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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船

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何となく不安が募る日々

 丸1日かけてロウィグ市について調べたユウとトリスタンは今後どうするべきか考えた。都市の警戒網を強引に突破するのは最後の手段として、それまでどうするかだ。


 最初に決めておくべきことは、いつまで今の状況に耐えるかである。ろくな仕事がない中で何ヵ月も待つというのは考えられない。そこで、2週間程度待ってみることに決めた。区切った期限はとりあえずこの程度というくらいの意味しかない。なので、場合によっては長くなったり短くなったりする。


 次に、滞在中は仕事をしないことに決めた。ジーンが教えてくれた冒険者ギルドの斡旋する仕事がどうにも気に入らないからだ。単に安いというだけではなく、代行役人の補助のように人から嫌われるような仕事が多いからである。以前体験したことがあるだけにユウは絶対にしたくなかった。


 冒険者ギルドから斡旋される仕事をしない理由はもうひとつある。それは、自分たちの存在を把握されないためだ。回された仕事を引き受けるとギルド側にそれだけ冒険者の情報が蓄積され、その結果を考慮して後で強制的な依頼を押しつけられる可能性がある。それを避けるために仕事を引き受けないのだ。


 というようなことを考えて、2人はロウィグ市に滞在することにした。そこで問題がひとつ浮かび上がってくる。滞在中何をするかだ。もちろん、都市の状況を把握するための情報収集はやるが、それだけでは時間を持て余してしまう。


 色々と考えた末に、ユウは自伝の執筆を再開することにした。最近は書けていなかったのでまとまった時間を得た今ならちょうど良い暇潰しになる。また、早朝には鍛錬を行うことにした。最近は日の出が三の刻に近いので、二の刻に起きると体を動かすのに充分な時間が割けるからだ。


 そうやって滞在についてトリスタンと相談していると、その相棒から提案をされる。


「ユウ、どうせなら相部屋に移らないか? 安宿だと毎回荷物を背負って外を歩き回らないといけないだろう。長期間ここに滞在するなら荷物を置く場所を確保したいんだ」


「良い考えだと思う。僕も書き物をするのに机がほしかったところなんだ」


「例の自伝か。あれまだ書いているのか?」


「まだ全然書けていないんだよ。これから旅に出てからのことを書くところなんだ」


 お互いの思惑が一致したユウとトリスタンはすぐに2人用の相部屋がある宿へと移った。もちろん費用はその分かさむ。しかし、目的を果たすには必要なことであるし、1日2回の酒場での食事を夕食の1回に減らすことで宿代を確保した。


 一方、トリスタンは賭場と娼館に通うがその頻度は抑えるようにしているらしい。特に博打の賭け金や負けたときの金額の上限などを決めて遊んでいるとのことである。更には、良い機会ということで戦斧(バトルアックス)の修繕を工房に依頼していた。これで再び使えるようになるだろう。


 こうして、2人は当面静かに生活することになった。




 海洋の魔物に関する問題が解決されるのを待っている間、ユウとトリスタンは一緒に出かけるときもあれば個別で宿を出ることもあった。


 一緒にでかけるときというのは夕方に酒場へ行くときだ。トリスタンが賭場から戻って来るとユウを誘う流れになる。


 そうして酒場で食事をするわけだが、たまに以前知り合ったジーンと出くわすときがあった。こちらも仕事帰りで1杯引っかけに酒場へとやって来るのだ。こういうときはカウンター席に横並びに座って3人で食事を楽しむことになる。


 話の内容は飯と酒、過去の冒険、仕事の愚痴、そして最近の都市の情勢などだ。他にも例の赤い蠍(レッドスコーピオン)の話もある。


「2人とも、ついにあの赤い蠍(レッドスコーピオン)が難破船に行くことになったらしいぞ。これで海の魔物どもの問題も片付くんじゃないか」


「本当に行くの?」


「ああ、そういう噂だ。領主との話し合いがまとまったからなんだろう」


 目を見開いたユウは肩を落とした。大抵の噂はいい加減だからだ。仮に本当に行くにしても1パーティだけでは返り討ちに遭うとしか思えない。


 しかしそうは言っても、やはりどこか気になる話ではあった。本当に海の問題を解決してくれるのならば応援したい気持ちはある。


 ロウィグ市の地元の人物との交流はジーンだけではない。あのスリの少年ハリーともユウはたまに会っていた。大体3日に1度、貧民の市場で昼頃串焼きを奢ることになっている。あの辺りの飲食の屋台がある場所をうろついているとハリーが話しかけてくるのだ。聞く内容は貧民街のことや貧民関係のことが中心である。その中でもこの日は、港での話に引っかかるものがあった。


