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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第26章 魔法の箱と難破船
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冒険者側の状況

 スリの少年と別れた後、ユウとトリスタンは再びロウィグ市の南門側の歓楽街から始めて、船着き場、港、貧民の市場と都市の外周を1周した。すると、今まではぼんやりとしかわからなかった都市周辺の雰囲気がおおよそ掴めてくる。


 航路の一部が使えなくなって都市の景気が後退しているのは事実だが、まだそこまで切羽詰まっていないというのが実情のようである。また、河川と街道は今まで通り使えるので、人々の生活はそちらで支えられているようだった。


 以前よりも景気が悪いという状態で今のところは済んでいるロウィグ市だが、こと冒険者となると話は変わってくる。何しろ来訪したが最後、都市から離れられなくなってしまうからだ。ユウたちのように旅の途中で立ち寄った者たちからは特に非難されている。


 こうして2人は次第にこの都市の状況を明確に把握しつつあった。


 夕方、2人は雑談しながら酒場に向かう。


「どうもやって来た時期が悪すぎたみたいだね」


「まったくだ。ダンタット市で把握できていれば、対処できたかもしれなかったのにな」


「それはどうだろう。契約でここまで船に乗ることになっていたじゃない」


「最悪破棄っていう選択もあるじゃないか」


「あーうん、そうだね」


「そのうち周辺の町にもここの話が広がるだろうから、冒険者は誰も来なくなるんじゃないかな」


「僕たちのように旅の途中っていう人は特にそうだろうね」


 ロウィグ市にやって来たことを後悔しつつあるユウは相棒の意見に同意した。


 酒場に入ると空いているカウンター席に座って給仕女に注文した2人は店内の様子を窺う。冒険者が多いのは昨日と同じだが、その理由を知った今は何とも言えない気持ちになった。また、聞き取れる言葉だけを汲み取ると現状に不満を言っている者が多い。


 料理と酒を届けられた2人は食事を始めた。話す内容は今後どうするかである。ただ、この町から出られないので大した話はできない。


 そんなとき、ユウの隣に座っていた男が話しかけてきた。茶髪で右頬に小さな裂傷のある革の鎧を着た男である。何となく元気がない。


「あんたら、最近この都市に来たのか?」


「え? そうですよ。昨日来たばかりなんです」


「そいつぁご愁傷さまだな。それじゃ、外に出られなくなったんだろ」


「そうなんですよ。旅の途中なのに困っていて」


「ああそれは。おっと、まだ名乗ってなかったな。オレはジーンっていうんだ。この都市で冒険者をしてる」


「僕はユウです。今は西に向かって旅をしているんですよ」


「俺はトリスタン、ユウの相棒だ」


 互いに自己紹介が終わると、まずはユウとトリスタンが木製のジョッキを片手に自分たちの近況を語った。モーテリア大陸北部から野獣の山脈を踏破してコンティの町へとたどり着き、そこから船の仕事をしながらこの都市にやって来たことをである。これだけでもなかなかの冒険だったのでジーンは感心していた。


 その話が一通り終わると次はジーンが自分について語り出す。


「あんたらの話を聞いてからだとちょっと言いにくいんだが、まぁ聞いてくれ。オレは元々4人でパーティを組んでいて今年の夏にある依頼を失敗しちまったんだ。そのせいで1人が死んでもう1人が引退、オレも装備をなくして結局パーティは解散したんだ」


 一旦言葉を切ったジーンは木製のジョッキを傾けた。小さく息を吐き出すと話を続ける。


「それから再起するためにまずは金を稼ぐことに集中したんだ。何しろ武器をなくしちまったからな。これじゃ冒険者稼業ができない。最初は人足の仕事なんかをして必死に金を貯めたよ。そうして秋頃にようやく完全復帰、って思ったら海の魔物の騒ぎが始まった」


「何て言うか、それは大変だね」


「まったくだ。何しろどこかのパーティに入れてもらうか、メンバーを募るかしようとした矢先だったからな。でもこんな状況じゃみんなそれどころじゃないし。オレたち冒険者は都市の外に出られないから普段やってる仕事や依頼が引き受けられないから、どこも商売上がったりだよ」


「みんなどうやって生活しているの?」


「さすがに自分たちで足止めをして冒険者が食えなくなってることは冒険者ギルドも理解してるらしくて、一応こんな状態でもできる仕事を斡旋してくれはするんだ。それでどうにかしてるんだが、これがな」


