだ?」


「えーっと、腕は立ちますよ」


「他には?」


 更に理由を求められたジーンが弱った顔を見せた。後ろを振り向いてまずはトリスタンを見る。首を横に振られると次はユウに顔を向けた。


 ジーンから目を離したユウがマシューに顔を向ける。


「僕は別の町の代行役人の下で働いたことがあります。そのとき、貧民街での情報収集や対象人物の追跡、それに対象組織への潜入調査なんかをしたことがあります」


「貴様本当に冒険者か?」


「冒険者ですよ。戦闘の経験もあります。獣も魔物も人間も相手をしたことがありますし、船上でも戦ったことがあります」


 話を聞いていたマシューだけでなくジーンも目を見張っていた。トリスタンは既に知っていることなので落ち着いたものだ。


 相手が求める有用な経験を並べたユウはマシューを見据えたまま尋ねる。


「これで認めてもらえますか?」


「少なくともジーンよりはできそうだな。もう1人は何かあるのか?」


「代行役人の下で働いたことはありませんが、腕は立ちますよ。何年も一緒に行動していますから」


「船上での戦いもそうだが、海の魔物と戦ったこともあるか?」


「ありますよ。大半は追い払うのが精一杯でしたけれど、巨大蛸ジャイアントオクトパスなんかは印象に残っています。船体の横に突き刺さった飛翔嘴魚フライングビルフィッシュの角を切断したこともありましたね。他にも、歌人鳥(セイレーン)と遭ったときは驚きました。耳栓がなかったら危なかったです」


 驚きっぱなしのジーンの顔を見たユウが内心で首を傾げた。この辺りの話は酒の肴として話した記憶があるからだ。もしかしたら酔っ払っていて覚えていないのかもしれないと考え直す。


 一方、代行役人は渋い表情を浮かべていた。しばらくしてからため息をつき、口を開く。


「チッ、いいだろう。採用してやる。こき使ってやるから覚悟しておけ」


「ありがとうございます!」


 ついに折れたマシューにジーンが喜んで礼を述べた。それを無視してマシューが天幕へと向かう。


 その様子を見送ったジーンが上機嫌に振り向いた。そのままユウに笑顔を向ける。


「ユウ、お前すごいな!」


「でも、あのマシューっていう人、僕たちをこき使うって言っていたよ」


「単なる脅し文句だよ」


「前にあの人の下で働いたときはこき使われなかったの?」


 ユウが疑問を投げかけるとジーンの笑顔が固まった。どうやら都合良く忘れていたらしい。


 どうにも怪しい部分が残ることにユウは不安を感じる。それでもとりあえずは思惑通りに事が運んだことに安心した。

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― 新着の感想 ―
ここまで一気に読んでしまった。 本当におもろかったです。
ジーン、憎めないですねえ!
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