 噛みちぎった串焼きの肉を飲み込むとユウはハリーに尋ねる。


「その、港で商船じゃない船って何をする船なの?」


「さぁ? 昨日まで近所のおっちゃんが荷物をその船に運んでいたそうなんだけど、食い物とか薬とか武器ばっかりだって言ってたんだ。しかも町の中から運んでんだぜ。おっちゃんなんかは、偉いヤツが逃げるためじゃないかって言ってたけど」


「逃げるんだったらもっと金目の物を運んでいるんじゃないかな」


「あーそっか。じゃ、何だろ?」


 不思議そうに首を傾げるハリーを見ていたユウもその船のことが気になった。そのため、少年からできるだけ船の特徴を聞き出す。


 ハリーと別れた後、ユウは港へと向かった。もしかしたら自分が見たら何かわかるかもしれないと期待する。


 昼間の港は往来する人足や商売関係者、積み荷や荷馬車が頻繁に往来していた。海洋の魔物の問題があるとはいえ、直接の被害がないのならば日常の業務は続けられるのだ。


 その合間を縫ってユウは教えられた場所へと向かう。すると、周囲に比べて明らかに服装が上等な一団が桟橋の上に集まっていた。探していた船の前なので関係者には違いない。


 船を探しているという(てい)でユウは聞き耳を立てながら一団の脇をゆっくりと通り過ぎる。


「アーヴィン殿、ジェイラス殿、それではよろしくお願いします」


「任せておけ! 必ず原因を突きとめてやるからな!」


「あれだけの魔物を引きつける難破船の謎が気になるね」


 代表者らしい3人の人物が交わす言葉をユウは耳にした。前後の会話も少し聞いたのでおぼろげながらもどんな集団なのかが判明する。


 この明らかに都市民である者たちは赤い蠍(レッドスコーピオン)と領主の配下だった。今から難破船の調査のために赤い蠍(レッドスコーピオン)を中心とした調査隊が出港するところらしい。


 領主の配下が立派な服を着ているのは当然として、船に乗り込もうとしている赤い蠍(レッドスコーピオン)の6人も同じくらい立派な服を着て武具を身につけていた。特に領主の配下と話をしていた2人は違う。


 黄色っぽい金髪にやや整った顔の方がアーヴィン・カーショーと呼ばれるパーティのリーダーだ。背丈こそ平均的だが自信に満ちたその態度は見ていて圧倒される。しかも、防具が高級な織小鉄革鎧(ブリガンディン)というだけでなく、明らかに体格に合っていない両手剣(ツーハンデッドソード)を背負っていた。


 もう一方の茶髪で陰気な顔の冒険者はジェイラス・ノックスで、パーティのサブリーダーだ。細い体にローブを身に纏い、長杖(スタッフ)を手にしていることから魔法使いであることがわかる。しかし、それでいて軟革鎧(ソフトレザー)を身に付けているのは不思議だった。もしかしたら近接戦闘もできるのではと想像させる出で立ちだ。


 まさかジーンの噂話が事実だったとは思わなかったユウは純粋に驚いていた。そして、本当にこの船1隻だけで難破船にたどり着けるのかという疑問と、このパーティならやるのではという期待が同時に胸の内にわき上がる。


 桟橋から港の石畳へと戻ったユウは振りかえった。すると、船がゆっくりと動くのが目に入った。先程の聞き耳を立てた会話によると、ロウィグ市から3日程度の位置に幽霊船のような難破船が半海の湿地に座礁しているという。予定では往復で6日、調査で1日の予定だそうだが、実際にどうなるのかはわからない。


 うまくいくと良いなとユウは漠然と思った。




 それから9日後、ユウがいつものように貧民の市場で串焼きをハリーに与えると、調査船が今朝戻って来たという話を教えてもらった。港に向かうとかなり傷付いた例の船が桟橋に停泊しているのを見る。


 更にその日の夕食時にユウがジーンと食事を共にしたとき、赤い蠍(レッドスコーピオン)が難破船から魔法の箱を持ち帰ってきたことを伝えられた。どうやら本当にやり遂げたらしい。


 何隻も襲われて帰って来ることがなかった商船の話を聞いていたユウは大したものだと素直に驚いた。同時に、魔物が集結している場所で一体どうやって事を成し遂げたのかも気にする。


 この話を教えてくれたジーンは興奮していた。地元の実力者が事を成し遂げたのが誇らしいようである。


 ユウとしてはこのまま事態が終息することを願うばかりだった。

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