 顔を歪めたジーンがため息をついた。


 たまに合いの手を入れていたユウは先を促す。


「それってどんな仕事?」


「貧民街の警邏、代行役人の補助、人足の仕事なんかだな。いずれも普段なら誰もやりたがらないやつだよ。おまけに安い」


「人足の仕事も安いの?」


「真っ当なやつや割のいいやつは普段から人足仕事をやってる連中で回してるみたいだから、こっちにまで来ないんだ。まぁ、いきなりやって来た連中にそんないい仕事が来るとも思っちゃいないけどな」


 自嘲した笑顔を浮かべたジーンが木製のジョッキを傾けた。しかし、すぐに口を離してそれをカウンターに置き、給仕女に代わりを注文する。


 それまで黙って話を聞いていたトリスタンが何やら考え込んでいた。そうしてジーンが新しい木製のジョッキを受け取ったところで口を開く。


「俺たち冒険者側のことは大体わかったが、ひとつ不思議なことがあるんだよな。今のこの町の状態って町の外に出る仕事をしている連中にしたら冒険者を雇えない状態なんだろう? 冒険者抜きで一体どうやって仕事をしているんだ?」


「オレもそれは最初不思議だったが、意外と何とかなってるらしいぞ。荷馬車と川船の護衛は傭兵が担当するからそもそも関係がないし、護衛兼人足も傭兵を増やすか諦めることで対処できるらしい。それと、海船の護衛兼船員補助もこんな時勢だから船員補助を諦めれば、傭兵を護衛として雇うことで当面は何とかなるだとさ」


「うわ、完全に俺たち抜きでやれるのか」


「そうなんだよ。こんなことを依頼主に気付かれたら、海の騒ぎが終わってもどれだけ仕事が戻って来るのかわかったもんじゃない。まったく、冒険者ギルドも余計なことをしてくれたもんだよ」


「命令したのは領主様だって聞いているが」


「いやさすがにそこはな?」


 しゃべっているうちに勢いが付いてきたジーンの態度はトリスタンの一言でしぼんだ。ちなみに、冒険者は割を食った状態だが、傭兵の業界はこのおかげでちょっとした好景気だという。


「それで実際のところ、海の魔物は何とかできそうなのか?」


「いや、さっぱりらしい。前に1度、領主様が船乗りと冒険者を集めて討伐隊を難破船の辺りに送り込んだことがあったんだ。確か3隻くらいだったか。で、戻って来たのは1隻だけ。しかもぼろぼろ」


「うわぁ」


「元々海の魔物を討伐すること自体難しいが、今回のは本当にどうしたらいいのかわからないってあのときみんな思ったよ。少なくとも解決するのに時間がかかると理解したね」


「ということは、いつになったら俺たち冒険者は町の外に出られるんだよ?」


「そんなのオレにわかるわけがないだろ」


 無期限に足止めされると知ったトリスタンが驚きの声を上げると、ジーンが少し迷惑そうな顔をした。確かに一介の冒険者がそんな先の見通しなどできるはずもない。


 これは思った以上に厄介な状況だとユウは頭を抱えた。単なる通過地点だと思っていた都市でずっと足踏などしていたくない。


 一旦話が途切れて3人はしばらく無言になった。気の重い話を知ってしまったのだから当然とも言える。解決の糸口が見えない。


 しかし、何となく杯を重ねているとジーンが2人に顔を向ける。


「ただな、明るい話がないことはないんだ」


「どんなこと?」


「この都市には赤い蠍(レッドスコーピオン)っていう有名な冒険者パーティがいるんだ。こいつらは普段町の中に住んでて、やたらと高い報酬の仕事だけをしてるんだよ。そして、領主が今あいつらと交渉してるって噂を最近きいたことがある」


「3隻の船で討伐に向かっても返り討ちに遭ったのに、そのパーティに依頼したら解決するの?」


「普通ならそう思うよな。オレだってそうだ。けど、あのパーティのリーダーとサブリーダーの強さは圧倒的なんだ。オレの知り合いの何人かが実際にその様子を見たらしい。まるで同じ人間だとは思えない、神か悪魔の使いみたいだったそうだぞ」


 話が途端に胡散臭くなったとユウには思えた。その後ジーンから、リーダーが巨石を持ち上げて遠くまで投げたりサブリーダーが魔法で1度に何十人も倒したという話を聞かされる。


 ジーンには悪いと思いつつもユウはそのパーティの話が信じられなかった。いくら何でも誇大に過ぎると思えてならない。なので、話半分に聞いておく。


 ともかく、そう簡単にはロウィグ市から出られなさそうなことは理解できた。

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そして5年の月日が流れた……とかにならないことを祈りますわー!
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